amantes amentes -2-


 夕食はどうやら竜崎班が一番だったらしく、まだ他の班は来ていない。リョーマは食事に箸を付けながら、ちらちらと出入り口を見ていた。
 そのうち切原と神尾の喧嘩が始まり、食事どころではなくなってしまう。漸く収まって食事を再開した時、他の班も三々五々やってきた。
「なんか、雰囲気暗ぅないか」
「ふん、こんな狭い食堂だからだろ。食器も、まさかプラスチックじゃねえだろうな、ああ?」
 気まずい雰囲気に入ってきた忍足が言うと、当然というように跡部が不満げに眉を上げる。確か以前氷帝の合宿に特別参加した時、跡部は優雅に日傘付きのテーブルセットに座ってジュースを飲んでいたっけ、と思い出してリョーマは軽く吐息を付いた。
「何を文句言っているんだ。食事は栄養補給のためにあるのだ。雰囲気がどうこうと言う必要は無い。さっさと席に着いて食べろ」
 それも違うだろ、と一同は心の中で突っ込みを入れた。真田らしいとは思うが、やっぱり食事は出来れば明るく楽しい雰囲気で食べたいもの。
「何の騒ぎ」
「お、竜崎班はもう食べ終わったのか、早いな」
 真田達の後から佐伯と不二兄弟が入ってきたのを見たリョーマは、止まっていた箸を動かし、食事を手早く食べ終えると立ち上がった。
「お先」
「あ、おい、ちょっと待てよ。越前」
 まだ食事途中だった桃城が引き留めようとするのを無視して、食器を下げ、リョーマは出口へと向かった。
「早食いは胃に負担がかかって良くないよ」
 すれ違いざま言われ、リョーマはちらりと不二を見た。
「そうそう、もうちょっとゆっくり食べててくれたら、一緒に食事できたのに。今度はスケジュール合わせようね」
「さ、佐伯さん、何言ってんですか。なんでわざわざこいつのために時間合わせなきゃなんない訳」
 リョーマが返事をする前に佐伯が続けて言い、憤然と裕太が文句を付けた。
「だって、好きな子と一緒に公認で食事できるって嬉しいじゃない」
 それまでそれなりに賑やかだった食堂内が一気に静まりかえる。真田は不機嫌そうな表情を浮かべ、跡部は眉根を寄せ佐伯を睨み付けた。
 だが、それらの反応よりも不二の反応の方が何倍も怖い、と青学レギュラーは引きつりながらそっとリョーマ達の方を窺った。
「跡部より怖い者知らずが居たんか、あれだけ堂々と言えるとは、えらいやっちゃなあ」
 感心したのか呆れたのか、汗を浮かべながら忍足が呟くと、同意するように菊丸と桃城が頷いた。
「す、す、好きな…って」
 唖然としていた裕太が何故か顔を僅かに赤くしながら聞くと、佐伯は更に笑みを深める。
「あ、裕太も好きだよ。不二も、ね」
「佐伯、冗談はそれくらいにしないと、裕太が憤死しちゃうよ。さ、食事しよう」
 ウインクして言う佐伯に、裕太は口をぱくぱくさせて喘いだ。そんな裕太の背中を押し、不二は食堂の中へ歩き出す。
 リョーマは楽しそうな佐伯の表情に微かに顔を顰めると、食堂から出ていった。
 部屋に戻ったリョーマはベッドに横になると、桃城が持ってきていた雑誌を見るでもなく捲る。佐伯の言葉が冗談だとしても、不二が言い訳も繕いもしなかったのが、何となく釈然としない。
 何が気に障るのか、心の中がむしゃくしゃして、リョーマは溜息を付き雑誌を閉じた。
「やれやれ、さっきはどうなるかと思ったぜ。神尾と切原もだけど」
 戻ってきた桃城は開口一番そう言って買ってきた飲み物をリョーマに渡した。
「桃先輩、夜自主練したらマズイっスか」
「なんだよ、初日から張り切ってんな。自主練ったって、コートは真っ暗だし、後はグラウンド走るかジム使うかしかないぜ」
 リョーマが放っておいた雑誌を手に取り、桃城は見ながら答えた。
「すること無いし」
「そうだな、テレビはミーティングルームか食堂しか無いし、宿題持ってきたか…ってくるわけねえよな、ねえよ」
 訊いたことに対する応えを待たず、桃城は大きく笑って自らの言葉を否定した。確かに持ってきてないリョーマは、むっと口を尖らせる。
