Heart of Mine


 梅雨時期にしては珍しく晴れ渡った空の下、今日も青学テニス部は練習に明け暮れていた。二、三年のレギュラー陣の厳しい練習を横目に、一年生達は素振りと球拾いである。
「あーあ、早くコートでこう、ばしっと決めたいよな」
「一年は基礎体力とテニスの基本を身につけるのが大事って、大石副部長が言ってたじゃない」
 堀尾のぼやきにカチローが窘めるように言うと、カツオも笑って同意した。とはいえ、確かにコートで打ち合いたいのは、全員の気持ちだろう。特に同じ一年のリョーマが、ばりばりのレギュラーで活躍しているのを見ては、実力が違いすぎるのは解っているが羨ましい。
「あ、終わったみたい」
 レギュラーのサーブ&ボレー練習が終わり、五分の休憩を手塚が告げるとみなぞろぞろとベンチに戻ってくる。リョーマもタオルで汗を拭いながら、喉を潤そうとコートの外へ出ようとした。
「はい、越前くん。これ」
「……ども」
 出口の前に立っていた不二にファンタの缶を手渡され、リョーマは僅かに驚きつつ礼を言って受け取った。
「いくら好きでも成長期なんだから、ジュースより牛乳とかせめてスポーツドリンクの方が良いと思うけど」
 言われ慣れた提案に、リョーマは無言で一瞥を返した。が、不二は片手でリョーマの頬を包み、顔を自分の方に向けさせると、親指と人差し指で軽く摘む。
 ぎょっとして硬直したリョーマの頬を、ぷにぷにと突くと不二はにっこり笑って言った。
「甘いものばかり取ってると、ほら、こんなに柔らかくなっちゃって。…まあ、これはこれで美味しそうだね」

 周囲の空気もリョーマと同じように硬直し、目の前の出来事を理解したくなくて、部員達は思考を停止した。
「な、何やってんだよっ、不二」
「そ、そうっすよ、不二先輩」
 いち早く立ち直った菊丸と桃城が断固抗議し、その後ろでは海堂が普通の人間なら蛇に睨まれた蛙のように固まってしまうような目で、不二を睨み付けてた。
「自分でこれ持ってきといて、何言ってるんすか」
 やっと硬直の解けたリョーマは、微かに眉を顰め言った。不二の指先はまだリョーマの頬に触れている。
「じゃあ今度は乾の作った特別ジュースにしようか」
「やだ」
 リョーマはきっぱりと言った。しかし、まだまだ不二の指は頬に在り、それをリョーマは避けようとしない。
「ねえ、気のせいかな」
「言うなっ! 血の雨が降るぞ」
「……うん、言わない方が良いと思う」
 カツオが問いかけようとすると、堀尾とカチローは慌てて止めた。一歩下がった立場に居るため、この一年生三人の方が状況を正しく分析出来る。だが、至近に居る者は目前にあることしか見ず、更に怒りと焦りがヒートアップしていった。
「おチビを離せっての」
「え、英二、止せ」
「くっつき過ぎだっ」
「……触りてぇ」
 え!?と、瞬間みんなの視線が海堂に向けられる。菊丸を止めようとしていた大石も、驚いて海堂を見た。微かに海堂の顔に朱が走る。
「明日、デートしよ。学校も部活も休みだし」
 再び空気が凍り付く。さりげなく、ごくごく普通に話された不二の言葉は、聞こえたみんなにダメージを与えた。
「ででで、デート!! …って」
「うわ、流石不二先輩、正攻法だ」
「もう少し捻った方が先輩らしくない? あ、でも既に決定事項なのがらしいのかな」
 一年生トリオはすっかり状況を外から見るのに徹している。冷や汗浮かべつつも他の先輩達がどう出るのか、肝心のリョーマの応えは、と興味津々で見ていた。
「いいけど」
「いいのかよーっ」
「いけねえ、いけねえよっ、越前」
