amantes amentes -1-

 ボールは高く弧を描いてエンドラインぎりぎりに落ちた。リョーマは呆気に取られてそれを見送っていたが、前を向き微笑む対戦相手を見た。
「僕も力付けてるんだよ」
 渾身のスマッシュをあっさり羆落としで返され、リョーマは暫く不二を睨み付ける。だが、そんな視線に怯む訳でもなく嬉しそうに見返す不二に、リョーマは吐息を付いてサーブを打つ位置へと付いた。
「みんな、集まっとくれ」
 さあ、次こそはと力を込めていたところへ竜崎の声が掛かる。心の中で軽く舌打ちをして、リョーマは何だろうと訝しがる面々と共に竜崎の前へ集まった。
「急に決まった事なんだが、これから全国までの間に日米親善ジュニア選抜戦を行うことになった」
 竜崎の言葉にリョーマは目を瞠り、他の部員達も驚きにざわめいている。そのざわめきが一段落した頃、竜崎は一つ咳払いをして先を続けた。
 その話によれば、普通なら全国が終わった後に行われる筈が、アメリカ側の要望により今回の日時となったこと。メンバーは関東各地の高校から、主に関東大会の活躍状況により選ばれ、更に合宿の後代表が選ばれる。
「選抜合宿?」
 声の大きい桃城が意図せずみんなの気持ちを代弁して言葉を発した。
「そうだ。ちなみにうちはレギュラー全員が合宿に参加する」
「へーっ、そりゃ面白そうだ。なあ、越前」
「そっすね」
 青学のレギュラーはみなレベルが高く、リョーマの相手に不足はない。が、他の学校の選手と練習したりするのは刺激があっていいだろう。
 跡部や真田は勿論選ばれるだろうし、他に戦ってない相手ともやれるかもしれない、とリョーマはわくわくするような気分で桃城に相槌を打った。
「日程は後でプリントを配るから、それに目を通しておくように。以上」
 竜崎の話が終わると再び練習に戻った一同は、気分が高揚したおかげか、かなりハードな練習にも音を上げず張り切ってこなしていった。
「越前、今日帰り家に寄らない?」
 ロッカールームでのいきなりのお誘いに、リョーマが驚く前に周りに動揺が走った。
「ずっるーい! おチビは今日俺とコンビニ行くんだもんね」
 ね、と菊丸が対抗するようにリョーマの背中にぺったりと張り付いて、不二に舌を出した。
「暑いっす」
 ただでさえ練習後で汗のかいた背中にくっつかれては暑さが倍増する。冷たくリョーマに引き剥がされた菊丸は両手の拳を口元に持っていき、目を潤ませてリョーマを見た。
「いいじゃない、行けば」
 笑って言う不二に、二人は目を見開いた。
「あ、うん、行く、行くけど」
「じゃ、早く着替えて。あ、桃も行く?」
 いきなり話を振られて桃城は固まってしまった。不思議そうに見る不二に、桃城は引きつりながらも頷き着替え始める。
 リョーマはほっとしたような、がっかりしたような複雑な気分で着替え始めた。
「あっちーよな、あっちーよ」
「やっぱ夏はこれでしょう」
 冷房がキンキンに効いているコンビニの隅、飲食できるコーナーで桃城は、ちらしで風を送りながらミニソフトを食べている。
 その隣で嬉しそうにパフェを突いていた菊丸は、まだ戻ってこないリョーマと不二の姿を探して身を乗り出した。
「どれにする?」
「……まだ買うんスか」
 アイスの並んだショーケースの前で、不二はにこやかに訊いた。既に籠一杯にジャンクフードや清涼飲料水、菓子パンなどが入っているのを胡乱げに眺め、リョーマは低く呟いた。
「どれでも好きなだけ摘めるようにね。後はアイスだけだから」
 その大量の食料の意味は何だろうと、首を捻るリョーマをよそに、不二は適当に何個か選ぶとレジに持っていってしまった。
「おチビー、まだ出来ないの」
 叫ぶ菊丸に溜息を付き、リョーマは顔を見せてまだだと答えた。
「じゃ、行こうか」
「えっ」
 精算を済ませた不二は大きな袋を二つ片手で持つと、もう片方の手でリョーマの手を握り、扉から出ようとする。
「ああっ、不二っ、ちょっと待てよ」
「英二、それ食べちゃっていいから。僕の奢り」
 出ていこうとする二人に気付いた菊丸が立ち上がった時、店員がもう二つ違う種類のパフェをテーブルの上に置いた。