「桃先輩だって、持ってきてないくせに」
「怒んなよ」
 笑っていなす桃城は、ノックの音に振り返った。今頃誰だろうと立ち上がり、扉を開くと城成湘南の梶本が立っていた。
 同室の切原が居ないこと、千石と同室の神尾の姿も見えないことを告げ、梶本はもしものことがあっては拙いと言う。
 桃城とリョーマは取り敢えず二人を捜すため、部屋を出た。
「ったく、あいつら手間かけさせやがって」
「桃先輩、手分けしません?」
「そうだな」
 リョーマの提案にそれぞれが別の場所を探すことにして別れた。メンバーが泊まる棟は二階から五階までホテルのような二人部屋になっている。
 それぞれの班は別の階に分けられ、五階には竜崎達大人の部屋があった。二人が喧嘩の続きをするというなら、その階には居ないだろう。屋上か外か、それとも食堂か、とリョーマは考えを巡らせ、取り敢えず上への階段を上り始めた。
 四階に上がったリョーマは、ふと足を止め廊下を窺った。人気は無いが目を凝らし、扉に書かれた名前を読みとろうとする。
「何してるの」
「!……」
 突然声を掛けられ、リョーマは驚愕して振り返った。不思議そうな顔で見ている不二に、リョーマは破裂しそうな鼓動を打つ心臓付近を手で押さえ、息を付く。
「先輩こそ、何してるんスか」
「散歩……なんて、ほんとは、リョーマくん誘いに行こうかなーって考えてた」
 にっこり笑って言う不二に、リョーマは漸く落ち着かせた心臓が再び走り出すのを感じて顔を逸らした。
「ところで、こんな所に君が居るってことは、もしかして、僕と同じ気持ちだった?」
 笑顔を引き、真剣な表情で近付く不二に、リョーマは小さく被りを振った。
「人を捜してるんで」
「誰? 別の人と会う約束でも」
 不二の低く冷たい声音に、リョーマは慌てて強く首を振った。
「さっき食堂でリズム…神尾さんと立海の二年生が揉めて、で、今姿が見えないからってみんなで探してるんス」
 ふぅん、と指を顎に当て、あまり納得しない様子で不二は頷いた。
 じゃ、と行こうとするリョーマの手を掴み、不二は顔を近付け軽く口付けた。
「それじゃ、また明日ね」
 名残惜しげに唇を離し、囁いて去ってていく不二に、リョーマは暫く呆然としていたが、階段を駆け上がってくる音にやっと我に返る。
「見つかったか? ん、顔赤いぞ、越前」
「この階には居ないっス。後は屋上」
 桃城の不審げな眼差しを避けるように階段の上を見ると、リョーマは言った。よし行くかと一歩踏み出した時、微かな悲鳴が階下から聞こえ、二人は顔を見合わせ、階段を駆け下りていった。
 悲鳴の主は堀尾で、桃城とリョーマが駆けつけた時には、切原を抱えミーティング室へ向かう途中だった。
 悲鳴を聞きつけたのか、竜崎班の他のメンバーも集まってくる。階段から誤って落ちたと頑なに主張する切原と、人影を見たという堀尾の言葉に集まってきた一同は、どっちの言い分を信じればいいのかと、考え込んでいた。
 夕食での一件を考えると神尾が犯人ではないか、という空気が満ちてくる。だが、リョーマは何となく違うのではないかという気がしていた。
 神尾が姿を現し、犯人説を否定するとリョーマはやっぱりという気持ちと共に、すっかりそのことに興味を失ってしまった。
 それよりも先ほどの不二とのやりとりの方が気に掛かる。また、とは言ったが今度ここで会えるのはいつになるだろう。
 やっぱり部屋割り見ておけば良かったか、と思いつつリョーマは大きく欠伸をして桃城に、部屋へ戻ろうと告げた。
「そうだな、こんなことで時間食っててもしょうがねえな、しょうがねえよ。戻るか」
 絶対犯人を捜し出す、と憤然としている神尾を後に、みんなはそれぞれの部屋へ戻っていった。

 翌朝、食堂で朝食を食べていると、神尾が再び犯人探しをするのだと息巻いて宣言した。
「仕方ねえな、じゃあまずは基本的な所で現場検証といくか」
「練習時間までには戻れよ」
