黄金のウエーブ



 ジオンとの戦いが終結して一年が過ぎようとしていた。地球の減った人口はなかなか持ち直さず、宇宙への道も殆ど閉ざされたような状況の中、アムロは強制的に地球連邦軍にまだ残されていた。
 他の仲間達、元々軍人であったブライトはともかくとして皆早々に自分達の行く道を決め別れていったのだが、アムロの特殊能力を軍は恐れたのだ。このまま放免してどこかの組織にでも入られたら困る、というお偉方の意思により特別待遇とはいえ、殆ど軟禁状態で今まで過ごして来ている。
「ふう……」
 モニターから目を離し、アムロは目頭を押さえた。半月前からこの研究所に配属になり、主に一応戦闘用とはなっていない、宇宙開発用の新開発のモビルスーツの開発、チェックを行っている。
 父親ゆずりの設計感覚と実践で鍛えた作業能率が役に立っているのかいないのか。
 ここの所長も所員もまだ若いアムロに気さくに接している。しかし、半分それは監視も兼ねているのだ。それが判るほど大人になってしまい、当たり障りの無いように流している自分がたまに嫌になる。
「ひと休みしよ」
 大きく延びをして今まで行っていたプログラムをセーブするとアムロは立ち上がった。部屋を出て喫茶室に入っていくアムロに、みんなさりげなく挨拶を送る。それに応えてセルフサービスのコーヒーをカップに注ぐと、大きく外へ張り出している透明なドームの近くのテーブルに向かった。
 ドームの向こうは一年中変わらない黄色の砂漠が広がっている。所々に茶色い灌木が生えている他は何もない場所だ。雨も滅多に降らない。それでも単調なモニターの上の文字や数字に比べればずっとましだ。
 良く見ればきっと生き物がこの黄色い砂の下で生き生きと動いているに違いない。
 自分が宇宙で動いていたと同じように
「おい、アムロ、メールが来ていたぞ」
 ほんやりと考えながら外を眺めていたアムロは同僚に肩を叩かれて我に返った。この研究所の中では年若い方でアムロと同じ位の弟がいるとかで、親しく話を交わすのは彼くらいだ。
「あ、有り難う」
 コーヒーを飲み干してアムロは事務室に向かった。本来メールは部屋にあるどの端末からも世界中にアクセス可能で、受け取りも簡単に出来る。だが、ここでは外からの情報は一旦全部事務室へ入り管理されているのだ。
「失礼します。メールが届いているって聞いたんですけど」
「ああ、アムロ・レイだね。今オープンするから、そっちのβのモニター見て」
 アムロを見ると事務室の主任が笑顔で一番端のモニターを指さす。アムロは言われたとおりにモニターの前に座り、それが映し出すのをじっと待った。
『アムロ、元気でやっているか。こっちはみんな変わり無い』
「ブライトか」
 たまに母親が送ってくるだけのメールが普通だったので、メールに現れた軍服姿のブライトにアムロは驚いた。
『ミライとの結婚式に出て欲しいと思ったのだが、上に掛け合っても駄目だと言うことだった。彼女も是非来て欲しいと言っていたんだが、残念だよ。そうだ、俺の従兄弟のクワトロも伝説の英雄アムロ・レイに会いたかったと言っていたぞ。』
 クワトロという名に覚えのないアムロは僅かに首を傾げる。その時、微かに画面にノイズが走りブライトの口が動いているのに声が出てこなくなった。転送処理のミスか?と思った瞬間、その声とだぶって別の声が聞こえ始めた。
『それにしてもそこは何も無い場所……』
『私だ……アムロ、覚えているだろうな』
 アムロは内心驚愕しながらも無表情を装って画面を見続けた。聞こえてきたのはあの、シャアの声だったのだ。そしてハッと気付く。これは声ではない。微弱なテレパシーだ、あの時ララアやみんなの声が聞こえたのと同じもの。
『今夜会いに行く。リンクと言う男の部屋で待っていてくれ』
『仕事がら言えない事なんだが、早く好きな場所にいけるようになればいいな。それじゃ元気で』