 リョーマはこれまた普通に了承した。まるで近所のスーパーに一緒に買い出しに行こうかと誘われたくらいの返事である。
「じゃあ、十時に駅前の花時計の前で待ってる。あ、それとも迎えに行こうか」
「いい」
 周りの騒乱を無視してリョーマは不二に首を振った。その態度に見ている者達は愕然として立ちつくした。
「いつまで騒いでいる。休憩はとっくに終わってるぞ。これ以上騒いだらグラウンド五十周だ」
 手塚の一声でそれまで騒いでいた者達は、むくれながらも練習に戻った。漸くリョーマから離れた不二も、練習に戻る。リョーマはファンタの缶をゴミ箱に放ると、ラケットのグリップを握り直した。
 次の日、花時計の前に本を読みながら待っている不二を、建物の影や木の陰からいくつかの人影が覗いていた。時計の針はもうすぐ十時を指そうとしている。遅刻の常習犯リョーマなら、後十分は遅れてくるだろう。
「不二先輩」
「越前くん、おはよう」
 予想より早くリョーマは現れた。Tシャツに短パン、帽子といういつもの格好とあまり変わりない姿のリョーマに、不二は本を閉じると笑みを浮かべて挨拶した。
「どこへ行きたい?」
「シューズが見たい」
 リョーマの答えに頷くと、不二は一緒に商店街に向かって歩き始めた。その後をさっき覗いていた影がこっそり着いていく。
 スポーツショップへ入っていく二人を扉の外で窺っていた桃城は、背中を叩かれて大きな声を上げそうになった。
「っ! 何だ、大石先輩。どうしたんですか、こんな所で。まさか」
 目を眇める桃城に、大石は慌てて手を振った。
「違う違う。俺はちょっと様子を見に来ただけだ。これ以上ごたごたされてはたまらんからな」
「ほんとっすかあ、そういやエージ先輩は?」
 大石の後ろに隠れているんじゃありまいなと、桃城は覗き込んだ。だが、大石の後方には誰も居ず、目のあった女性に不審げな顔をされ、焦って桃城は姿勢を戻した。
「英二は家に居るよ。英二のお兄さんに訳を話して、外に出られないようにしてもらった。どうもあいつ一番末っ子だから、越前を弟が出来たみたいに可愛がってる感じなんだな。昨日から騒ぎまくってる」
 それは違うだろ、と桃城は思ったが口には出さなかった。大石だってそんな言い訳が通じるとは思ってないだろうが、一般人として菊丸がリョーマに固執する意味を言ってみただけだろう。
 桃城は今度はショーウインドウから中を覗き込んだ。反射で良く見えないが、不二とリョーマはあれこれとシューズを物色しているらしい。
「おっ」
 桃城はぴったりとガラス窓に張り付いた。おいおいと思いながら、大石も好奇心に負けて中を見てみると、不二がリョーマの足下に跪き頭を垂れている。
 驚いて良く見ると、どうやらシューズの紐を締めてやっていたようだった。何だ、とほっと安心して胸を撫で下ろした大石は、不二の笑みを意外な面持ちで見た。
 普段から優しげな笑みと態度と口調の不二だったが、それは表面だけで、実際はしたたかで激しく強い面を持っていることを、部活だけとはいえ二年以上見ていれば判っていた。
 けれど、今見せた笑みはそんな表面だけの愛想笑いとは違う。面白がっているのとも違うし、何なんだと大石は顎に手を当て首を傾げた。
「うわっ、と、おいっ」
 急に腕を引かれ、大石はつんのめりそうになりながら隣の店の影に連れ込まれた。文句を言おうとした大石に、桃城が人差し指を立て口に当てる。
「しーっ、静かに、大石先輩。ふう…危うく見つかる所だったぜ」
「俺は別に見つかっても構わないんだが」
