幕間 −3−
 

 黙々と食事を採る白哉を見ながら、一護は吐息を付いた。
 昨夜、白哉を受け入れて身体を繋いでしまい、その事に後悔は無いが、本当に良かったんだろうかという微かな疑念があることも否めない。白哉が好きなのは確かだけれど、こうなることが当然の結果としてある『好き』なのかと自身に問うのを躊躇っていた。
 ふと我に返ると、白哉が怪訝そうな表情で一護を見詰めていた。
「あ、何? おかわりなら遠慮するな」
「いや、具合でも悪いのか」
「何で」
 白哉の問いに、今自分が考えてる事を知られたかと、ひやりとして一護は訊ねた。白哉は一護の手を見詰め、箸がさっきから止まっていると告げる。
 慌てて一護は誤魔化し笑いをすると、がつがつと食事を取り始めた。こうして二人きりで食事を採っているなんて、信じられない。他の家族がみんな温泉に行っているから仕方なく食事の支度や給仕をしているが、これはまるで新婚初日の朝のような。
 思わず思考がそこまでいってしまった一護は盛大に噎せて、胸を叩いた。お茶を飲み、自分を落ち着かせようとしている一護を、白哉は解っているのかいないのか、穏やかな表情で見守っている。
 その表情に更に一護は顔を赤く染めて、顔を伏せるように下を向き食事を再開した。
 今日は日曜だから学校へ行く必要はない。浦原商店の地下にある空間で思う存分霊圧制御の修行が出来るぞと、一護は後片づけをしながらそれだけを考え、他のことは考えまいとしていた。
「一護、今日は休んでいた方がいいのではないか」
「えっ、どうして」
 さあ行くかとエプロンを取った時、白哉が思案げに声を掛けてくる。暫く躊躇した後、白哉は言葉を発した。
「昨夜の、傷は……」
「なっ、何言ってんだよ、傷なんてねーよ! へーきだよ。心配すんなって」
 白哉が何を心配して言おうとしているのか察して、一護は続けさせまいと慌てて否定する。そんな風に言われるといたたまれない。恥ずかしさに顔から火が吹き出そうだ。
 なおも何か言おうとする白哉を後に、一護は二階へと駆け上がっていった。息を切らしながら現れた一護を見て、机の上でのんびり雑誌を見ていたコンがぎょっとしたように立ち上がった。
「ななな、なんだあ、一護。あの兄さんに何かされたか」
「コン、お前、まさか昨夜の見て」
「……えー、何のことかなー。俺っち、一旦寝たら象が跳ねても起きないしぃー」
 きゃぴるんと可愛い子ぶって言うコンを思い切り殴り飛ばし、一護は代行証をひっ掴むと足音も荒く部屋から出た。
 あの妙な間と焦った顔は絶対知っている。まさか一から十まで見ていたとは思わないが、というか思いたくない絶対に。
 あの時はあれよあれよという間に白哉に押し倒されて、そのまま行くところまで行ってしまったから周囲に気を配るどころでは無かった。
 抱き合ったまま朝まで寝こけてしまい、目覚めた時心底驚いて叫び声を上げ飛び起きた一護に、白哉は眉を曇らせ苦い溜息をついた。
 無表情と言われているが、一護には白哉のほんの僅かな表情の違いで感情を何となく汲み取れるようになってきている。
 多分、白哉は違う意味で取っているだろうが、単に恥ずかしくてびっくりしただけと言うのも憚られて一護は口籠もり、そんな自分から白哉は身を離そうとした。
 その手首を掴み、違うのだと言おうとした一護は、視界の片隅で少し開いてる押入の戸を目に留めていた。
 あれだけの声や騒ぎにいくらコンでも気付くだろう。後で追求しようと決心し、何とか白哉に嫌ではなかったと理解させて朝ご飯までもってくるのが大変だったのだ。
「後でもう一度訊くか」
 実際見てなかったとしても、言葉通りずっと寝ていた訳じゃ無かろう。しっかり口止めしておかないと、と呟きながら階段を下りていった一護は見上げる白哉と目が合って僅かに狼狽えた。
「どうかしたのか」
「何でもない。それより、早く浦原さんのとこに行こうぜ」
 ポケットに代行証を突っ込み、一護は足早に廊下を歩いていった。
 外へ出るとまだ夏の名残を持った日差しが既に地面を熱している。そんな暑さも感じないのか、白哉は汗一つかいていない。せめてスーツの上着は脱げばいいのに、見てるこっちが暑いと一護は半歩前を歩く白哉を見詰めた。
 その視線に気付いて白哉はちらりと一護を見た。慌てて視線を外した先に、大きな街路樹が見える。以前はここに老人の霊が居たのだが、白哉が来てからこの辺りに居た霊達の姿は消えてしまった。巡回と称して見回るうちに、白哉の霊圧に当てられて霊達は自ら尸魂界に昇ったらしい。
 一護も死神代行として成仏できない霊を魂葬すべきなのだろうが、虚退治が先に立ち雑事をこなす間もなく尸魂界に飛び込んでしまったから、あまり死神として霊達と接することもなく今に至っている。
 あの老人は尸魂界に入って安らかに暮らしているのだろうかと一護は視線を空に向けたが、一時あの世に身を置いた感想としては、あまり現世と変わらないじゃないかとも思う。それどころか、下手をするとこっちより殺伐としていたような。
「一護」
「あ、ああ、わりぃ」
 白哉に促され、一護は止めていた足を浦原商店へと向かわせた。
 庭先が見えてきた時、白哉の足がぴたりと止まった。一護は訝しげに白哉の、微かに眉を顰めた顔を見た。