 一瞬、それに気を取られた菊丸が我に返った時には二人の姿はコンビニの中から消え、外にも見えなかった。
「やられましたね」
「ちっくしょー、不二の奴。合宿になったら覚えとけよ」
 頬を膨らませて怒りながら、菊丸は残りのパフェをがつがつと食べ始めた。
 二人が追ってこないことを確認したリョーマは、不二が握っている手を離そうとした。けれど、不二はしっかりと握り締め離そうとしない。
「先輩、もう大丈夫みたいだけど」
「え、何?」
「だから、手」
 ああ、と微笑んだ不二は再び強く握って歩き出した。当然離してくれるものだと思っていたリョーマは慌てて歩き始める。
「あの」
「早くしないとアイスが溶けちゃうね」
「荷物片手で重くないっスか」
「じゃ、こっち持って」
 スナック菓子が入った袋をリョーマに持たせ、残りの荷物を相変わらず片手で不二は持っている。リョーマは諦めて手を繋いだまま歩くことにした。
 真夏の午後は道に人が居なくて助かる、と思いつつリョーマは汗一つかいていない不二の横顔をちらりと眺める。
 繋いだ掌には汗が滲んで気持ち悪い筈なのに、不二の手だとそうでもなくて、リョーマはそっと手を握り返した。
 ぴたりと止まった不二の足に、リョーマはぎょっとして立ち止まる。今のリアクションが拙かったかなと恐る恐る見上げたリョーマは、嬉しそうな不二の笑顔に微かに頬を赤く染めた。
「着いたよ。遠慮しないで入って」
「あ、はい」
 不二は手を離し玄関扉を開いた。今まで熱かった手がやけに涼しいような気がして、リョーマはその手を握り締めると不二の後に続き入っていった。
「おじゃまします」
 声を掛け上がると奥から人の声が聞こえる。由美子か母親だろうかとリョーマは思っていたが、その声の持ち主は姿を見せると驚愕して動きを止めた。
「何でお前がうちに居るんだよ」
「僕が呼んだから」
 リョーマが答えぬうちに不二が答え、裕太は矛先を兄に向けた。
「何で」
「可愛い後輩を自宅に呼ぶのがおかしいかい。さ、越前どうぞ」
 軽く頭を下げ、リョーマは不二に促されるまま中に入っていった。
「ちょっ、兄貴」
「アイス買ってきたよ、食べるだろ」
 まだ文句を言い足り無そうな裕太に、不二は買ってきたアイスを一つ差し出した。出鼻を挫かれ裕太は視線を外すとそれを乱暴に受け取り、リビングへと戻っていく。
「今朝戻って来たんだ。夏休みだから、じゃないかな」
 リョーマが訊いた訳でも無いのに不二は裕太のことを話すと、自室の扉を開いて迎え入れた。
 リョーマが適当な位置に座ると、隣に不二が腰を下ろす。少し離れた位置にリョーマが座り直すと不二は残念そうな表情を浮かべながらも、そのままの位置で袋からアイスを取り出した。
「どうぞ」
「いただきます」
 手を合わせ、アイスに口を付けたリョーマは、ふと気付いて不二を見た。
「で、何か用っスか」
 なし崩しに不二の家に来ることになってしまったが、何故呼ばれたのか聞いていない。驚いたように見返す不二に、リョーマは首を傾げた。
「別に用はないけど。ただ、リョーマくんと一緒に居たかっただけ」
 薄く笑み、答える不二の目にリョーマは耐えきれず視線を逸らせた。顔が熱くなっていくのが分かり、リョーマはバツが悪くなって無言でアイスを食べ始める。
 明に暗に不二はリョーマへの好意を示してくる。それが嫌なわけではないが、戸惑ってしまうのだ。最近「明に」の方が多くなってきて、何故か周りも不二に煽られるようにリョーマを構いだすので、それもまた訳が分からず鬱陶しい。
「合宿、楽しみだね。前に行った青学だけのも楽しかったけど、今度も良いことあるといいな」
 思い出すように笑う不二に、リョーマはちらりと目を向け溜息を付いた。
「何の為に行くんだか」
「兄貴! 選抜合宿参加するのか?」
 ぼそりと呟いたリョーマの声に被さるように声が聞こえ、裕太が扉を開いて顔を覗かせた。
「裕太、ノックくらいしなよ」
「あ、ああ、ごめん…で、どうなんだよ」
 一応謝り裕太は再度聞いた。
「するよ。青学はレギュラー全員参加だ。それがどうかしたの」
