冬の告白


 どんよりと低い雲が灰色に覆っている空を見上げ、花道はぴたりと足を止めた。
 こんな所で立ち止まっていては、ただでさえ遅刻すれすれだというのに、完全に遅れてしまう。なのに、空を見上げたまま何かを待ち受けてでもいるかのように動かなかった。
 その時、後ろからいきなり何かでどつかれて花道は思わず前にのめってしまう。
 「な、何しやがるっ!」
 「ぼーっと突っ立ってるてめーが悪い」
 自転車を止め、表情を変えずに言い放つ流川に、花道はぐぐっと拳を握りしめ殴り掛かるのを耐えた。ここで奴の相手をしては朝から気分は低いレベルのままになってしまう。
 「あーあ、しっかり車輪の跡が付いちまったじゃねーか」
 背中に一文字に付いた車輪型の白い土壌を払い、花道は鞄を抱え直して歩き始める。どうせ今からでは走ったとしても間に合うまい。
 歩き始めた隣を自転車を走らせることなく押して歩き始めた流川に、花道はじろりと剣呑な視線を投げかけた。
 「自転車なら間に合うぞ。さっさと先に行きやがれ」
 「何見てた」
 花道の言葉に応じるでもなく、流川はぼそりと問いかける。むっとして花道はそっぽを向いた。
 「んなもん……てめーにゃかんけーねーだろ」
 「てめーのことなら何でも知りてー」
 流川の言葉に、花道は足を止めた。そろそろと横を見ると大マジな顔で流川がじっと見つめている。これはまるで、女の子が『あなたのこと全てを知りたいの』という恋愛初期における行動と同じでは無いだろうか。もっとも、花道にそんなことが判る訳もなく、ちょっとだけびびってしまう。
 「…雪降らねえかなって思っただけだ。今年はまだ初雪がねーだろ、だから」
 律儀に応える必要は無いんだけれど、ここで突っ張ってもどうせ流川は強引に何度でも聞いてくるのだ。いちいち突っかかっていくのも面倒になって、最近では以前ほど目くじらも立てなくなってきている花道であった。
 流川は花道の応えにゆっくりと空を降り仰ぐ。目をすがめて見上げる端正な顔は、女の子にとっては垂潅のものだという。まあ、確かにどんよりとした風景の中にあってもそこだけ浮かび上がっているような印象的な姿だった。
 ぼーっと流川を見ていた花道は、微かに聞こえる予鈴の音にはっと我に返って走り出す。今まで遅刻したとてどーってことないと思っていたのに、これはもう本能的なものかもしれない。
 走る花道の横を無情に流川が自転車で走り去っていく。畜生、といくらがんばっても自転車にはかなわない。タッチの差で本鈴が鳴り、花道はまた遅刻回数を更新してしまった。
 「花道、雪は降りそうか?」
 「気配はあるんだけどなあ」
 二時限休みに窓の外をぼんやりと見ていた花道に、隣の洋平が声を掛ける。子供の頃から初雪を指折り数えて待つのが楽しみだと知っている洋平は、こんな天気には気もそぞろになるだろうな、と笑って花道を見ていた。
 「もう二月も半ばだし、降ってもいい頃だよな」
 「そうか……二月…」
 頬杖付いて外を見ていた花道は、洋平の含みある言葉に漸く視線を中に戻した。
 途端に、自分に集中している視線を多数見つけてぎくりとする。一年弱一緒のクラスでいて、しかもバスケ部での活躍を知っているクラスの連中は、最初の頃のように花道や洋平を恐れたり軽蔑したりすることはなくなって普通に喋ってくるのだが、今日の雰囲気は何だかいつもと違う。
 「な、何だ…」
 「部活で燃えてるから気付かなかったんだろ、今日は十四日だぜ」
 「十四日?……あっ!」
 漸く、それ、に気付いた花道は憮然として腕を組み、洋平を睨み付けた。
