最初ったらあいつは気に人らなかったんだ。なにかっつーと、ラビルーナに平和を蘇らせるとか言いやがってさ。けっそんなもん言っても腹の足しにもなりゃしないじゃねーか。 俺はぶつぶつ言いながら大地とガスの後をややふてくされて歩いていた。そりゃ、今では仲間って意識してるし、戦うのは嫌じゃない。けど、時々無性に腹がたつ。どうしてなのか、判ってるさ、俺あいつらよりは頭良いんだぜ。 「そうなんですか、へえー」 「ヘヘっ、もうさ、なんとかして僕に食べさせようとして、色々やってみたんだけど、堂々巡りなんだよ」 「苦労しますね、お母さんも」 あー、腹立つ。大地の奴、お母さんお母さんって、ただのガキだぜ。 「ラビ、何不機嫌してるんだ?」 わわっ、急に顔突き出すなよ、びっくりすんだろ。不思議そうに見ている大地の顔に、俺はぷいと顔を背けて言った。 「なんでもねーよ。まだおっぱいくさいガキには判んねーことさ」 おっ、なんとなく不穏な気配。怒ったかな、大地の奴。 「それ、どーいう……」 拳を握り締めて俺を睨み付ける。ちらりと見た大地の怒った顔に比べて、目は別の彩を浮かべ、そしてそれは俺を見てはいなかった。その事にむっかりきてしまう。一体今何を考えてんだ、俺の事じゃなく…… 「けんかはやめて下さい」 中に人ってガスが仲裁する。俺達は暫く睨み合ったままでいた。すると、突然高らかな笑い声と共に、隙を窺っていたらしい邪動神が現れ、向かって来る。はっとして、俺はアクアビートを呼び出す為の水場を探した。 「僕が行く!」 顔を引き締め、大地が宣言する。確かにここには魔勤ゴマを回せるだけの湖や池もないし、風も吹いてはいない。ここは大地のグランゾートに任せる他はない。ちぇっ、せっかく俺の力を見せられると思っていたのに。 その邪動神はかなり手強そうだった。素早い動きで圧倒し、グランゾートをきりきり舞いさせている。手も足もでないって感じだ。くっそう、俺が出られればあんな奴、木っ端微塵にしてやるのに。 ああっ、又やられた。 「くそっ、大地ー!何のろくさやってんだっ、右だ右!」 俺の声が聞こえたのか、何とか奴の動きを振り切り、ありったけの魔動力を使って倒す。グランゾートから降り立った大地は、ふらふらとその場に膝を付いた。俺とガスは慌てて駆け寄り腕を貸す。 「ありがとう、ラビの応援のおかげだよ」 にっこり笑って大地は俺を見る。 「別に応援なんかしてないぜ。ただ、俺と同じ魔勤王があっさりザコにやられちまったら恥だかんな」 うーん、こんな事言う筈じゃなかったのに、その笑顔に慌てちまった俺は、そう突っ張ってしまった。俺ってやっぱ天の邪鬼…だな。 大地が一瞬寂しそうな顔をしたのは、俺の見間違いだろうか。ガスに助け起こされ起き上がった大地や俺達は、いきなり背中の方からの爆発で地面に転がった。 「ワイバースト!」 どこからか俺達を見張っていたんだろう、シャマンのワイバーストは、今まで戦っていた邪動神を倒してほっとしていた俺達に戦う隙も与えず、次々に攻撃してくる。きったねえ奴だぜ。 「ラビっ!」 わーっ、な、何だぁ!目眩ましのような閃光に、俺は一瞬目が見えなくなり、次にはふっとばされていた。ぱらぱらと瓦磯が顔と出ている素手に降りかかる。だけど、それ意外には何もなくて…え?背中にあたる感触は、まさか。 「だい……じょうぶか? ラビ……」 「大地……!」 漸く目が慣れて、開けてみると大地の苦しそうな顔が見えた。 「馬鹿やろうっ! 何で俺を庇ったんだ、このドジ、まぬけっ」 慌てて起き上がり、ずるっと背中から滑り落ちた大地を抱え起こす。さっきの戦いで殆ど気力も力も使い果たしていただろうに、何で俺を庇ったりしたんだよ。 「それ…より、早く何とか…しな…い……と」 ごほっと大地は咳き込んだ。背中を強く打ちでもしたのか、すごく苦しそうだ。それなのに自分の事より、奴を倒す事を考えている。まったくお前って奴は。 「大地くん、ラビくん、大丈夫ですか?」 何とか岩影に隠れ、ワイバーストの攻撃を防いでいた俺達の所へ、回りこんでガスがやってきた。 「これは早く手当をしないと危ないですよ」 言わずもがな事を言うなってんだ。ちっくしょー、こんな時水さえあれば。おっとー、あった、ありましたよ。逃げ込んだ岩場の後ろの木立に隠れるようにして小さな池があった。 ちょっと小さすぎるような気もするけど、贅沢は言ってらんない。よーし、俺様の力を見せてやるぜ。 「ガス、大地を頼んだぞ!」 「はいっ」 俺はアクアビートを呼び出し、ワイバーストに向かった。