 何が白哉の気に障ったのだろうと、先に立って店に近付いた一護は、飛び込んできた真っ赤な物体に目を瞠った。
「恋次? なんでこんなとこに居るんだ」
「一護っ、覚悟!」
 ええっ? と驚く間もなく恋次は斬魄刀を抜き飛びかかってきた。訳が解らずそれを躱し一護は飛び退くと、ポケットから代行証を取り出した。
「待て」
 死神になろうとする一護の前に白哉は立ち塞がった。思い切り振り下ろされた恋次の刃は白哉の顔寸前で止まった。
 怒りの形相で恋次は白哉の後ろに呆然と立つ一護を睨んでいる。だが、引こうとしない白哉に、恋次は汗を浮かべ舌打ちすると斬魄刀を引いた。
「な、なんだよ、いきなり。どういうことだ、恋次」
「うるせーよ、てめーの胸に訊いてみやがれ」
 吐き捨てるように言う恋次に、一護は首を傾げ何かしたかと思い出そうとするが、何も出てこない。
「何故ここに来た」
 冷徹な白哉の声に、恋次はびくりと肩を震わせ視線を向けた。自分を見るそれとは違い、何となく腫れ物にでも触るような感じの視線に、一護は益々訳が解らなくて眉を顰めた。「それは……隊長に戻って貰うためです」
 絞り出すような恋次の言葉に、一護は漸く納得した。確か恋次は白哉の隊の副隊長だったっけ。彼を呼び戻しに来たのか。しかし、それと一護に飛びかかってくるのと、何か関係あるんだろうか。
「私はまだ戻らぬ。ここですべき事があるのだ」
「そんなっ、こいつのせいですか」
 びし、と指を差され、一護はぎょっとして目を瞬かせた。この恋次の表情には見覚えがある。あれはルキアを捕まえようとした恋次と一番最初に戦った時の顔だ。
「待て待て、何で俺のせいなんだよ」
 前回、一護がルキアの霊力を奪ったせいで強制連行しなければならなかったというのは、藍染の策略で恋次の誤解だし、今回だって別に無理矢理白哉をここに留まらせた訳じゃない。
「何もかも、てめーが悪いっ」
「何だとっ」
 牙を剥いて恋次は再び斬魄刀を向ける。あんまりな言い様に、一護も頭に来て白哉の前に飛び出た。
「まあまあ落ち着いてください。店先で暴れられちゃ困ります」
 いつの間にか二人の間に浦原が居て、いつものように飄々とした笑みを浮かべ恋次に杖を向けた。恋次は息を詰め、無念そうに斬魄刀を収めると大きく息を吐いた。
「ちっ、命拾いしたな」
 それはこっちの台詞だ、と怒鳴ろうとした一護は再び前に出た白哉の影に口を閉ざした。怒ってるような気配はあるが、それとまた別の感情も含まれている気がする。
 近付いてくる白哉に、恋次は息を飲み冷や汗を浮かべた。白哉はまだ義骸姿だから霊圧は殆ど出ていない筈なのに、圧倒されている。
「確か、お前には隊のことを任せてあった筈だが」
「そ、それは……」
 じりじりと後退り、恋次は言葉を飲み込んでがくりと膝を突いた。そのまま両手も突いて頭を垂れる。
「恋次」
「申し訳有りません。でも、自分にはまだ隊を率いる器はありません」
 言い訳か、と白哉は片眉を上げる。恋次は訴えるように顔を上げ、白哉を見詰めた。一体何がどうなってるんだと、一護は戸惑って二人を交互に見た。恋次の怒りから察すると、自分が原因らしいが。
「ああ、そんなに凄まない方が。問題は朽木隊長の方にもある訳だし。ま、一番大元はやっぱり黒崎さんだったりするかも」
「え、やっぱ俺? 俺が悪い訳?」
 浦原が取りなすように言ったのも束の間そう告げられ、一護は唖然として自分を指差した。
「一護のせいではない。確かに、これは私自身の問題だ」
 恋次から視線を外し、白哉はそう呟くように言うと何事も無かったように歩いて浦原の店へ入っていった。
 一護は浦原に理由を尋ねたかったが、知らんぷりしている後ろ姿を見て吐息を付き、肩を竦めて後に続く。恋次の脇を通り過ぎる時、恨めしげな目で睨まれたが、心当たりが無いんだから仕方ないと、足を速めた。
 それにしても、考えてみれば白哉は六番隊隊長で、当然その仕事がある筈。それを全部恋次に押しつけてきたなら怒るのも無理はない。
 自分が大元の原因とは、やはり虚化のことだろうか。アレを見て対峙したのは白哉だけだ。恋次すら知らない。もしかしたら夜一は知っているかもしれないが、二人の性格から考えてそれを上に言っているとは思えない。
 何か白哉じゃなくても良い任務にかこつけて、自分を見張る為に来たことがばれたか、その任務状況があまりに進展しないから恋次が音を上げたのかも。
 そう考えつつ地下の空間に降りた一護は、修行場に佇む白哉の表情に懊悩の色があるのを見て、一瞬どきりとした。
 だが、直ぐにそれは消え、いつもの冷静な表情に微かな笑みを浮かべ、白哉は一護を見詰めた。
「気にすることはない。お前はただ、霊圧の制御が完璧に出来るよう、修行を続けることだ」
「ああ」
 疑問は消えなかったが、白哉の笑みになんとなく安心し、一護は頷くと近くの平らな岩場に胡座を掻き、目を閉じて神経を集中し始めた。
 一護は霊圧をゆっくり高めていく。最初の頃から比べるとだいぶコントロール出来るようになってきた。そのせいか、白哉の霊圧もかなりはっきり分かるようになった。
 義骸に入っててもこれだけ分かるのだから、合格ラインに近付いたかなと、一護は心の中で呟く。普段の制御が出来れば、戦いの中、あいつが出ようとしても少しは抑えられるだろう。根本的解決にはならないかもしれないけど。