 「二月十四日っつったら、バレンタインじゃねーか。どーして今日まで気付かなかったんだ」
 「元々花道にゃ関係ねー話だから話題にも上らなかったんだろ」
 「洋平っ!そんなことは」
 「ねーか?ほー、そんじゃいくつ貰える予定があるんでしょうかね」
 にやにやからかい気味に笑いながら洋平は片目を瞑ってみせる。むっと眉根を寄せ、花道はますます視線をきつくした。
 「あの、桜木くん。これ」
 遠巻きにしていた女子の一人が意を決したように近付いてきて可愛い包みを両手で差し出す。
 「えっ!お、俺に」
 「ごめんなさい、悪いとは思うんだけど…流川くんに渡して欲しいの」
 一瞬浮かれた花道に現実は厳しかった。呆然としている間に、クラスの女子の殆どからチョコレートの包みを渡され机の上が満杯になってしまう。
 「あまりに早すぎるオチだな」
 洋平も呆れたように呟く。一人二人なら喝入れて、自分で渡せ、と言う所なのだがあっと言う間に女の子達は散ってしまっていた。花道の性格を見切っているのかもしれない。
 がっくりと机に突っ伏した花道だったが、取りあえず教師が入ってくる前にこの山を片づけなければ、と気を利かせて洋平が渡してくれた紙袋にそれらを詰め込み机の脇に置いた。
 「一個くらい、花道当てのがあるかもしれないぜ」
 「気休めはいらん」
 花道は深々と溜息を付いて、どう流川にこれらを渡せばいいんだろうかと悩み始めるのだった。
 昼休みには、別のクラスからもやってきた女の子達のチョコレートを何とか断って……全部洋平が断ってくれた……花道は憮然としたまま部活に向かった。
 扉を開けるとわいわいとすでに来ていた者達の声が聞こえてくる。話題はやっばり今日の日の事で、花道の眉間の皺は増えていく。
 「よー、花道」
 にやにやしながら現キャプテンである宮城がにじり寄ってきた。何なんだ、と訝しく見つめると、じゃーんと効果音付きで目の前に可愛い包みを差し出してみせた。
 「アヤちゃんに貰ったんだぜー、もーシャーワセ」
 すりすりとその包みに頼摺りをして見せる宮城に、ぎょっとして花道は目を見開いた。
 「あ、アヤコさんが」
 「何だよ、信じられねーってか?フフン、これが俺の実力さあね」
 「信じるんじゃねーぞ桜木、彩子は部員全員に同じもの配ったんだ」
 後ろから呆れたような三井の声がした途端に、宮城はくるりと振り返りじんわりと目元に悔し涙を浮かべて突っかかっていった。
 「酷いっスよ、三井さん、可愛い後輩苛めて楽しいんスか」
 「誰が可愛いんだよ。……おい、それ、お前のか」
 うるうるしている宮城を軽くいなして三井は花道に笑いかけ、次いでぎょっと頬を引き吊らせた。その声に皆の視線が花道の手に持っている紙袋に集中する。ちらりと見えている中味は、可愛らしいパッケージのプレゼントっぽいのだが、まさかそれが、と誰もが信じられない思いで黙っている花道とそれを交互に見比べていた。
 むっすりとしたまま花道は、彼らの間を足音も荒く通り抜け一人騒ぎに加わらなかった流川の足元にそれを乱暴に置いた。
 「てめーにだ」
 「愛の告白か?」
 「誰がだよっ、これはクラスの女の子から押しつけられたんだっ!ちくしょー」
 花道は低く呟く流川の頭を殴り、もう話は終わったと自分のロッカーを開く。言い知れぬ緊張感が漂い、部室はしーんと静まり返った。
 「は、早いとこ着替えて練習すっか、せっかく忙しい所をわざわざ来てくれた三井さんのためにも」