 ブライトの姿が消えブラックアウトする。半分呆然として座っていたアムロは、不審げな事務長の様子に気付くと慌てて立ち上がった。
「発信者はブライト・ノアか。返信するかね?」
「いえ、まだ結構です」
 ぺこりと頭を下げて外へ出る。研究室へ戻った後も、あれは本当にあったことなのだろうかと考え続けた。本当だとして、この警備厳重な場所にどうやって入り込むつもりだろう。リンクとはどういう関係なのか、何よりあれは本当にシャアだったのか。
 最後の姿が蘇る。ララアの最後、ジオンの最後。何故今になってシャアが。
「どうした? ぼんやりして」
 同じ室内の研究員に声を掛けられたアムロは、これ以上不審に思われると今夜監視が厳しくなるかもしれないと思い、普通通りプログラムをこなしていった。
 その夜、半信半疑ながらアムロは一番年の近い同僚のリンクの部屋へ向かった。アムロの部屋とは対面にあり、訪ねていくのも何度か今までにあったことなので、不審には思われない筈だ。
 部屋の監視カメラは判らぬように隠されていたが、アムロは来た当時に気付き無視していた。けれど、それが四六時中管理されているのではない事は判っている。こんな砂漠から脱走しようなど考える奴はいないと考えているのだろう。
「リンク、今晩は。入ってもいいかな」
 控えめにノックして声を掛けると、中からリンクの応えが返る。ということは、まだシャアは来ていないのかとほっとしてアムロは扉を開けた。
「シャア……っ?!」
「誰だと思ったんだ」
 明かりの下に佇んでいたのはリンクではなくシャアだった。何故リンクは居ないのか、どこにいるのか、どうやってシャアがここに居るのか。
 混乱したままアムロはじっとシャアを睨み付けた。
「突っ立ってないで、座らないか。ああ、大丈夫リンクなら君の代わりに部屋に居るよ。この部屋の様子はちゃんと監視カメラにはリンクと君が他愛ないお喋りをしている図が映し出されている筈だ」
 笑顔でベッドに座るように勧め、自分は備え付けのデスクの椅子に腰を下ろす。それもリンクと自分の定位置だった。
 シャアから視線を外さぬままアムロはベッドに座った。シャアもくるりと椅子を回してアムロに対峙する。
「どうやってここに入り込んだ」
「何、簡単さ。こういう場所は私の方が専門家だ。君がここに来るという情報を得て先に手を回して置いたと言うわけだ」
「リンクは、あんたの部下なのか」
「部下とは違うな。仲間、と言った方がいい」
 アムロの言葉を訂正し、シャアはじっと見つめた。セイラに良く似た面差しだが、額には斜めに傷が付いている。あれは最後の戦いでアムロが付けた傷跡だろう。
「仲間?」
「そうだ。私はジオンも連邦軍も間違っているとあの時言ったな。これからはニュータイプの時代だと」
 確かにそうだった。あの戦争がニュータイプと呼ばれる子供達を作り出し、その最初の犠牲になってララアは死んだのだ。シャアは早すぎるニュータイプの覚醒は危険だと言い、そして仲間になれとあの時に言った。
「それで、今度も俺に仲間になれって言いに来たのか」
「何時までもこんな監獄に居たい訳ではないだろう?アムロ」
 にこやかにシャアは答えをはぐらかしそう言う。アムロは唇を噛みしめ横を向いた。
「でも、俺はやっぱり全面的には貴方に賛成できない。どっちにしろ戦いは…もう嫌だ。また、俺やララアと同じ様な人間が増えるだけじゃないか」
「それは違う。たとえ戦争が無くとも、確実にニュータイプは増え旧人類に利用されていく。いや、潰されていくと言った方がいいだろう。現に君が良い例だ」
 指摘されてアムロは青ざめた。それはずっと感じていた不安だった。このまま食い潰されていくしかないのだろうかと、思い悩んでいた事をずばりと言われ俯く。