 心配そうに告げる大石に手を振り、桃城は当然のようにリョーマを連れ食堂を出ていく。
「今は実況検分って言うんだよ」
「うわっ」
 扉の脇の壁に背凭れて言う不二に、桃城は短く声を上げて飛び退いた。
「ふ、不二先輩、榊班はもう練習に行ったんじゃ」
「うん」
 にこにこと笑顔で答える不二に、桃城は冷や汗を浮かべ硬直する。そんな様子を他の面々は不思議そうに眺めながら出ていった。
「あの」
 何の用なのかと桃城に代わって聞こうとしたリョーマは、いきなり着ていたスウェットを捲り上げられぎょっとした。
「大丈夫みたいだね。良かった」
「あー、不二ってば桃がやーらしーことしたんじゃないかって勘ぐってるんだにゃ」
「え、英二、そんな大声で」
 とっくに出ていったと思っていた菊丸が、廊下の端で不二を指差し笑っている。慌てて止めた大石だったが時既に遅かった。
「やーらしーこと?」
「桃城くん、同じ部屋だからっていけないなあ」
「してないっすよ! そんなおっそろしい事」
 菊丸の言葉を反芻して、何の事かと首を捻る梶本と、面白そうに言う千石に、桃城は大声で否定した。
「ふつー、しねえだろ。いくらちっこくて細くても、あいつは男なんだし」
「そうですけどね。怖ろしい事って、そっちに掛かるんですかね」
 リョーマが男だから怖ろしいのか、それとも不二の目を盗んでするのが怖ろしいのか。解ってない宍戸に苦笑しながら鳳は呟いた。
「その怖ろしい事とやらは、俺様にかかれば華麗に美しく行うことができるぜ、なあ樺地」
 宍戸と鳳は一瞬身体を強張らせ、怖々振り向いた。尊大な笑みを浮かべ、腕組みをしている跡部が、挑発するように不二を見ている。
 その隣には額に手を当て、憂いた表情で忍足が立っていた。
「華麗に、ね。まだ寝ぼけてるのかな。二十周くらいグラウンド走ってくれば」
 冷たく凍るような声で言い放つ不二に、跡部の眉が上がる。
「それは手塚の専売特許だろうが。てめえこそ、そいつを離してさっさとグラウンドへ行けよ」
 一歩も負けてない跡部に、不二はうっすらと開眼して対峙した。
 いつもならリョーマに拘り、何とか構おうとする菊丸や気に入っていると言って憚らない千石、そして一番の友人だと自負している桃城は、この二人の目に見えない戦いに臆し、ただ見守るだけとなってしまった。
「君とは違う班だから無理かと思ったけど、今なら自由時間だし、決着付けようか」
「望むところだ」
 売り言葉に買い言葉という感じで跡部に言い、行こうとする不二を、リョーマは唖然としたまま見送る。怖ろしい事って…決着とは何の?
「越前、見に行かないの」
 不二を止めるべきか否かと困惑していたリョーマは、肩を突かれて我に返り隣を見た。爽やかスマイルで佐伯が楽しそうにリョーマを見詰めている。
「でも……」
 確かに不二対跡部の試合は面白そうだ、自分の事が変な意味で関わってないならば。
「見に行きたいとこだけど、すんごーくこわーい試合になりそうだにゃ」
「ってゆーか、アンタは行かなくていいんスか」
 佐伯も不二と同じ班だった筈だ。その問いに、佐伯は更に笑みを深くすると、両腕でリョーマの身体を包み込むように抱き締めた。
「うわっ」
「鬼の居ぬ間になんとやらってね。隙を見つけるのは得意なんだ」
 それはテニスだけにしとけ、と心の中でリョーマが突っ込んだ時、何かが強い勢いで飛んできて佐伯の顔にぶつかりそうになった。
「おっと」
 リョーマから離れた佐伯は素早くそれを掴んだ。飛んできた方向を見ると、ラケットを翳した不二が鋭い視線で佐伯を見据えている。
「あっぶないなあ、冗談だってのに」
 さっきより三割り増しの笑顔で佐伯は不二に向けボールを投げ返した。
「廊下でラケットを振るとは、何事だ」
 別の方向から声がして、みんなが振り返ると仁王立ちした真田が現れた。
「真田さんまで登場かよ。オールスターだな」
「人数大過ぎだろ。いくらなんでも」
 苦笑するしかない状況に既に開き直った桃城が呟くと、苦労性の大石は胃の辺りがしくしく痛むのを感じながら言った。