 不二とリョーマが店を出ていく後ろ姿を見ながら言う桃城に、大石は呆れて腕を組み言った。そんなことを聞いちゃいない桃城は、大石の腕を掴み二人の後を付け始める。
「おい、桃」
「あ、やべっ」
 桃城が建物の影に隠れると、釣られて大石も隠れてしまう。そんな必要は無いんだと解っていても、顔だけ出して不二達の動向を窺っている桃城に、やれやれを肩を竦ませつつ大石は暫く付き合うことにした。
 二件目のスポーツショップへ入ったリョーマは、お気に入りのメーカー品を見つけてそれを手に取った。重くも軽くもなく丁度良い感じで穿きやすそうだ。
「穿いてみる?」
「自分で出来るから、いいっすよ、先輩」
 さっきの店でシューズを置いた途端目の前に跪かれ、リョーマは驚いてしまったのだ。普通の靴屋の店員ならともかく、こういう場面で穿かせて貰うのは気恥ずかしい。
「遠慮しないで、はい」
 ソファに座ったリョーマの足からスニーカーを脱がせ、不二は選んだシューズを足に当てた。不二の手が足首より上を、用もないのに触るのは何か意味があるのだろうか、とリョーマはくすぐったさに足を引こうとする。
「シンデレラ、か」
「……こんな所で良い度胸だよな、流石青学一年ルーキー」
 黒っぽい人影が不二の後ろでぼそぼそと呟いている。目を上げたリョーマは、不動峰の暑苦しい黒いジャージを身につけた橘と伊武を見出して、眉を顰めた。
「こういう場面を見て、そんなおとぎ話の名前が出る辺り、君らも相当『流石』だと思うよ」
 見上げる不二の強烈な視線に、橘はたじろぎ、伊武はくるりと後ろを向いた。テニスに関してならどんなプレッシャーにも負けないが、不二の睨みには正直逆らうと怖い気がして、橘は手を振り踵を返した。
「ま、まあ、ゆっくり選んでくれ。店長、また来るわ」
 二人はそそくさと奥にいる店長に挨拶をして店を出ていった。元に向き直った時には、普段の表情になっている不二に、リョーマは眉を顰めたまま訊ねた。
「シンデレラって……」
「この靴にぴったり合う人を、花嫁にする」
 にっこり笑って言う不二は、冗談なのか本気なのかリョーマには区別が付かない。それ以上追求するのは止めにして、リョーマは立ち上がるとシューズの履き心地を確かめた。
「うん、ぴったり。これにする」
「そう、それじゃさっそく式場の予約をしなきゃね」
 ふふ、と笑って不二はレジに向かった。冷や汗を浮かべつつ、リョーマは新しいシューズを脱ぐと店員に渡した。店員も笑って良いのかどうか、迷うような微妙な顔をして受け取り箱に詰め袋に入れてリョーマに手渡した。
それを横から手を伸ばし不二が取ると、配達にしてくれと店員に再び戻した。
「伝票はもう書いてあるから」
「先輩、でも、あれそんなに重くないですよ」
「荷物持ってると邪魔だからね」
 あれくらいの何が邪魔なんだろうと思ったリョーマは、腕を組まれぎょっとして不二を見上げた。不二はそのまま構わずに、店の外へ出た。
「先輩、あの、これ」
「ね、荷物無い方が歩きやすいでしょ」
 確かに、と頷いたリョーマだったが、ちょっと違う気がして首を捻りつつ、不二に引かれるようにして歩き始めた。
「ああっ、腕っ」
「うーん…、ま、女の子に見えなくもないから、気色悪いとまではいかないけど」
 桃城が出てきた二人を見て唖然とする横で、大石は苦笑しながら言った。そういう問題じゃない、と桃城は心の中で突っ込みながら、後を付け始めた。
「ちょっと早いけど、お昼にしようか。何食べたい? フレンチ、イタリアン、エスニックもいいな。懐石はどうかな」
 不二はレストランの写真と名前が並んでいる看板を、楽しそうに眺めながらリョーマに訊ねた。だがリョーマは、看板の後ろの入り口を見て目を眇めた。