 そして白哉が一護の側にいる理由がなくなる。
「一護、気を散らすな」
 微かな胸の痛みに、一護は我知らず眉を顰めた。白哉に注意され、意識を集中させようと深呼吸を繰り返す。
 近付いてくる白哉の霊圧を感じながら、一護は繰り出されるであろう霊力の攻撃に身構えた。白哉は一護に向け霊圧でさまざまな力を加え、それに耐えうる制御を身につけさせようとしていた。
 生半可な攻撃ではもう一護には効かない。ふっと白哉の霊圧が消え、一護はにやりと口端に笑みを浮かべた。
「もう終わりか、白哉」
 修行を始めてから僅かな時間しか経っていない。こんなものじゃ物足りないと、一護が挑発した時、直ぐ側に白哉の膨大な霊圧を感じて思わず体勢を崩した。
「まだだ」
 身体を後ろから支えられ、一護は驚く。耳元に白哉の息が掛かり、一護はその体勢のまま硬直してしまった。
「離れろっ!」
 空気を裂く音がして、刃が一護の鼻先を掠める。ぎょっとして目を開く一護を抱え、白哉は数メートル後方に飛んだ。
「れ、恋次」
 一護の前には、額に青筋を浮かべた恋次が息も荒く斬魄刀を抜いて仁王立ちしていた。死神姿で霊圧も抑えず、むしろ全力で燃え上がらせているような。
「あれに気付かないとは、修行が足りんな」
「その通りです」
 力無く笑い、一護は白哉の言葉に肯いた。白哉の霊圧に気を取られ、あんなでかいのに気付かないとは、返す言葉もない。
「離れろって言ってんだ、一護」
 何に怒っているのか、さっきの続きなのか分からないが、取り敢えず自分としてもぴったり背後に白哉がくっついている状態は困ると、一護はやんわり腕を振り解いた。
「落ち着けよ、俺、今は生身の人間だぜ。お前と戦うつもりもねえし」
「うるせえっ、ならさっさと死神になりやがれ」
 話を聞かない恋次に、一護はがりがりと頭を掻いた。死神となって対抗してもいいのだが、この調子では下手すると卍解までいってしまいそうだ。そうなると、せっかくの修行が中途半端であいつを抑えることが出来なくなる。
 今にも飛びかかってきそうな恋次を見て、一護は大きく溜息をついた。仕方なく、どこまでやれるかとポケットの代行証を握り締めた時、白哉が恋次の前に進み出た。
「私が相手になろう」
 何時の間に死神姿となったのか、すらりと抜刀し白哉は微かな苛立ちを面に浮かべ斬魄刀を構えた。
 一瞬怯んだ恋次だったが、歯を噛み締めると走り出す。真っ直ぐ白哉に向かって駆け、刃を交えようとした瞬間宙に飛び、一護の直ぐ側に降りた。
 間に合わない、と思った時目の前で火花が散る。白哉の斬魄刀がしっかり恋次のそれを受け止めていた。
「流石ですね、朽木隊長」
 苦笑いを浮かべ、恋次は再び宙に飛ぶ。さっきまで恋次が居た空間を、白哉の斬魄刀が裂いていた。
 呆然としている一護の前で、二人の霊圧がみるみる上がっていく。恋次が斬魄刀解放の呪を唱えようと口を開くと、同時に白哉も口を開いた。
「はいはいはい、そこまで。ここをあなた方の鍛錬のためにお貸しした訳じゃありませんよ。黒崎さんの修行の為っすからね」
 大きく手を打つ音がして、浦原の脳天気な声が掛けられる。だが、二人は一顧だにせず睨み合ったまま動かなかった。
「咆えろっ、ざ」
 蛇尾丸と言いかけた恋次の口から呻き声が漏れ、斬魄刀は解放されぬまま地に落ちた。何が起きたんだと、一護は白哉を見るが動いた様子はない。軽く息を吐き、白哉は斬魄刀を鞘に収めた。
「何か、したのか? えーと、何だっけ。良くルキアが使ってた技みたいなの」
「鬼道のことか」
 そうそう、それ、と恋次を指差すが、白哉は首を横に振って否定した。じゃあ何だ、と一護は恋次を見ると、その顔に何本も細い線が走っている。
「頭に血が上り過ぎじゃ、馬鹿者が」
 その声に一護が地面の方に視線を移すと、尻尾をぴんと立てた黒猫が呆れたように呟くのが見えた。
「やれやれ、あ、気にしないで続けてください」
 じゃ、と手を振って浦原は恋次の首根っこを掴み、引きずるようにして去っていく。意味深な笑みを浮かべ、夜一も二人を見ると後を追って走り去った。
「な、なんだったんだ」
「続けるぞ。他に気を取られ、他の霊圧を感じ取れぬようでは修行は終えないな」
 汗を浮かべて三人を見送っていた一護は、白哉の言葉に我に返り、大きく頷いて再び岩場に腰を据えた。
 何時間経ったろうか、白哉の霊圧が潮が引くように小さくなる。一護は不思議に思って顔を上げた。
「そろそろ戻ろう。立てるか」
「まだ大丈夫だ」
 一護は立ち上がったが、長時間の修行と殆ど同じ体勢でいたせいか、身体が強張りちょっと身動ぐだけで骨の鳴る音がする。
 疲れたとは感じなかったが、流れ落ちる汗を拭い、一護は踵を返して歩いていく白哉に着いて地上に戻った。
 畳を上げ外に出た一護は、ふてくされたような顔で胡座を掻き肘を突く恋次を見て一瞬息を飲んだ。だが、次の瞬間その格好に噴き出してしまう。
「恋次、何だその格好。工事現場のバイトか」
 盛大に笑う一護をぎろりと睨み付け、恋次は益々口をへの字に曲げそっぽを向いた。卓袱台に用意された握り飯とみそ汁椀の前に座り、一護は恋次の姿を目に入れないようにして食事しようとした。