「今直ぐに決心しろとは言わない。だが、君だけじゃなく君の仲間もそのうち潰されると思っていた方が良い。戦いから一年、奴等は再び慢心してきているんだ」
 アムロはハッと顔を上げた。自分だけならともかく今は普通に暮らしている元のホワイトベースの仲間まで犠牲になると言うのか。そんなことは絶対にさせられない。
 顔を上げたアムロは直ぐ側にシャアの真っ直ぐな瞳が見つめている事にぎょっとなった。吸い込まれそうな碧の瞳に飲まれるような感覚に、アムロは視線を外そうとする。
 だが、伸ばされたシャアの手が顔を固定し、更にそれは近づいてきた。
「シ、シャア」
「しっ……」
 アムロの言葉を制してシャアはそっと口付けた。驚いて目を見開くアムロの後頭部を押さえ、更にシャアは深く口付けていく。
 巧みな口付けに翻弄されアムロの身体から力が抜けていく。シャアはそんなアムロに薄く笑うと耳元や項にも口付けた。
「会いたかった。あの時無理矢理にでも奪ってしまえば良かったと、何度後悔しただろう。ララアを失い、今またお前を失いたくない」
 囁かれる言葉をぼんやりと聞いていたアムロは、シャアの手が服の上からやんわりと触れてきたのを感じて我に返りそれを押さえつけた。
「し、白々しい。俺が連邦軍に居ると邪魔だっていうだけじゃないか」
「邪魔ならここで殺した方が理に適っていると思わないか。欲しいんだ、その能力も頭脳も…君自身も」
 最後に艶のある声で言われカーッとアムロの顔が赤くなる。軍に長く居たから、性欲を処理するために男同士で慰め合うことがあることは知っていた。
 何度かそう誘われたこともあるけれど、アムロはどちらかというと対人恐怖症のようなものだったので、人と触れ合うのは握手くらいでたくさんだった。
 ましてや肌を重ね合うことは、女性に対してもあまりそういう欲望を抱いたことはない。ララアには、精神の触れあいを求めていた。
「や、嫌だ! 離せ!」
 押さえられている手を必死に振り払おうとするアムロの抵抗をあっさり躱し、シャアはパジャマの上の裾から手を胸に這わせていく。
 いつの間にかすっかりアムロの身体はベッドの上に押し倒されてしまっていた。
「聞き分けの無い」
 まるで駄々っ子の我儘を聞いているような表情で、シャアは手をアムロの身体に伸ばす。
 身を捩り、シャアの隙を突いてアムロは膝を蹴り上げ横腹に打ち込んだ。僅かに緩んだシャアの腕からアムロは横に転がり出た。荒く息を吐いてシャアを睨み付ける。
「痛い目を見ないと判らんらしいな」
「出てけ。でないと職員を呼ぶぞ。今の内なら目をつぶってやる」
 吐き捨てるようにアムロが言うとシャアは鋭い光を目に宿し嘲笑った。
「呼ぶなら呼べばいい。お前が我々と通じていたという証拠になるだけだ。私ならここから安全に逃げ出せる手はずがある。だが、残ったお前の言い訳など誰も聞くまい」
 くっ、とアムロは唇を噛みしめる。獲物を狙う鷹のようなシャアの瞳に、僅かな怯えを含んだアムロの瞳がそれでもきつく睨み付けた。
 じりじりとベッドの上で後退さり、扉との距離を測ると、アムロは一気に飛び降りて出口を目指した。だが戦闘能力ではシャアの方が格段に上である。あっさり掴まって再びベッドの上に引き倒されてしまう。
 なんとかシャアの手から逃れようと暴れるアムロだったが、経験と体格の差はどうしようもなく、口を剥ぎ取られたシャツで塞がれてしまった。
 さらに、両腕を拘束され、アムロは完全にシャアの支配下に陥った。
「言うことを聞かないからだよ……」
 全身を強張らせ、何が起きるか分からず目を見開くアムロに、言い聞かせるような口調で囁き、シャアは身を重ねていった。
 シャアの動きに翻弄されるアムロの目から、自覚のない涙がこぼれ落ちる。
 ゆっくり身を離すと、さびた鉄の匂いを感じ、シャアは眉を顰めた。ぐったりと身体をシーツに投げ出して動かないアムロを見つめ、ますますシャアの眉が寄せられる。
