仮面
「それじゃまたね〜」 「ああ」 学校帰りの道を元気一杯な小学生が駆け抜けていく。最近は陰惨な事件が多くなり、小学生は普通班などで登下校をするようにと指導されているのだが、こと、彼に限ってはその心配は必要無かった。むしろ、彼を誘拐してくれた方が事件が早く片づくというものである。なぜなら、彼--江戸川コナンは外見は小学生ながら、実は名探偵工藤新一なのだから。 ある事件のせいで変な薬を飲まされ、一命は取り留めたものの、工藤新一は小学生の姿に変貌してしまった。工藤新一が生きていると知れば、その事件の首謀組織に再び命を付け狙われるかもしれないと、不本意ながら小学生の姿のまま毛利小五郎探偵事務所に居候となっている。 この場で敵を見つけて組織を潰してからでないと安心して工藤新一に戻れないから、という理由とここに居ればその組織の手がかりが掴めるかもしれないと居候となっているのだが、いっこうに組織の陰は見えてこなかった。 自分の推理を小五郎を身代わりに立てて披露し解決した事件は数知れず、なのに組織は掴めず、いつまでも小学生のまま居候では立場が無い。それに、小五郎の娘で幼なじみの蘭になんだか秘密がばれていそうなのだ。焦ってみても仕方ないと阿笠博士に言われてはいるが、せめて高校二年生の元の身体に戻りたいと常々考えていた。 一度だけ、僅かな時間元の身体に戻ったことがあるのだが、それは二度と起こらなかった。だが、戻ることもあるとだけは判って多少安堵はしている。いつか必ず元に戻れるだろう。 「ただいま〜、あれ、蘭姉ちゃん」 小汚い事務所の扉を開け、コナンは中をきょろきょろと見回した。いつもなら、暇そうに窓から外を眺めているか競馬新聞を読んでいる小五郎が居ず、蘭も姿が見えない。鍵が掛かっていないということは、出かけている訳ではないなとコナンは隣の部屋を覗いた。 「あ、お帰り、コナンくん。ねえねえ、今良い電話があったのよ〜」 受話器を置き、蘭が満面に笑顔を浮かべてコナンを振り返った。 「ヘー、何々?何が良いことなの?」 にっこりと子供の好奇心丸出しの表情でコナンは蘭に問いかけた。時折、小学生であることを忘れて皮肉っぽい目で周りを見たりしてしまうのだが、元々探偵なんてものは好奇心がなければやっていけないのだから、自分では子供っぽさを出していると思っていても、実は根がそうなのかもしれない。 「ふふ、今度の連休、別荘へ招待されたのよ」 「別荘って何か事件?」 途絶された空間、雪山の山荘等々ミステリーにはかかせない舞台装置の一つである。蘭は一瞬呆れたようにコナンを見つめ、首を横に振った。 「残念でした。事件なんか無いわよ。ほんと、新一みたいね、そーやって何でも事件に結びつけちゃうとこなんか」 ぎくり、とコナンは身を嫁めた。最近ちらほら蘭の言葉の端に、自分が工藤新一ではないかと疑っているふしが見えるのだ。その場その場でごまかしているが、いつかばれるかもしれない。 「そ、そんなことないよ。で、どこの別荘なの?」 冷や汗を垂らしながら訊くコナンに、機嫌を直した蘭は電話の脇に置いてあったメモを見ながら応えた。 「えーとね、六甲山の中腹ですって。六甲って言ったら神戸も近いわよね、観光できそう」 「神戸……また、園子姉ちやんかなんかの付き合い?」 神戸と聞いて一瞬嫌な予感が流れたが、コナンはるんるんしている蘭に訊いた。 「服部くんの招待よ。先日のお礼に是非って。コナンくんも一緒にどうぞって言ってくれたから、行こうね」 「げっ……服部、だって……」 てっきり級友の財閥の娘、園子の誘いだと思ったのに思いもしない名前を聞かされてコナンは驚いた。さっきの嫌な予感はこれだったのか。 「残念だけど、お父さんは連休予定が人ってるし、二人きりじゃ危ないしね。何着ていこうかな」 蘭はすっかり旅行気分である。コナンはそれを見ながら、いったい服部は何を考えて自分たちを誘おうとしているのか首を捻っていた。 服部は両親、阿笠博士以外に自分の正体を知る数少ない人間である。何が気に人ったのか、ちょくちょく電話してくるようになった。関西の人間なので直に会う機会が少ないから安心しているのだが、蘭の前で本当の名前を呼ばれることもあり、会うのはできれば避けたい。 やはりこれは裏に何か事件が絡んでいるんじやあ、と首を捻り続けているコナンの頭をぽんと叩くと蘭は、すぐに食事の支度をするから、拗ねないでと笑って言った。 「あ、あのさー、蘭姉ちやん、やっぱり行くの?」 「そうよ〜、どうせお父さんも居ないんだし、せっかくだから出かけましょうよ。切符も送ってくれるって」 「なんかアヤシくない?それって」 「平気平気、何か事件だって、服部くんも名探偵なんだし、こっちにも居るしね」 パチンとウインクして蘭はキッチンヘ人っていく。