「黒崎さん、手、洗ってきてください」
 か細い声で雨に言われ、そうだったと一護は立ち上がる。その拍子にまた恋次の姿が目に入り、笑いが込み上げてきた。
「笑うんじゃねーよっ、これしかないって言うから仕方なく着てんだ」
「すみません、すみません。今丁度良い服が無くて、女物なら…あるんですけど……」
 大きな音を立て、卓袱台を拳で叩く恋次に、雨は必死に謝る。タンクトップというよりランニングシャツと言った方がいい上半身に腹巻き、下はビンテージ物のようなよれよれジーンズという格好の恋次は、泣きそうな雨に舌打ちをした。
 既に手を洗ったのか入れ違いに部屋へ入ってきた白哉は、一護が笑いを堪える様に微かに怪訝そうな視線を向けた。
 何でもないと手を振り、一護は洗面所に向かう。手を洗って、ついでに顔も洗いさっぱりして戻った一護は、白哉の前に悄気た様子で正座している恋次を少しだけ哀れに思った。ルキア奪還の時白哉に立ち向かった事は、非常事態ということで不問にされたらしいが、今回の事はこれからの処遇に不利になるんじゃないかと人ごとながら心配する。
 白哉は一護が戻ったのを見ると、食べようと促した。昼はとうに過ぎ、集中力に誤魔化されていた腹の虫が大きな音を立て始め、一護は遠慮無く用意された食事を取り始めた。「で、訳を聞かせろよ」
 食べ終わると一護は恋次に向き合い、説明を求めた。いきなり襲いかかってくる程の理由が、ただ白哉が戻らないからということはあるまい。
「……」
 恋次は黙ったまま白哉をちらりと見た。静かに目を伏せ、白哉も黙ったまま座っている。二人を交互に見て、一護は大きく溜息を付いた。
「訳わかんねえままお前に殺されなきゃなんないのか? まあ、大人しくやられるつもりはないけどな」
「何をっ」
「恋次」
 一護の物言いに食ってかかろうとした恋次は白哉の一声に再び口を閉ざした。自分が席を外している間に白哉が話を付けたのかと、一護は完全には納得できないものの、いきなり戦うことにならなくてほっとした。
 まだ卍解で戦って自らの意志を保てるか自信が無い。霊圧の制御だけで、内なる虚を蘇らせる事無く戦えるようになるのか未知数だ。
「んじゃ、一休みしたらまた修行やるか。親父達が帰ってくるのは夕方くらいだろうし。それまでに少しでも出来るようにならねえと」
「てめーは馬鹿みたいに力を垂れ流してるからな」
「何だと、コラ」
 馬鹿、という単語に思い切り力を込めて言われ、一護は額に青筋立てて恋次に顔を向けた。恋次も負けじと眉間に皺を寄せ、一護の頭に額をぶつけるよう当てる。
「ああ、みたいじゃねえな、馬鹿だ」
「てめーこそ、猪突猛進で馬鹿みたいに突っかかってくるじゃねえか」
 一護と恋次の遣り取りを雨がおろおろと見ていた。一触即発の中、白哉はゆっくりお茶を飲むとやおら立ち上がって二人を見た。
「行くぞ」
 言い置いて白哉は地下空洞への穴がある部屋へ行ってしまう。一護は慌ててその後を追った。
「お前も来るのかよ。邪魔する気か」
「いや、しねーよ」
 一緒に立ち上がった恋次に、一護は眉を顰める。恋次は不快そうに顔を顰め、首を横に振った。
「阿散井さんは義骸にまだ慣れて無いようですからねえ。地下に降りても色々難しいでしょう。少し待ってて貰えばいいですよ」
 義魂丸が無ければ死神にはなれないしとからから笑う浦原に、恋次は青ざめた。どうやらほぼ無理矢理あの格好の義骸に突っ込まれたらしい。死神になれなければ鬼道を使うくらいしか出来ない。
「体術の訓練ならできる」
「意味ないっすよ。義骸でいくら頑張っても」
 確かに義骸で虚と戦う訳ではないから、いくら扱い方が上手くなってもしょうがない。ルキアのように義骸から抜け出せなくなったり、一護のように人間のまま虚や霊と付き合わざるを得ないならともかく。
 ぶすくれる恋次を残し、一護は地下へと降りていった。
 荒涼とした景色の中に佇む白哉を見て、あれも義骸だよなと一護は改めて思った。自分のために義骸のまま修行に付き合ってくれている訳で、任務に支障が出ないといいなと思う。
 そういえば、昨夜のあの時も義骸だったと思い出して一護は顔を赤く染めた。義骸で無ければ駄目だったのかあれは、と考え出すと止まらなくなる。死神としての白哉は、一護と繋がる事を欲しているのか、それとも義骸ならでこそあんなことをしたのか。
 顔を赤くして頭を抱えている一護を、白哉は訝しげに見やる。
「一護、霊圧が乱れている」
「あ、ああ。さ、気合い入れてやるぞっ」
 拳を握り締め、一護は考えを振り払い霊圧制御に意識を集中させていった。

 くたくたに疲れて浦原の店を後にした一護は、着いてくる赤い髪を胡乱げに見た。白哉だけでも言い訳辛かったのに、恋次が来たら家族になんて言われるか分からない。訊くのも怖くて家まで来てしまった一護は、くるりと振り返ると恋次に対峙した。
「どこまで着いてくんだよ」
「俺の勝手だろうが」
「うちはホテルじゃねえぞ。これ以上泊められねえからな」
「誰が泊めろって言った。それにこんな狭い家じゃ窮屈すぎらぁ」
 小馬鹿にしたように嗤う恋次に、一護は眉を寄せ睨み付けた。今にも胸ぐらに掴みかかろうとした時、離れた場所から名前を呼ばれ、一護は不機嫌な顔のまま振り返った。