「一体何の騒ぎだ」
 辺りを睥睨する様は、流石帝王である。真田は不二と跡部を見、ついでリョーマに視線を移した。
「原因はお前か」
「……別に」
 そんなつもりは無いが、もしかしたら原因なのかも、とリョーマは口籠もる。その時、再び佐伯の手が伸び、リョーマの両腕を掴んで広げるようにすると真田に向け押し出した。
 予想もしていなかったリョーマは、そのまま真田に抱きつくような形となり、暫し呆然と動けないでいた。
「こんな風にちょっとしたスキンシップでも許せない過激な人間の仕業だよ。ほんと心狭いよね」
 あんた鬼だ、と周りの者は青ざめる。いや、不二の友人なのだから類友なのかも、と菊丸は自分を棚に上げちょっぴり納得してしまった。
「真田?」
 何の反応もない真田を、訝しむように菊丸は覗き込む。帽子に隠されていた顔を見た菊丸は、驚いて目を瞠った。
「た、たるんどる」
 菊丸から顔を背け、真田はリョーマを退けた。だが、いつものその言葉には力が無い。
「お前達、こんな所でぐずぐずやってるようでは、選抜メンバーに選ばれんぞ」
 一つ咳払いをして真田はそう言うと、足早に去っていってしまった。
「なーんか、赤くなってたりした?」
「意外と純情だな」
 菊丸が誰と無く訊くように呟くと、喉の奥で笑い佐伯が感想を述べる。
 リョーマは大きく溜息を付き、桃城のジャージの裾を軽く引っ張った。
「で、犯人探し、まだするんスか」
「おお、そうだ。すっかり忘れてた」
 ぽんと手を打ち、桃城は答える。呆然と様子を見ていた神尾も、やっと現状を打開する…すなわち逃げ出す…手段を思い出して菊丸達を促し、そそくさとその場から去っていった。
「とんだ伏兵がいたな」
「ああ。ま、俺の敵じゃねえがな」
 不二の呟きに跡部も頷くと、踵を返した。
「試合するんか」
「気が削がれた。そのうち俺様の実力で必ずモノにしてみせるぜ」
 忍足の問いに答えながら去っていく跡部を見送った不二は、振り返ってリョーマに微笑んだ。
 リョーマは納得したような不二を見ると肩を竦め、桃城を引っ張り歩き出す。
 あれだけ派手にパフォーマンスを行えば、解る者には牽制となり、解らない者には疑問を心の隅に持ちつつも君子危うきに近寄らずとなるだろう。
 ただ、虎穴に入らずんば虎児を得ず、という暴挙に出る者もいそうだったが。
 特に、この隣で楽しそうに笑顔を浮かべている佐伯は何が目的なんだか、とリョーマは微かに眉を顰め足を早めた。

 リョーマは現場検証、もとい、実況検分で手に入れた証拠を橘杏に渡すと、後を神尾達に任せてグラウンドに出た。
 騒ぎの連続で練習する気がかなり無くなっている。どうしても選抜メンバーに残りたいというつもりはなく、この合宿で強い相手と戦えたら面白いと思って来たのに、違う騒ぎばかりだ。
 正直、不二や真田の居る榊班か、華村班の方が良かったと、リョーマは吐息を付いた。竜崎班では自分が相手をしたいと思う者が居ない。
 ふと、一人黙々と壁打ちをしている切原を見つけたリョーマは、彼と不二との試合を思い出して興味を抱いた。
 関東大会で不二と戦った状況やその前の橘と戦った試合を見る限り、かなり危ない人間だと思っていた切原が、自分を怪我させた杏のことを黙っていたのが不思議だったのだ。
 言葉で聞くより試合をした方が、その者の人となりがよく分かる。不二との試合で、かなり怯えて自滅した感がある切原がどう出るのか知りたくて、リョーマはラケット片手に試合を申し込んだ。
「いいぜ」
 あっさりと受け、切原はコートに入る。サーブを打ち、ボレーを返していくうちにリョーマは気分が高揚していくのを感じて口端を上げた。
 切原が変わったか知りたい……というのは表向き理由で、リョーマは強い相手との楽しい試合を欲していたのかもしれない。
「あれ、おチビ、試合してる」
「拙い、止めないと」
 関東大会の記憶も生々しい大石は、驚き止めさせようとコートに入りかける。