「マック」
「え?」
 不二の腕を今度はリョーマが引っ張り、通りの向かいにあるマクドナルドへ向かう。残念そうに不二は振り返って見たが、仕方なくマクドナルドへ入っていった。
「何でこっちに入らなかったんだ」
「よく見ろ、このレストラン街はホテルに入っている」
「うわ、乾、どうしてここに」
 不思議そうに看板を見ていた桃城と大石は、いきなりその後ろから現れた乾に驚いて飛び退った。乾は眼鏡をきらりと光らせ、口端を上げて笑う。
「ほ、ホテル!」
 真っ赤になって桃城は怒鳴った。大石は、まさか、と力無く笑う。それより何故乾が出てきたのかと、不思議そうに見た。
「越前は不二の思惑に気付いたのかな」
 乾はマクドナルドの方に目を向けると、呟いた。
「単に高そうだから止めたんじゃないかと」
「そうだよなー、あいつ鈍いとこあるし」
「ほんとほんと、リョーマくんてその手のことに鈍いよね」
 ぞろぞろと看板の後ろから一年生トリオが出てきて口々に話し出す。呆然と見ている大石と桃城にぺこりと挨拶すると、三人は別方向へ歩いていった。
「あいつら何しに来たんだ」
 桃城の言葉に大石は、さあ、と首を捻ると乾にお前は行かないのかと目で問うた。
「良いデータが取れそうなんでね。暫く付き合うよ」
「データ……何のだ」
 乾の考えてる事も良く解らない。どうもレギュラー陣の殆どの思考がトレースできない常識人の大石だった。
「出てきた」
 乾の言葉に三人はぱっと隠れる。不二とリョーマは腕こそ組んで無かったが、ぴったり付くように歩いていった。
「次はどこへ行く? 映画でも見ようか」
「寝ても良いなら」
 不二はリョーマの言葉にぴたりと足を止めた。普段は開いていないような目が、見開かれている。変なことを言ったか、とリョーマは不思議そうに不二を見た。
「寝ても……」
 後ろから付いていた三人にも、リョーマの言葉は聞こえていた。
「えちぜーん、なんちゅーことを言うんだ。いけねえ、いけねえよっ」
「ふむ」
 思わず帰ろうとした大石の服をしっかり掴み、桃城は今にも泣きそうである。乾は眼鏡をずり上げると、ノートに何かを書きこんだ。
「よっぽど面白い映画じゃないと、寝ちゃうんで、俺。あんまきょーみあるの今やってないし」
「あ…ああ、じゃあもう少しお店見てみようか」
 硬直していた不二は漸く立ち直り、歩き始めた。後ろに居た桃城達も、ほっと安堵の息を漏らす。二人は大きな本屋に入っていった。
「紛らわしいぞ、越前の奴」
「普通はそんな誤解はしないもんだ」
「そんなってどんなんすか、乾先輩も誤解しなかったんすか」
「その確率は99%無いと解っていたからな」
 ぶーぶー言う桃城にぱたりとノートを閉じて乾は言った。一体どんなデータがそのノートに書かれているんだと、大石は天を仰ぐ。
 本屋に入ったリョーマは、スポーツコーナーへ行くとテニス雑誌の最新号を手に取った。ぱらぱらと捲ると、いつも学校に来る変な記者のコラムが目に付いた。父親である南次郎のことをまるで神様扱いしている記事に、リョーマは眉を顰める。
「越前くん、ダブルスはもうしないの」
 リョーマが持っていた初心者のためのダブルスという本を手に取り、不二は笑って訊ねた。リョーマは黙って首を振る。
「僕と組んでみない? 桃よりは上手くリードできると思うけど。テニスだけじゃなく」
「…遠慮しときます」
 意味深に微笑む不二に、リョーマは背筋に悪寒を走らせ、ぼそりと呟いてその場を逃れた。本棚を周りゲーム雑誌の方へ行こうとしたリョーマは、何かにぶつかって一歩下がった。