「おにいちゃん。どうしたの家の前で……お客さま?」
 可愛らしい笑顔で手を振っていた遊子は、一護の向こうに居る恋次に気付いて顔を曇らせた。隣の夏梨はあからさまに不審げな表情で恋次を見詰めている。
「いや、客じゃない。つーか、全然知らない人、赤の他人」
 ぶんぶんと両手を振る一護に、恋次は僅かに不満そうな顔をすると、片腕を首に廻して引き寄せた。
 がっしり一護をホールドして、頑張った笑顔を恋次は二人に向ける。びくっと一歩下がる遊子の前に庇うように夏梨が立ち、恋次と一護を交互に見た。
「何言ってるんだよ、一護。俺たちは友達だろ。ほら、こんなに仲良いんだし」
「は、離せ、苦しいだろ。馬鹿力め」
 苦しさに呻く一護を更に強く締め上げ、恋次は怯える二人に言い訳するように言った。眉を顰め恋次を見ていた夏梨は、何かに気付いたようにはっとして、少し青ざめ遊子と共に後ろに下がる。
「ほ、ほら見ろ、いくら猫撫で声…出したって……てめーは怖いんだよ。妹たちを、怖がらせ…」
 息を詰まらせながら笑った一護は、恋次の腕から急に力が抜けたのを感じて訝しげに見た。顔色を青くして、恋次は凍ったように動かない。力は入っていないものの、硬直してる恋次の腕からようよう逃れた一護は喉元を押さえながら何が起こったのかと眉を顰めた。 少し離れた位置から立ち上る霊圧に、一護は理解して人差し指と
で眉根を押さえた。苛立ちと怒りの混じった霊圧は抑えられているとはいえ、夏梨を恐怖させたのだろう。恋次の方は自業自得だが、このままでは拙いと一護は白哉の方を振り向いた。
「早く家へ入ろうぜ。いつまでも表で騒いでると近所迷惑だ。それに、別の奴らが嗅ぎつけてきたりしたら色々面倒だし」
 な、と精一杯の笑みを浮かべ一護は白哉に話しかけた。白哉は我に返ったように一護を見詰め、軽く息を付く。
「すまない。解っているつもりなのだが」
「いいって。悪いのはあいつなんだし。ほら、夏梨、遊子、来いよ」
 漸く警戒を解いた夏梨が歩き出すと、遊子も笑顔で一護に駆け寄り腕を掴んだ。
「ほら、お土産だよ。今日の夕飯用とおやつ」
「一兄、友達は選んだ方がいいよ」
 遊子が片手に持った紙袋を上げて見せて言うと、夏梨も胡散臭そうな目を恋次に向けながら言った。
「そういや、親父は?」
 苦笑いを浮かべながら玄関の扉を開けた一護は、一番賑やかな人間が居ないことにやっと気付いて辺りを見回した。
「もう一晩泊まるって。特に診療必要な患者も居ないから、骨休めだって言ってた」
 だからうちの医院儲からないんだよね、と文句を言う夏梨に、遊子は苦笑する。駅前の大きな病院はかなり繁盛してるらしいから、見習えばいいのにと続けて夏梨は呟いた。
「医者など儲からない方がいいだろう」
 え、と驚いて夏梨は後ろを振り向いた。見下ろす白哉の表情は普段と変わらないが、夏梨は視線を落として項垂れた。
「ごめんなさい……」
「白哉は怒ってる訳じゃないさ。な」
 ぽんと夏梨の頭に手を置き撫でると、一護は白哉に微笑みかけた。白哉は一瞬困惑したように目を揺らめかせると、微かに頷く。
「うん、そうだよね。お父さんにはもっと休んで貰わなくちゃ。あ、でも、そうしたら転職しなきゃならなくなるかも」
 笑って言い、遊子は夏梨の手を取ると台所に走っていく。笑顔で見送った一護は、玄関の扉を閉めようとして佇む影に顔を顰めた。
「突っ立ってんじゃねーよ。邪魔だろ、さっさと入れ」
「え、でも」
「泊められねえけど、夕飯くらいは食ってけ」
「お、おお」
 ほっとしたような顔の恋次を招き入れ、一護は玄関の扉を閉めた。
 遊子も夏梨も慣れたのか、恋次にびくびくすることもなく夕食の時は過ぎ、一護は部屋へ上がった。
 床に白哉と恋次が正座しているから仕方なく一護も正座する。三者面談か三竦みかと、一護はこの状況にげんなりしていたが、恋次から理由を訊きたくて仕方なく話し出すのを待っていた。
「自分は、ただ隊長が戻ってくれればそれで」
「まだ戻る訳にはいかないと言った」
「だから、俺のせいだって?」
 白哉の言葉に恋次は一護を睨む。さっきと同じ展開に、一護は大きく吐息を付き腕組みをした。少なくとも、霊圧の制御方が上達するまで白哉はここを離れるという選択は無いようだ。
 なら、頑張って修行してそれを身につけるしかない。白哉が安心して戻れるようになるまで。それはつまりここから彼が居なくなるということ。あの告白も、行為も、居なくなれば一夜の夢として過ぎていくだろう。
 ほろ苦く想う一護の心を読みとったのか、白哉は僅かに目を眇めた。恋次はそんな白哉に、重い溜息を付いた。
「ほんとに……ほんとに何でこいつなんです」
 がっくり肩を落とす恋次に、一護はこいつで悪かったなと睨んだ。先ほど浦原の店でも思ったが、白哉が一護の為に現世に居るのって、そんなに嫌なものか。ルキアの時以上に感情的になっている恋次を一護は不思議に思った。
「阿散井よ、いつまでそこにおるつもりじゃ。二人の邪魔をするでない」
「うわっ、ね、猫が喋った」
 驚愕して正座を崩し狼狽える恋次に、夜一は窓から音もなく降り立つと、その膝に飛び乗った。
「今晩は浦原の所で面倒みるそうじゃ。ああ、その義骸の代金もきちっと戴くと言っておったぞ」