こっちとはどっちのことだろうか、とコナンは再び冷や汗を浮かべて蘭を見送った。 結局男の招待に蘭一人で行かせるなどとはさすがの放任主義な小五郎でも首を縦には振らず、園子とコナンを引き連れての遠征となった。 新神戸駅で降りると、改札にちょっと色黒だがまあもてそうな外見の服部が出迎えに来ていた。蘭とコナンを見てにっこりと笑い、手を振っている。 「やほー、よう来たな二人とも」 「あたし、あたしも居るのよっ、忘れないでん」 男と見れば目のない…といっても、今まで男をゲットするとさんざん言っているのに未だボーイフレンドの一人もできないでいる…園子がさかんに手を振って自分をアピールする。その財閥のお嬢様っぽくない性格が敬遠されるのかどうか、服部も胡散臭そうに園子を見た。 「えーと、俺は服部平次」 「きゃははっ、平次くんなんてずいふん古風な名前ねー、私、鈴木園子。君新一と同じ探偵なんですって、仲良くしましょ」 一言多いのにも気付かず、園子はうふっとぶりっ子して笑い掛ける。蘭とコナンは面食らったように彼女を見ている服部と園子を見て苦笑した。 「あ、ああ、よろしゅうたのむわ。ほな、別荘に案内するよって」 駅前に停めてあった車に三人を案内すると、服部は運転席に座った。助手席にコナンが座り、女性二人は後部座席で周囲の景色を眺めている。 「お前、免許持ってたんか?」 「ああ、もう誕生日は過ぎてるんでな。今時探偵が車使えへんっちゅうのは、仕事に差し支えるやろ」 にやりとコナンに笑い掛け、服部はそう言った。コナンはむっと睨み上げる。 自分だってこんな小学生になどされていなければ、車の免許の一つや二つ取って大活躍していた筈なのに。 「ちゃんと前見て運転しろよ〜、女二人に囲まれてにやけてんじやねーぞ」 後ろの二人に聞こえないようにぼそりとコナンが呟くように言うと、服部は一瞬不可思議な笑みを向け、運転に意識を戻した。 今の笑みは何だったんだろう、と思いながらも、目の前に開けてきた景色とその中の一軒家にコナンは目を見張った。後ろの二人も驚いたように身を前に乗り出し見つめている。 「すごーい、あれが服部君の別荘なの?うちのと変わりないじゃない」 「ほんと、綺麗ねえ」 別荘といっても、山小屋に毛が生えた程度の物だろうと想像してきた一行は、車から降りて山を背景に建っているそれを見て、さらに驚いた。 スイスアルプス風の別荘はしっかりとした組上がりのログハウスで、広々としている。ロビーからラウンジ、テラスと続く一階の奥には食堂、キッチン、遊戯室まであり、二階の各部屋も一級ホテル並である。 蘭とコナンは何度か園子の別荘に招待されたことがあるが、ここはそのどれにも引けを取らない別荘だった。 「服部君のお父さんて、大阪府警本部長さんだったわよね」 「ああ、この別荘のことか?これはじいちゃんの持ち物や。母方だがな、このへんの地主っちゅうか名士っちゅうか、そんなもんらしい」 そんなもんて、そんなアバウトでいいんだろうか、と呆れたように笑いながら、コナンたちは部屋に案内される。いつもなら蘭と二人部屋が普通なのだが、今回はコナンにも一部屋与えられた。 「で、何で僕たちを招待してくれたの?」 荷物を置いてリビングに集まったコナンたちに、メイドさんがいれてくれたお茶を飲みながら問うた。いくら何でも、この間の礼とだけでは納得できない。 「ははっ、疑い深いやっちゃなあ。まあ、ちょっと頼みがあるっちゅうか…」 口幅ったい服部の言いように、蘭とコナンはぴくりと頬を引きつらせた。西の名探偵と言われている彼の頼みとは何だろうか。 「実はな…この裏山に竜の宝が眠ってるっちゅう言い伝えがあるんや。そんなんただの伝説だろうと思ってたんやが、この前その地図らしき物を見つけてな、まあ遊びがてらそれを探してみようって ことや」 「宝の地図〜」 コナンは呆れたように言い、他の二人は歓声を上げる。ごそごそとポケットから地図を取り出してテーブルの上に広げた服部は、にやっとコナンに笑い掛けた。 その笑みに、どうやらこれは服部の自分に対する挑戦だなと気付く。せこい手を使う、と呆れながらも地図をよく見ようとテーブルの上に身を乗り出したコナンは、手を滑らせて服部の膝の上に乗り上げてしまった。 「あっ、ごめん」 「ああ、かまへんで」 ひょいと身体を持ち上げられ、膝の上に座らされたコナンは、しっかり身体に回された服部の腕を邪魔に思いながら地図を見た。 なかなか本格的なそれっぽい地図で、怪しげな言葉や記号が描かれている。だが、ちゃんと見て推理していけば、蘭たちにも解けるような代物だった。 |
「あ〜ら、駄目よっ、それはニセモノ。こっちがホンモノなんだから」
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