「……」
 じろりと後ろを振り返って睨んできたのは、海堂だった。リョーマは一応頭を下げて脇を通り過ぎようとする。
「これ…じゃねーのか、探してるの」
「あ、うん。そうだけど」
 リョーマの行く手を遮るように長い腕を伸ばし、海堂は手に持っていたゲーム雑誌を見せた。手渡されたそれと海堂を交互に見て、リョーマは戸惑いながらも頷いた。
「そのゲーム…俺も」
「あれ、海堂、何してんのこんなとこで」
 海堂がぽつぽつ話し出した途端、リョーマの後ろから不二が顔を覗かせた。言葉は普通だが、その表情は冷たく、薄く開けられた目には怒りの炎が燃えている。
 海堂も負けず劣らず不二を睨み返す。頭上で視線が火花を散らして戦っているのに気付かず、リョーマはゲーム雑誌の必要な場所を立ち読みすると、元に戻して離れていった。
「僕ら、デートしてるんだけど、海堂は暇つぶし?余裕あるね、練習しないでいるとまた越前に負けちゃうよ」
「自分だけじゃねーのか、そう思ってるのは」
「先輩に対しての口調じゃないね。いいよ、見てれば解るから」
 ふっと鼻で嘲笑し、不二はリョーマを追ってその場を離れた。海堂は唇を噛み締め、肩を戦慄かせている。
「不二に刃向かうとは、勇者だな」
「お前もあれくらい言ってみたら」
「あんな馬鹿正直に真正面から行って、不二先輩に勝てる訳ないっすよ」
 雑誌で顔を隠しながら様子を窺っていた乾、大石、桃城は、近くの本に当たり散らしている海堂を横目に、さっさと本屋を出た。
 何処へ行くという目的も無いまま、リョーマは不二と商店街をぶらぶらと歩いていく。デートだと言ってたけれど、こんなんで楽しいんだろうか、と思ってリョーマは不二をちらりと見た。
「何?」
「別に」
 目があってしまい、慌ててリョーマは前を見た。何だか、いつもどこでも、不二の視線と出会ってしまうのは、ずっと見られているからなのだろうか。
 リョーマは不二の視線を避けるように顔をショーウインドーの方に向けた。
「あ、部長」
 丁度リョーマが見たウインドーの店から手塚が姿を見せた。手には大きな紙袋を持っている。珍しく私服で荷物持ちの手塚の姿に、リョーマは暫く見詰めてしまった。
「何だ、越前、不二、買い物か」
「デートだよ」
 すかさず不二が軽く告げる。僅かに手塚は眉を上げたが、そうか、と呟いた。
「……上州屋釣り具店」
「手塚は釣りが趣味なんだよ」
 出てきた店の名前と内容にリョーマは目を瞠る。その耳元にわざわざ顔を近付けて、不二が説明した。へえ、と再びびっくりしたように見詰めるリョーマに、手塚は微かに口元を綻ばせた。
「テニスじゃなかったんだ、趣味」
「ちなみに僕の趣味は写真を撮ることだよ。今度君を撮りたいな」
 すっと手を伸ばし、リョーマの顔を自分の方に向けると、不二はにっこり笑って言った。
「遠慮します」
 ぱっと顔を伏せ、リョーマはそう言うと歩き出す。不二は手塚を一瞥すると、リョーマに並んで歩き出した。
「どんな写真撮るつもりだよ」
「流石手塚、負けてないな」
 電柱とポストの影に隠れ、そのやりとりを見ていた三人は、こちらに近付いてくる手塚に気付かなかった。
「お前達も買い物か」
「わっ、え、いやその…そうです」
「奇遇だな、手塚」
「ほ、ほんとほんと、俺らも買い物で」
 あたふたと言い訳する桃城や大石を見ていた手塚は、一つ溜息を付くと踵を返した。
「ほどほどにしておけ。後でダメージが来るぞ」
 去っていく手塚に大石と桃城は顔を見合わせ、乾はふむと頷いてノートにまた何かを書き込んだ。
「そろそろ、止めないか」