「夜一さん、いいんですか」
 その問いに頷く夜一を見て、恋次は一護と膝に乗っている猫を唖然として交互に見た。浦原の店地下で引っかかれた時には喋ったことに気付かなかったようだ。
「仕方なかろ。ほれ、行くぞ」
 窓から出ていく夜一を指差し一護を見る恋次に、こくこくと頷いてみせる。恋次は汗を浮かべつつ、窓から出ていこうとした。
「ちゃんと玄関から出入りしろよ。今は義骸なんだから」
「面倒だな」
 ぼやきながら恋次は踵を返し部屋を出ていく。やっと静かになった部屋で、一護は立ち上がるとベッドに寝ころんだ。
「白哉、俺、修行頑張るから。もう無理して付き合わなくていい」
 頭の後ろに手を組み、目を閉じて自分にも言い聞かせるように一護は白哉に告げた。返らない返事に一護は目を開く。目の前にある白哉の僅かに怒っているような表情に、一護は目を見開いた。
「無理をしている訳ではない。前にも言った筈だ、側に居たいと。それよりお前の方が無理に付き合っているのではないか」
 吃驚してその言葉に答えられないでいると、白哉は微かに痛みを堪えているような顔を逸らし、ベッドから降りようとする。
 咄嗟に手で白哉の顔を包み、一護は口を開いた。
「そんなことねえよ。感謝してる。それに」
 自分も側に居てくれると嬉しいと言いかけて、一護は息を飲んだ。顔に血が上り、熱くなる。気付けばこの体勢は非常に危ない。どうにも出来なくて止まってしまった一護に、白哉はふわりと笑みを浮かべると顔を近付けた。
 口付けられ、顔だけでなく全身が熱くなっていく。白哉は頬に当てられている一護の手を握り締め、それにも口付けた。
「あーのー」
 しっとりとした空気をかき乱すような声が押入の中から聞こえ、一護はぎょっとしてその方を見る。押入の戸からちょっぴり顔を覗かせたコンは、そーっと指で部屋の扉を指し示した。
 途端に白哉を押しのけベッドから飛び降りた一護が椅子に座った途端、部屋の扉が開けられ遊子が顔を出した。
「おにいちゃん。お風呂沸いたよ」
 ぜいぜいと息を切らす一護に首を傾げながら言うと、遊子は姿を消した。思わず机に突っ伏し、一護は大きく息を吐いた。
「あいつ、ノックしろっつーの。ああ、驚いた」
 漸く息を整え起きあがった一護は、憮然としてベッドに腰を掛けている白哉を見て、しまったと顔を顰めた。
「いーちごー、そういうことすんのはみんなが居ない時にしろよ。昨夜みたいのは…」
 昨夜、と聞いて一護は目を剥いてコンを見た。失言に気付いたコンは、こそこそと押入の中に戻りぴったり戸を閉めてしまう。
「えーと、その、白哉……」
「先に戴いてもいいか」
「あ、ああ」
 謝った方がいいのかと言いかけた一護を制するように言うと、白哉は立ち上がり部屋を出ていった。

 欠伸をしながら学校へと歩いていく一護に、次々に友人達が声を掛けてくる。面倒そうにそれに応えながら、一護はまた大きな欠伸をした。
「締まらない顔して、もしかして朝帰り?」
「……お前じゃあるまいし」
 にこやかに厳しいことを訊く水色に、一瞬詰まるが直ぐに言い返す。一護の反応に水色は何か気付いた様子だったが、追求することもなく日常会話に戻っていった。
 水色の言う朝帰りは色事関係だろう。確かに掠ってる気はするが、帰った訳じゃない。朝まで白哉が気になってよく眠れなかっただけだ。昨夜は白哉も義骸を残して出かけることは無く、寝ていたようだ。自分ばかり気にしてるのかとむかついたが、それで余計に眠れなくなった。
「何してんだ、啓吾」
 校門まで後数メートルという所に啓吾が蹲っている。片眉を上げ訊ねた一護は、啓吾が指差す方を見て更に眉根を寄せた。
「おう、一護」
 気軽に手を挙げ名を呼ぶ恋次の頭を一発殴り、一護はその腕を取ると歩き始める。残された啓吾と水色は顔を見合わせ、首を捻った。
「一護の知り合いも幅広いね。あれ、ヤッちゃんかな」
「凄いタトゥだったから、ロックバンドの人かも」
 バンドの人はあんなダサいランニング着てないだろと啓吾は水色に突っ込む。そういう形態のバンドがあってもいいんじゃない、ね、と丁度やってきた茶渡に水色は同意を求めた。何のことだか分からないながらも水色に頷き、一護と恋次が消えた方を茶渡は見やり、小さく溜息を付いた。
 学校の関係者が通らない場所まで恋次を引っ張って行くと、一護はやっと手を離した。あんな格好でうろつかれるのは、白哉が巡回するよりも人目に付く。
「何でこんなとこに来てんだよ」
「迎えに来ただけだ」
「迎えに? 俺をか」
「そう、お前だ。他に誰が居るってんだ。さあ、浦原さんのとこへ行くぞ」
 踵を返す恋次に、一護は目を瞬かせた。
「今日は平日で学校があるんだぞ。何の用だよ、ったく」
 何の用かも気になったが、迎えに来たのが恋次だったことに一護は一抹の不安を覚えた。白哉は、と訊こうとした一護は言葉を飲み込み唇を噛み締めた。昨夜一晩考えて、結局戻ることにしたのかもしれないと思うと、一護の胸が僅かに痛む。
 立ち竦む一護に首だけ振り返った恋次は、眉を寄せると早く来いと怒鳴った。
 地下へ行く時も動きが鈍ってしまう一護に、恋次は苦い顔で背中を強く押した。その勢いで一護は足を滑らせ落ちてしまう。幸いそれほど上からではなかったので、強かに腰を打ったくらいだった。