俺の相手って大概ヒドラムなんかでこいつのくせが良く判らんけど、やってやるぜ! とは言うものの、やっぱり強ーや,終始俺は押されぎみで攻撃に転ずる事が難しい。守るばっかりなんて、性に合わないな。ここは、発ウェーブカイザーで……わっわわっ! 「遅いっ!」 体当たりしてきたワイバーストに、アクアビートは跳ねとばされてしまった。うー、くらくらする。 「ラビーっ」 そんな力は無い筈なのに、大地の叫び声が聞こえる。目の前にワイバーストが迫っていた、わーっ、大地っ! あ、れ……やられてない? 何で? ま、いいか。よーし、行くぜっ! 「ちっ、魔動戦士ども、命拾いしたな。又会おう」 捨て台詞を残してシャマンは去っていった。相変わらずキザな奴。はっ、大地! 俺は大急ぎで大地の元へ駆け寄った。息を喘がせている顔はとても蒼い。このままじゃ大地が死んじまう。 「こんな時、おばばさまがいてくれたら」 ガスも声を潜めて呟く。俺達じゃどうしようもないのか。大地を助ける事はできないのか! 「…ラビ、無事だったのか……よか…った」 「大地?」 うっすらと目を開いて、大地は俺を見た。ほっとしたように微笑み、又目を閉じる。ああっ、もうどーしたらいいんだよっ 「ラビくん、私は薬草を深してきます。池のほとりならきっと何か見つかると思うので、ラビくんはここで大地くんを見てて下さい」 そう言うと、ガスはさっさと走りだした。俺だって薬草の一つや二つ見つけられる。でも、今は大地の側に居たい。ぎゅっと握り締めた手とは別の手で、眉間に皺を寄せ苦しげな大地の額に当てる。汗を拭っても、次から次に流れて来るようだった。 「…み…ず」 「何? 水が飲みたいのか? よし、待ってろよ」 俺は大地の手を離すと、水辺へ向かった。だけど、水を入れる入れ物が何もない。掌で掬っても大地の所へ着くまでには全部零れちまうし、ええいっ 俺は一旦掌に掬った水を口に含むと、飲み込まないように零さないように手で押さえ、大地の所ヘ駆け寄った。 ちょっと躊躇い、だけど覚悟して俺は恐々口を大地の唇に近付けた。 そっと触れると熱さが伝わってくる。少しずつ水を移して喉の奥に消えて行くのを確かめる。水をすべて飲ませた後も、俺は唇を付けたままだった。 熱が引かない。唇が熱い。大地は助からない……そんな事があってたまるかっ! 何としても俺が大地を助けるんだっ と、思った途端、自分の身体がカーっと熱くなって、その熱が大地の身体を覆っていった。 ん…とかすかに大地が呻く。 はっと俺は離れた。 「……ラビ、シャマンは?」 「俺がやっつけた」 何でいきなりシャマンの事を聞きやがるんだ。ほっとしたような大地の顔にむっとくる。大地は大きく伸びをすると起き上がった。 「おい、大丈夫なのか?」 「うん。何か力がみなぎってる感じだ。どうしたんだろ」 あれだけの傷を受けていたのに、ぴんぴんしてやがる。まさか、さっきのあれ…が? 「大地くーん、大丈夫なのですか?」 ガスが息せき切って走ってきた。手には薬草を持っている。せっかくなのに残念だったな。大地はガスの方見てにっこり笑って腕を上げた。 「平気だよ。さっきまで随分痛かったけど」 「それじゃさっきの光のせいでしょうか。ラビくん、今ここらへんが光ったんですけど、知りませんか」 光った? じゃあさっきの熱はそれだったのか。 「俺はただ、大地が直ればって思っただけで」 「じゃ、ラビが看病してくれたのか。ありがとう、ラビ」 笑って差し出された手を俺は無意識の内に取っていた。珍しく素直な俺の行動に、ますます大地は輝くような笑顔を向ける。……待てよ、輝くような笑顔だって? そーいう装飾は女の子に使うもんだぞ。でも、実際大地の笑顔ってば眩しくて。 「さあ、先を急ごう。ばっちゃんたちに合流しなくちゃ。シャマンも狙ってくるかもしれないし、今度はどんな罠があるか判らないぞ」 まーたりーダーぶりやだって。それにしても、シャマン、シャマンっ大地は。 え、おい、待て……よーく考えろ。 何で俺は大地がシャマンの名を口に出す度にむかっとくるんだ。何で笑顔が輝いて見えるんだ。それに、さっきのあれは大地を助けるためってのもあったけど。もしかして、キ、キスって奴じゃないか…。 ひょえ〜 じょーだんじゃねーや。男相手にキスなんて ……でも、不思議に嫌じゃなかったな。できればもっと…… 「何百面相してるんだ?」 ぼーっとしていた俺の前に大地が顔を出す。耳がぴくりとうずく。これってやっぱ…… 「何でもねーよ。お子様には判んねー事さ」 むっとする大地に笑いかけ、俺は駆け出した。慌てて二人も追って来る。 ほんとに、俺は…… |