 一応キャプテンである所の宮城がぎこちなく、だが、三井に対する皮肉も多少込めて皆を急かし部室から出ていく。残ったのは花道と流川の二人だった。
 何となく横から険のある視線を感じているが、見るとやばそうなので花道はずっと無視を決め込んでいた。だが、他の連中が居なくなると途端にずうずうしくもそれは直接攻撃を仕掛けてくる。
 「んなとこでくっつくなってんだろー」
 「チョコ……くれ…」
 「そこにいっぱいあんだろーが。なんで、てめーばかり」
 懐いてくる流川を押しのけて花道はぶつぶつ言いながら着替え終えると出ていこうとした。
 その腕をいきなり引っ張って流川は強引に花道に口付ける。逃れようと首を振る花道の後頭部を掴み、流川は更に深く貪るように唇を合わせた。
 「…っかげんにしろっ!」
 突き飛ばすようにして流川を離すと花道は唇を強く拭って睨み付ける。流川も負けずに剣呑な目で睨み付けた。
 「てめーから…欲しい」
 「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺なんか一個も…あっ」
 流川の熱い瞳に気圧されたように視線を外し、ぼそりと呟いた花道は、さっき三井が言っていたことを思いだし、慌ててロッカーの扉をもう一度開いた。
 さっきは気付かなかったが上の方に宮城が自慢していたのと同じ包みが置かれている。完全に義理だろうが、それでも去年に比べ一個でも貰えて嬉しい花道だった。
 「へへへ……」
 包みを開けてみると普通の板チョコが出てきた。早速包装を破って割り一口食べてみる。ほろ苦い甘みが口一杯に広がりほんわりとした幸せに包まれたのもつかの間、再び引き寄せられて口付けられた。
 「ん……ぐ…」
 流川の熱い舌先が口の中に広がっていた甘みを掬い取るように志き、なおそれを求めて揉欄していく。花道は始め引き剥がそうとしていたが、徐々にそれに翻弄されて最後には肩に縋り付くだけになってしまった。
 「は…あ…」
 漸く流川が離れ、花道は大きく息を付く。頼を赤く染めて上目遣いに見ると、流川は心なしか満足したような表情を見せてさっさと部屋を出ていこうとしていた。
 「流川っいきなりすんなってんだろ」
 「貰っただけだ」
 「?」
 「…チョコレート」
 流川の言葉に花道の顔が真っ赤に染まる。硬直して突っ立ったままで居た花道は、流川の姿が見えなくなって漸く動き出した。
 練習が終わった後、いつもなら流川親衛隊の女の子達はとっくに帰っている時間なのだが今日はしっかりと居残っていた。きっと流川が帰る時にチョコレートを渡そうと狙っているに違いない。
 そのぎんぎんぎらぎらした視線に、耐えきれなくなった宮城が練習の終了を告げ、流川に居残りはするなと堅く言い渡した。不満そうな流川の表情に声を落として脅かすように言う。
 「いいから今日はもうしめーだ。俺は命が惜しいんでな、絶対居残りはするな、主将命令だ」
 びしりと指を突きつけて宮城が精一杯の凄みをきかせ言うと、渋々といったように流川も領いた。やれやれといったように宮城はその他のメンバーを急かして部室に向かう。着替えも終えてさあ帰ろうかという途中で流川の前に女の集団が立ちふさがった。
 一人一人にはたとえ告白されようと何だろうと無視、もしくは無関心で切り抜ける流川だったが、さすがにこう大勢となると突き抜けて行くわけにもいかず、まるでバーゲン会場、いや、時期で言うならバレンタインデーのチョコ売場に見栄で自分用のチョコレートを買いに行く男のようなもので……酷い例えですまない……身動きもできず憮然として立っていた。
 「ちくしょー、流川の奴」