 一昨夜の行為による痛みがぶり返し、一護はちょっと涙目になって見下ろす恋次を睨み付ける。腰をさすりながら起きあがった一護は、良く知っている霊圧を感じて振り返った。「白哉」
「遅かったな」
 驚く一護に怪訝そうに眉を上げ、白哉は近付いてくる。ほっと安堵する一護の背を蹴り飛ばし、恋次はさっさと行けと苦い顔で言った。
「いってーな、何すんだよ、さっきといいお前、わざとか」
「そんなことどうでもいいだろ。それより今日から俺も付き合うからな、覚悟しとけ」
 にやりと笑って言う恋次に、一護はマジ? と白哉を見詰めた。微かに苦い表情で、白哉は肯くと定位置に向かう。
 一護は大きく溜息を付くと、白哉の側に走り寄った。
 慣れてきたとはいえ、二人分に増えた霊圧での攻撃を躱し、防御し、自分の霊圧を一定に保つのはかなり難しい。特に、恋次は白哉と違って言葉でも挑発してくるから、直ぐに頭にカチンと来て霊力が波打ってしまう。
「一護、精神を平らに。言葉に捕らわれるな」
「わかっちゃいるけど」
「ほれほれ、そんなこっちゃ下級死神にも及ばねえぞ」
 あまりに単純な挑発が返って一護の心を落ち着かせ、恋次の言葉は耳を通り過ぎるようになってきた。精神の奥深くに碇を降ろし、霊圧の手綱をきっちりと制御する。
 ふと気付くと、白哉と恋次の霊圧は一護から離れていた。満足そうな表情の白哉と、嬉しいのかむかつくのか微妙な顔の恋次がじっと一護を眺めている。
「出来た? これでいいのか」
「良いとは……」
「良い! てめーにしちゃ上出来だ。もう充分だぜ。朽木隊長、これで納得して戻れますね。後は自分で何とか出来るでしょう」
 白哉の言葉を遮って恋次は勢いよく告げた。自分でも手応えがあったと思うけれど、あれだけで充分なのかと一護は微かに不安を感じた。恋次は白哉に戻って欲しくて必死だからあんな風に言うが、白哉はどうかと一護は見詰めた。
 白哉が小さく頷くのを見て、安堵すると同時に少し寂しさを覚える。これで白哉は尸魂界に戻ることになるだろう。隊長格が何度も現世に降りることなどあり得ない。こっちで会うことはもうないだろう。会えるとしたら、次の大きな戦いの時。
「次は、死神となった時の制御だな」
「ええっ!」
 一護と恋次の驚く声が重なって、白哉は眉を顰めた。
「これで終わりな訳があるまい。死神となって戦う時こそ制御できなければ、余計なものを引き寄せると、前にも言った筈だ」
「はあ」
 人間としての修行は普段の生活で必要なもの、死神としてはまた別だと白哉は淡々と告げた。すっかりこれで修行も目処が付いてお別れかと残念に思っていたのに、一護は拍子抜けして間抜けな返事を返してしまう。
 隣で暫く唖然としていた恋次は、拳を握り締めると、やけくそのように高笑いをして一護に指を突きつけた。
「てめーは隊長をそんなに誑かしやがったのか」
「た、誑かすって何のことだ。俺は何にも」
「ああっ? 隊長がてめーなんぞに惚れただの何だのある訳ねえっ。きっとてめーがあの手この手で隊長を籠絡しやがったんだ」
 恋次が激昂して言う言葉に、一護は目を白黒させ絶句した。もしかして白哉は、現世に来たのは一護に会いたいから、なんて言って出てきたのだろうか。それも、一護に惚れてるからなどと言われたとしたら、ちょっと恋次に同情する。
「するかよっ、そんなこと。俺のキャラじゃねーって、あんだけ一緒に戦ってて知らない訳じゃねーだろが」
 怒鳴り返す一護を睨み、恋次は言い訳無用と言い放つと懐から悟魂手甲を取り出した。義魂丸はまだ浦原から手に入れて無かったのかと考えていた一護は、自分も死神化するべくポケットから代行証を取り出す。
 斬魄刀を構えた一護は、自分の手を額に押しつけたままの体勢で悪戦苦闘している恋次に、目を見開いた。何度も強く押しつけ、終いには拳でがんがん自分の頭を殴っている。呆れてもしもーしと声を掛けるが、聞こえてないようだった。
「勝手に持っていくからじゃ」
 足下で声が聞こえ、一護は慌てて見下ろした。夜一が面白そうに恋次の方を見ている。「あれって、ルキアが持ってたのと同じやつだよな」
「いや、あれはわしが刺繍を施した手袋じゃ」
 そ、それは、いろんな意味で突っ込みたいような気がする代物だが、取り敢えず偽物ならば恋次が死神になれる訳はない。そう告げた方がいいのか迷っていた一護は、肩に手を置かれ振り返った。
「行くぞ」
 どこへ、と聞く間もなく一護は腕を取られ跳躍した。下には呆然と見上げる恋次と、義骸の白哉、その足下には魂の抜けた一護の身体が見える。待て、と声を荒げる恋次の身体を白哉の義骸が押さえつけていた。義骸でも白哉を無下には出来ないらしく、恋次は怒鳴るだけしか出来ない。
「待ちやがれー、卑怯者っ」
 地下空間に木霊する声を後に、二人は地上に飛び出た。いきなり現れた二人に驚く浦原達に、二時間ほどで戻ると告げ、白哉は一護を抱えたまま瞬歩で姿を消した。
 一護の部屋に着き、漸く白哉は一護を離す。瞬歩での移動に慣れていない一護は、息を荒くして床にへたり込み、ベッドに凭れ掛かった。
「何でここに? つーか、死神での修行ならあそこから出たら拙かったんじゃね」