 アムロの口を覆っていた服を取り去り、シャアは口付けた。
「こんな酷いことをするつもりじゃなかった。君がいけないんだ、私を拒否するから」
 自分でも独りよがりで独善的な物言いだとは判っていたが、アムロの泣いている顔を見るとどうしても言い訳じみた台詞が口をついて出てしまう。
 自分はララアの代わりにアムロを戦力として欲していただけだった筈なのに、この情けない気持ちはなんだろう。
 シャアの胸の内に僅かに後悔が過ぎる。ぴくりとアムロの瞼が動き、ゆっくりと開かれた。
 その瞳がシャアの姿を映し出すと、怯えの影が浮かぶ。シャアはたまらなくなってそっとアムロの目尻に浮かぶ涙を拭った。
「……こんな…ことで、人を支配できると思ったら大間違いだ。貴方は…ララアも支配したのか。こんな風に」
「違う!ララアは、私と精神で繋がっていた。肉体は2次的なものだ」
 言ってシャアは愕然としてアムロを見た。初めて自分が間違ったアプローチをしたのではないかと思い始める。アムロは睨み付けていた視線を僅かに和らげて溜息を付いた。
「もう言わなくても判りますね。確かにこのままここにいてもどうにもなるもんじゃない……だけど、俺が脱走したら何人もの人に迷惑がかかる。貴方のやり方には多分着いていけません。俺は俺なりのやり方でいきます」
 苦痛に顔を歪めながらもアムロは起きあがり、のろのろと放り出されていた下着を身につけようとした。
 その手をシャアがそっと摘む。アムロは顔を上げ睨み付けようとしたが、思いの外切なげな輝きに合い驚いて見た。
「私は君の一つの面しか見ていなかったようだ。あのララアが認め愛した君をもっと良く知りたい」
「シャア……」
 取られた手を引っ張られアムロはシャアの胸の中へ倒れ込む。鈍く疼く痛みにしかめた顔をそっと上げさせ、シャアは深く口付けた。
 優しく深い官能的な口付けに、アムロの身体から力が抜けていく。シャアはゆっくりアムロを抱き上げると部屋に備え付けられたシャワー室に入っていった。
「シ、シャア」
「汚してしまったからな。綺麗にしてやろう」
 にっこりと笑いシャアはシャワー室のタイルにアムロを下ろすと栓を捻りお湯を出す。壁に寄り掛かって座っているアムロの身体にシャワーのノズルを向け、首筋から胸へ動かしていった。
「い、いい。自分でできる」
「立てないだろうが」
 真面目な顔でノズルを動かし、色々な部分にお湯を浴びせていく。弾けた飛沫でシャアの金色の髪もしっとりと濡れ滴が額から流れ落ちた。
 シャワーノズルが下半身に向けられた時、アムロは手を伸ばして止めようとした。だが、シャアはそれを制して掌で拭うようにその部分を洗い始めた。
「ば、馬鹿っ、止めろよそんなとこ」
「さっきはゆっくり見る暇も無かったが、酷い傷になっているだろうな」
 ぐいとシャアはアムロの両足を広げその部分を診る。顔を真っ赤に染めて手足をじたばたさせるアムロだったが、痛みが身体に走って動くことを止めてしまった。
「……アムロ」
 うっとりと口付け、シャアはアムロを抱き上げてベッドに運ぶ。バスタオルで水気を拭い取ると、その額に口付けた。
「本当に私と来るつもりはないのか? もう仲間になれとは言わない。ただ、アムロをここから解放したい」
 目を開けたアムロにシャアは真摯な口調で告げる。アムロはゆっくりと首を横に振った。
 シャアは瞬間辛そうな表情を浮かべたが直ぐに元の冷たい表情を取り戻し、服を身につけ始めた。
「……私は諦めない。いつか必ず」
 扉の向こうにシャアが消える。アムロは自分の前に別れた二つの道のどちらに向かうべきか目を閉じて考え始めるのだった。

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