 その様子を唇噛みしめて見ていた花道は、つんつんと背中をつつかれて振り返ろうとしたが、その前に腕を取られいきなり駆け出される。
 「げっ、な、何だっ?」
 後ろ向きに引っ張られていくのを何とか体勢を立て直して前を向くと、腕を取って駆け続ける相手を見た。
 「せんどー?仙道か?そのツンツン頭」
 「ぴんぽーん」
 「ぴんぽんじゃねーだろ、どこへ連れてくつもりだ。手え離せよ」
 「だーめ、邪魔されない所に行くまではね」
 前を向いたまま笑いを含んだ声で言う仙道は、振り払おうとする花道の腕を力一杯握ったまま、全速力で走り続ける。走るのと手を退かすのと同時に出来なくて花道は仕方なく一緒に走っていた。
 漸く二人が止まり、辿り着いたのは豪華なマンションの玄関先だった。
 「いい加減手離せっ、跡になっちまう」
 「もう少し我慢して」
 「じょーだんじゃねー」
 走るのを止めれば手に神経を集中できる。花道は力を込めて腕を振り解くと、赤くなってしまったそれに息を吹きかけてもう一方の手で擦った。
 「ここは‥‥」
 「俺んち、ここの十階」
 「へー」
 自分が住んでいるぼろアパートとは雲泥の差のマンションに、花道は呆れたような感心したような声を上げる。
 「さあ、見てないで入ろう。雪が降りそうだ、ここにずっと居ると寒いよ」
 「何でてめーんちに入んなきゃなんねーんだ」
 いつの間にか肩に回されていた腕をびしりとはね退けると睨み付ける。仙道は暫く困ったように見ていたが、決心したように吐息を付きポケットから小さな包みを取り出した。
 「ほんとは桜木から貰うのが筋なんだけど」
 はい、と手渡されたそれは横文字の名前がシンプルにプリントされた高級そうな包み紙で、リボンも上品に十文字にかけられている。
 「何だ‥これ」
 悪い予感に訊かない方がいいかも、と思ったのだが口をついて出てしまった。途端に嬉しそうな表情で仙通が花道の手に持ったままのそれのリボンをするりと解いていく。
 「俺の愛‥‥受け取ってくれて嬉しいよ、桜木」
 中から出てきたのは高級チョコレートのパッケージだった。途端に放り出そうとする花道の両手を包みごとしっかり握りしめ、仙道はにっこり笑って顔を近付けていく。
 「食べ物を粗末にしちゃいけないなあ、ましてや人から貰った物を」
 根っから貧乏性が身に付いている花道は、そう言われて投げ出すわけにもいかず、困惑しきって仙道の顔とそれを交互に眺める。確かにチョコレートは欲しかったけれど、あくまで晴子さんとか、せめて可愛い女の子というのが希望なのだ。
 「ち、ちょっと待て‥こ、これはフツー」
 「バレンタインデーは愛を告白したい方からできる日だよ。チョコレートうんぬんは企業戦略としても、普段告白できない憶病者には都合がいい訳だ」
 どこが憶病で告白できない奴なんだ、と心の底で突っ込み入れながらも蛇に脱まれた蛙のごとく身動きが出来ない。
 仙道は包みの中から一つ摘むと、自分の口に放り込みそのまま顔を近付けてくる。ぎょっとしているうちにどんどん顔が近付いてきて、とうとう唇が触れ合ってしまった。
 「甘くていい香りがする‥‥桜木自身がチョコレートみたいだ」
 口移し、という憤死ものの状態でチョコレートを食べさせられ、花道は絶句した。
 「な、な、な‥‥‥」
 「他のも‥‥食べたいな。俺の‥も食べて欲しいけど」
 すりすりと寄ってくる仙道に、花道は真っ赤になって硬直したまま、ついでに鳥肌たてて立ちすくんでいた。よくもここまで恥ずかしげのない台詞が言えるものである。