「毒を食わば皿までよ! 早く、見失っちゃいますよ」
 大石の説得にも耳を貸さず、桃城は二人の後を付けていく。半ば自棄になって大石も付いていった。
 公園までやってきた不二とリョーマは、噴水池の縁に腰を下ろして一休みすることにした。ちょっと待ってて、と言って不二はその場を離れ何処かへ行ってしまう。
 一人きりになったリョーマは波紋を浮かべる水面をぼんやりと見ていたが、ぽんと肩を叩かれて振り向いた。
「はい、これ」
 不二がリョーマの目の前に付き出したのは、美味しそうなジェラートだった。息を切らせてそれを差し出す不二を見ると、リョーマは礼を言って受け取り一口食べる。
「美味い」
「この辺で一番美味しいジェラートだ……って姉さんが言ってた」
 甘い物について詳しいなんて、と驚いて上目遣いにリョーマが見ると、不二は苦笑しながら続けて言う。納得して食べ始めるリョーマを、不二は幸せそうに眺めていた。
「デートっぽくなってきたなあ」
「感心してる場合っすか」
「これからが本番かもしれん」
「ちっ……」
 乾の言葉に反応するような舌打ちが聞こえ、三人は驚いてそっちを見た。そこには海堂が拳を握り締め、不二とリョーマの方を見ている。
「何時来たんだよ、驚くじゃねーか」
「ウルセー」
「何だとっ」
 桃城と海堂が一触即発の状態になって顔を突き合わせるのを、大石が止めようとした時、まるで黒豹のような素早い動きで影が噴水の方へ向かっていった。
「うわーん、おチビっ、無事? 無事だった?」
「……菊丸先輩」
 リョーマの首っ玉に齧り付いて泣きそうな声を上げたのは、菊丸だった。驚愕して目を見張り、リョーマは動きを止める。
「英二、越前くんを離してくれるかな」
 ぴくぴくと不二の額が痙攣して、顔も引きつっている。不二はリョーマの身体から菊丸の腕を引き剥がそうとした。
「やだよーん。越前は不二のじゃないっしょ」
「離せ、と言ったんだ」
 この声を聞いた者は皆震え上がるだろうと思われる、地の底から響くような冷たい不二の声に、一瞬びびった菊丸だったが、踏みとどまってしっかとリョーマを抱き締めた。
「英二、お前逃げ出して来たのか」
「エージ先輩、ずるいっす」
 物陰からばたばたと大石達が現れたのを見て、リョーマは目を眇めた。噴水の周りは騒然とし、一般人達は怯えたように遠巻きにして見ている。
「ウルサイ」
 ぼそりとリョーマが呟くと、静寂が訪れる。
「お、おチビ?」
 リョーマは菊丸の腕を外し、立ち上がるとみんなを一渡り見回した。
「邪魔」
「何で! おチビ、不二と付き合ってる訳じゃないだろ」
「いや」
 リョーマの言葉はいつも短いセンテンスばかりで、内容を把握しずらい。いやって、どっちなんだ、とみんな一瞬考え込んでしまった。
「いくよ、越前くん」
 手を差し出す不二に、リョーマは躊躇なく手を伸ばした。その手を引っ張り素早く抱き込むと、不二はリョーマに口付ける。
 阿鼻叫喚の彼らを笑顔で見返し、不二はリョーマに訊いた。
「これからしたいことがあるんだけど、いいかな」
「勿論」
 その言葉に、更にみなダメージを受け、地面に倒れ伏した。

「やっぱり、これが一番か」
「うん」
 近くのテニスコートで打ち合いながら、不二はリョーマの挑戦的な瞳を見詰めた。最終的にはこの瞳が好きで欲しいのだから、ここに来るのは仕方ないかもしれない。
 けれどいつか、別の場所にも…と願いを秘め、不二はにっこりとリョーマに笑いかけた。

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