 だが、その前に切原はリョーマの攻撃にコートに倒れ込んでしまった。
 起きあがった切原の顔には凄惨な笑みが浮かんでいる。獲物を狙うような舌なめずりに、みんなは息を飲んだ。
「……目、赤くなって無くないすか」
 桃城がぽつりと言うと、固唾をのんで見ていた大石や神尾は驚いて切原を凝視した。
「あいつがそんな簡単に変わるもんか」
 拳を握り締め苦々しく言った神尾は、切原がスマッシュを打つ体勢になったのを見て、叫び掛けた。だが、切原は以前のように相手の身体目掛けてスマッシュを打つことはせず、ボールはリョーマの後方に突き刺さる。
 それを唖然として見送ったリョーマは、口端に笑みを浮かべると切原を見た。
「ふぅん、やるじゃん」
「お前も、まあまあだな」
 にやりと笑い返し、切原は再び構えた。楽しそうに試合を続け始めた二人を見て、桃城達は呆れながらもほっとしたのだった。
 試合の途中、フェンスの向こうに一人佇んで満足そうに見ている真田を目にし、リョーマは僅かに眉を上げた。
 それに気付いたのか、真田は踵を返し去っていく。確か真田は榊班だった。とすると、不二もこの試合のことは知っている筈。
 ふと、リョーマは背中が空虚になったような気がして、それを振り払うようにグリップに力を込めた。 いつも自分の試合を観ている視線が無い。観ていない時だってあっただろうに、何故今になってこんなに胸に穴が空いたような気持ちになるんだろうか。 訳の分からない感情に、リョーマは唇を噛み締めた。
「竜崎先生っ」
 突然カチロー達の大声にリョーマは動きを止めた。見ると竜崎が地面に崩折れ、心配そうに三人が覗き込んでいる。
 すぐさま大石が救急車を手配し、竜崎を病院へ搬送していった。
「試合、どうする?」
「こんな状況で続けるつもりか」
 興味無さそうに救急車を見送った切原は、リョーマに訊ねた。答える前に大石が不謹慎だと切原に怒鳴りつける。
 へいへいと両手を上げ、切原は再び壁打ちへと戻っていった。
「心配ですけど、練習の方も困りましたね」
 梶本の言葉に宍戸や鳳が同意する。今回の合宿では班ごとに明確なポリシーでもって練習することになっているようなのだが、竜崎が戻って来なければ、他の班に混ざる事になるかもしれない。
 と、そこへ榊がやってきてみんなを集め、今日の所は自主トレだと告げた。
 取り敢えず、午後一杯基礎練習やサーブ、ボレーなどの練習を行い、少し終了時間を早めて竜崎のお見舞いに行くことになった。
 他の班に入っていた青学メンバーも、榊達に断って合流する。
 病人である筈の竜崎にハッパを掛けられ、リョーマ達は病院を後にした。意外と元気そうな様子にほっとしながら青学メンバーはバスに乗り込んだ。
「これで一緒の班になれると嬉しいんだけどね」
「不二先輩、不謹慎っスよ」
「ごめんごめん。でも、竜崎班はまだあまりはっきり練習傾向が決まってなかっただろ」
 病院に向かうバスの中、二人がけの席で隣同士に座った不二とリョーマは他の者に聞こえないくらいの小さな声で会話していた。
 不二の言葉にリョーマは頷く。確かに他の班はどんどん練習試合などしているのに、自分たちは基礎練習ばかりでちょっと物足りなく思っていた。
「自主トレばかりじゃつまらないかと思って」
「じゃ、自由時間に俺と試合してください」
 窓から視線を不二に移し、しっかり見詰めてリョーマは言った。
「うーん、いいけど。僕としては試合だけってのはちょっと寂しいな」
 含みのある言い方と笑みに、リョーマは目を瞠り、微かに頬に朱を走らせた。
「……俺も…」
 顔を伏せ、低い声で言いかけたリョーマの声は、停車を知らせるアナウンスで掻き消されてしまった。不二はリョーマの言葉に気付かず、立ち上がって降車口へ行ってしまう。
 聞こえなかったのが良かったような残念なような複雑な気持ちでリョーマもバスを降りた。

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