 ヒュンッと鋭く空気を切り裂くような音がして、仙道は素早く花道から離れた。その間を見慣れたボールが飛び抜けていく。
 「‥流川‥‥」
 認めたくないが何だかほっとして花道は硬直を解いた。ぼろぼろの姿でのしのしと歩いてくる流川の姿は試合の時以上に熱く燃え盛っている。
 「随分、もみくしゃにされたようだな、流川。流石にもてる男は違うね」
 怯んだ様子もなく言う仙道に、そうだこいつは今まで女の子に囲まれて‥と花道はむっと睨み付ける。
 「どあほう、俺にはてめーしかいらねーっつっただろーが」
 「‥俺にも桜木だけだよ。チョコレート受け取ってくれたんだから、いいよな」
 ぐいと花道の身体を抱き寄せ、流川に見せつけるように仙道は笑う。だが、いきなり花道と流川に殴り付けられ、仙道は間一髪でそれらを避けた。
 「離せっ、無理矢理てめーが‥‥あ、あんなこと‥」
 「こいつは俺のだ、触るな」
 「だからあっ、俺は誰のもんでもね一つて言ってんだろ!」
 花道の喚く声を無視して両者は睨み合っている。その様子に花道はぶるぶると怒りも露に身体を震わせた。
 「ああ言ってるし、桜木はお前のもんじゃない。俺にもチャンスはある訳だ」
 「俺のだ」
 「人の話をきけーっ!」
 聞いちゃいない状態の二人に花道が今にもぶっつん切れそうになっていると、背中をつんつんとつつくものがある。さっきのことも忘れて花道は振り返った。
 突然目の前に小さな黒くて丸い物体が現れる。何だ?と焦点を合わせようとしていると、それは唇に触れてきた。
 「フランス直輸入のチョコレート、とっても美味しいんだ、これ」
 「な‥」
 何だ?と言いかけた口の中にそれが放り込まれ、甘ーい感覚がロ一杯に広がった。
 ゆっくり味わう暇もなく、ごくりと飲み込んでそれを持っていた白い手に注目する。徐々に視線をずらせていくと、そこには翔陽の元キャプテン藤真の端麗な顔が笑みを浮かべて見つめていた。
 「‥‥て、てめーは」
 「これはスイス製の最高級チョコだ、直輸入だぞ」
 ぐいと腕を引かれ、別の方向に顔を向けさせられる。げっと思った時には再び何かがロの中に押し込まれていた。
 「牧、そんなことをしたら、先に食べた俺の味が薄れるだろ」
 「ふふん、それじゃ俺の味の方が濃くて味わいがあると認める訳だな」
 何だか誤解を招きそうな会話であるが、花道はとうにパニックに陥っていて何が何だか判らない状態である。何故、こいつらが自分にチョコレートを食べさせてああだこうだと言っているのだ。
 「‥‥‥‥」
 目を白黒させている花道に、いきなり二人は顔を向けにっこりと笑って手に持ったチョコレートを食べさせようと迫ってくる。
 これは悪夢か何かなのだ、絶対そうだ、と花道は思いつつ動きそうもない身体を反転させて逃げようとした。
 「漁夫の利狙いとは、せこいですよ、二人とも。桜木、俺のは美味かったろ?」
 同じように笑みを浮かべた仙道と、眉間にくっきり怒り皺を刻んだ流川が立ちふさがっている。正しく前門の虎、後門の狼状態である。
 「何をやってるのかね君達は、さっきから騒がしいけど‥‥おわっ」
 夕方でこの場所に帰ってくる人々は賢明にも彼らに声を掛けたり注目したりせず、そそくさと入っていったというのに、怖い物知らずな人間が居た。
  「‥田岡コーチ‥‥」
 先の合宿で彼らにかかわってはならないと、学習しなかったのだろうか。仙道と同じマンションに‥‥とはいえ、家賃はずっと安い狭い部屋なのだが‥‥住んでいた田岡は見知った顔が騒いでいるのを見て、つい魔が差し声をかけてしまったのだ。もっとも直ぐにとっても後悔したのだけれど。