「時間は有効に使いたい。修行はまた夜にでもやればよい」
 それじゃここまで来て何をするのかと驚いて見上げた一護は、楽しそうに目を細める白哉に冷や汗を浮かべた。
 膝を突き、白哉は一護の両脇を囲うようにベッドに手を付く。そのまま顔を寄せる白哉を目を丸くして一護は見詰めた。
「わーっ、ちょっと待て! 何するんだよ、まだ真っ昼間だぞ」
 白哉は一護の言葉に、僅かに眉根を寄せた。本当に自分が思っていることをするつもりかと、一護は顔を赤く染め窺う。思い違いだったらかなり恥ずかしい。というか、思い違いであってほしい。
「今なら家族は留守だろう」
 ああ、やっぱり合ってたのかと一護はがっくりと肩を落とした。
 情に厚いとは解っていたけど、こんなに熱いとは思わなかった。でも、そんなところも良いんだよなと一護は一つ息を吐くと、観念して笑みを浮かべ白哉の顔が近付いてくるのを待った。
 息が掛かる程近付いた時、息を飲む音が聞こえ、一護は白哉の頭越しにその方を見た。驚いて硬直しているコンの姿が目に入り、一護は心の中で溜息を付く。白哉も振り向き、コンを見た。
「とと、取り込み中っすか。てゆーか、何で死神になってんの」
「すまないが、頼みがある」
 焦って訊ねるコンに、平静な声で白哉は一護を抱き締めた体勢のまま話しかけた。びくびくしながら頷くコンに、白哉は浦原商店に行ってくれと告げた。一護の身体が魂魄を無くしたまま放り出してあるから、迎えに行って欲しいと頼まれ、コンはぎくしゃくしながら出ていく。
 状況を説明しなくていいのかと一護は白哉を見るが、もうすっかり頭からコンの事など消えているようだった。
 向こうに着いたらきっと恋次に八つ当たりされるだろうなとぼんやり考えていた一護は、口付けされて我に返った。何度も繰り返し触れては離れ、やがて深く貪るように口付ける。漸く離れると、一護は空気を求めて喘いだ。
 目許から耳朶へ移動した唇は、軽くそこを噛み、うなじへと這っていく。
 ぞくぞくする感覚に身を震わせ、一護は白哉の頭を掴んだ。襟の合わせから白哉は手を差し入れ、一護の胸をなぞる。突起を探り当てると、それを指先で押しつぶすように転がし始めた。
「白哉……ちょっと…ま」
 むずがゆい刺激に、一護は身を引こうとする。だが、背中はベッドに遮られ逃げることは出来ない。抗う言葉を許さないように、白哉は再び唇を合わせた。
 胸への刺激と吸われる口付けにぼうっとして、一護はいつのまにか帯を解かれていることに気付かなかった。
 死覇装を肩から落とし、露わになった鎖骨から胸へ白哉は唇を這わせていく。固く尖った突起に舌を絡め突くと、一護はびくりと背を引きつらせる。
 その反応に満足げに白哉は笑みを浮かべ、更に下方まではだけさせた。
 下腹部に密かに息づく一護自身を手に取り、白哉は愛しむように愛撫していく。固く屹立してきたそれに顔を寄せる白哉に気付き、一護はぎょっとして手で退けようとした。
 だが、白哉はそのまま一護自身を口中に含み、舌を這わせていく。一護は目の前でなされる行為と、それによる快楽に翻弄され、白哉の肩を強く掴んだ。
「駄目…だ」
 足が床を掻き、一護は必死に耐えようとする。両足の間にある白哉の身体を締め付け、一護は小さく呻くと頭を仰け反らし放ってしまった。
 大きく肩を上下させ息を荒げる一護を抱え上げ、白哉はベッドに横たえた。一護がうっすらと目を開けると、陽光の中均整の取れた白哉の身体が目に飛び込んでくる。
 思わず狼狽え目を逸らす一護に覆い被さった白哉は、そっと頬に手を当て自分の方を向けさせた。
「一護……」
 名を呼ばれ、一瞬羞恥に目を伏せた一護は、白哉を見詰めた。白哉の焦がれるような光を帯びた瞳に、一護は胸を詰まらせ両腕を差し伸べた。
 白哉を引き寄せ、一護は口付ける。
 重なってくる白哉の熱と、自分の熱が溶け合って、一護は快楽の淵に溺れていった。

 どれくらい時が経ったのか、そろそろコンが戻ってくるかもと、一護は吐息を付いた。コンだけでなく、恋次も付いて来てこの状況を見たら憤死するか嘆くか号泣するか、考えると怖い。
「大丈夫だ、もう暫くは戻らないだろう」
 その自信はどこからくるのだろう。あの短い時間で義骸にしっかり言い含めたりしたのかもと、一護は呆れていいやら可笑しいやらで、小さく笑いを零した。
 不思議そうに見る白哉に、益々笑いが込み上げてくる。
「ただいまー、あれ、まだお父さん戻ってないのかな」
 階下からの声に一護はさーっと全身から血の気が引いていく。動揺してあたふたと衣服をかき集める一護に、白哉は僅かに眉を上げ、腕を伸ばして引き寄せた。
「死神は普通の者には見えぬ」
「…あ、…そうか」
 そういえば、今自分は死神になっていたのだと一護は安堵して力を抜いた。それに、まさか一護が学校に行かず家に居るとは思うまい。
 白哉に抱き締められながら一護は可笑しくなって笑みを浮かべた。
「どうした」
「いや、死神でもあんま変わらなかったなと思って」
 死神でも義骸でも人間の身体でも、感覚は変わらない。気持ちも感情も同じなんだと、一護は嬉しさを感じながら白哉に笑いかけた。

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