 四人の雰囲気が更に悪化して田岡を睨み付ける。何故ならその隙に花道が田岡を盾にして逃げ去ってしまったのだ。
 田岡の未来はない‥かもしれない。
 一方花道は何が何だか判らない状況から取りあえず逃げ出したものの、今真っ直ぐ家に戻るのは良くないと判断して仕方なくぶらぶらと街中を散策し、夜中近くになって近くまで様子を窺いに戻ってみた。
 電柱の影に隠れ、じっと窺ってみても良く判らない。どうしようかと迷っていると、鼻先に白い物がちらちらと舞い降りてきた。
 「くしゅっ‥‥」
 「どあほう、いつまで突っ立ってるつもりだ、いくら馬鹿でも風邪引くぞ」
 「何だとっ‥る‥かわ‥」
 条件反射で振り返り怒鳴ろうとした花道を、流川はしっかり抱きしめる。暖かい抱擁に、つい怒りを忘れてなすがままだった花道は、唇が離れると白い息を吐いて横を向いた。
 「大人しいな」
 「さみーからだ。‥‥退けよ、さっさと部屋に入ってあったまるんだから」
 「そーだな、暖まることをするか」
 「‥何考えてんだ、てめーはっ」
 ぼそりと心なし嬉しそうに言う流川に、花道は真っ赤になって怒鳴りつける。全然聞いてない状態の流川は花道の腕を取ると、さっさとアパートの扉の前に歩いていった。
 「てめ一連の考えてること、ぜんっぜんわかんねーよっ、たく」
 「俺のことだけ判ってりゃいー」
 「ほんと……我が儘な奴だ」
 扉を開けた途端に遠慮無く抱きつき、服を脱がせようとする流川の頭を力無く小突いて花道は溜息を付く。やはり、一回でも許したのが間違いだったのかもしれない。
 冷たい畳の上に押し倒されて花道は、いつもは冷たいと感じている流川の暖かい身体に両腕を回し抱きついた。

 「流川、雪だ。積もってるぞ」
 布団にくるまり眠りを貪っている流川を、花道は蹴り飛ばして起こした。不機嫌そうに目をしばたかせながら起きた流川は、窓際に佇む花道の姿を見て目を見開いた。
 真っ白な背景に浮かび燃え立つような花道の、赤い頭と無邪気に笑い掛ける顔が心臓を鷲掴みにするようだ。
 「雪だるまでも作るか‥‥流川?」
 花道は黙ったままじっと自分を見つめる流川に、訝しげに視線を投げかける。応えない流川に花道はむかついて何か言おうとしたが、途端にくしゃみが出てしまった。
 「‥‥いつまでも窓開けてんじゃねー、風邪引くぞ」
 「てめーみてーな体力無しじゃねーんだ、天才だし、大丈夫。さ、起きてさっそく‥お、おい」
 豪快に笑って花道は立ち上がる。だが抱きすくめられて再び訝しげに流川を見た。
 「何だよ」
 「すげー…好きだ」
 ぼぼっと花道の顔が赤くなる。ふいうちで言われると反応できやしない。
 「桜木‥」
 赤くなって硬直した花道を布団の上に押し倒そうとした時、玄関のチャイムが鳴り響いた。
 「桜木さーん、お届け物です」
 「は‥はい」
 我に返って花道は流川を押しのけ、未だ顔を赤く染めたまま玄関に出ていく。そこには山のように花束と箱を抱えた宅配便のお兄さんが待っていた。
 「‥‥‥お‥俺‥に?」
 「はい、受け取りの印鑑をお願いします。いやー、すみません。実は昨日のうちに配達するつもりだったんですが、遅くなっちゃって」
 「受け取れねー、戻せ」
 「なっ、こら、ルカワーっ!」
 いきなり玄関先で殴り合いを始める二人に、宅配便のお兄さんは呆然とただそれを見ているだけだった。

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