「俺たちの聖ルドルフ学園も参加することになったんだ。やっぱ実力が物言ったんだな」
 へえ、とリョーマは目を瞠り誇らしげな裕太を見上げた。
「関東大会に出られなかったのにも関わらずか、凄いね。おめでとう」
 不二の笑顔での言葉に微塵も刺は含まれていない、が、なんとなく胸をちくりと突き刺すその言葉に、裕太は眉を上げた。
「祝いの言葉はまだ早いぜ。合宿に入れたからって選抜メンバーにならなきゃ意味ないからな。絶対選ばれてやる」
 拳を握り締め強く言う裕太に、リョーマは口端を上げ笑みを浮かべた。
「あ、てめえ馬鹿にしやがったな」
 裕太は顔を赤く染め、リョーマの肩に手を掛ける。「別に」
 そんなつもりはなく、ただ楽しそうだと思って笑っただけだったリョーマは、裕太に笑顔を向けた。裕太は鼻白んだようにリョーマを見詰めて、肩に掛けた手をなかなか離そうとしない。
 そんなに逆鱗に触れたかなと思ったリョーマは、どうするのかと様子を窺っていたが、不二の手が裕太の手を掴んで離したのを見ると軽く息を吐いた。
「お互い頑張ろう。ところで、もう一つアイス食べる? もう溶けかけてるけど」
 裕太は見詰めていたリョーマの顔から視線を外すと、何故かまだ顔を赤くしたまま不二の手からアイスをひったくるようにして取り、部屋から出ていった。
「邪魔したな」
「うん。暫く来ないで欲しいな」
 不二の言葉に裕太は足を止め、目だけで後ろを見た。
「そう言われると邪魔したくなるなあ」
「……そう?」
 低く聞き返す不二に、裕太は視線を明後日の方に動かし、汗を浮かべて首を横に振った。
「あー、合宿所で会おうぜ、越前」
 こくりと頷くリョーマに手を振り、裕太はそそくさとその場を立ち去った。
 しんと静まった部屋で、リョーマは視線を不二に向けると手を差し出した。
「リョーマくん」
 眉間に皺を寄せていた不二は、それに気付いて顔を綻ばせる。リョーマは手を取ろうとした不二を躱し、袋に入ったままのアイスを取り出した。
「溶けるでしょ」
「そうだね」
 不二は溜息を付き、自分も一つアイスを手に取ると食べ始めた。

 桃城達がこれからの数日をネタに大騒ぎする中、バスは合宿場所に到着した。かなり大きく広い敷地に三棟の建物、真ん中のトラックとグラウンドの両脇に三面のテニスコートという豪華な物である。
 見えないが裏には体育館やプールもあるという、プロも使う場所だった。
「ほえ〜、すっごい立派」
「ここで暫く暮らすのか」
「団体生活、乱すんじゃねえぞ」
「何だと、そりゃお前のことだろ」
 バスから降り立った面々は目の前の建物に感心しつつ中へと入っていった。相変わらずの海堂と桃城の様に苦笑しながら入り口へと足を進めた不二は、こちらを傲然と見ている一同に薄目を開けて見た。
「くだらねえことで大騒ぎしてんな、ああ」
 微かに嘲笑を浮かべ見ている跡部に、一触即発だった桃城と海堂も言い合いを止めてそちらに目を向ける。
「氷帝か」
 例え関東大会一回戦で負けたとはいえ、実力では一、二位を争う氷帝が選抜合宿に来ているのは当然のことだろう。
「越前くん、久しぶり」
 軽い声が後ろから聞こえ、肩を叩かれたリョーマは振り返って見た。片手を上げ笑顔を向ける人物に、一瞬リョーマは記憶を辿る。
「千石さん、一人ですか」
 気付いた桃城の言葉に、リョーマは彼のことを思いだした。
「桃先輩と、リズムの人に負けた人」
「……そうなんだけどね。そういう覚えられ方はちょっと不本意だなあ」
 苦笑いを浮かべ、千石は頭を掻く。そう言われても、リョーマにとって自分と対戦していない者、強さを見せつけられていない者はあんまり覚えている必要は無いという価値観なのだ。
 でも、言わなかったが名前はちゃんと覚えている。それだけでもマシだろう。
「越前、ここでまた対戦できればいいと思っている」
 また別の方向から声を掛けられ、リョーマは振り返った。いつものように堅い表情で帽子を目深に被った真田がリョーマを見下ろしている。
 その後ろには教授こと柳と天パの切原が立っていた。王者立海に遠慮しているのか、リョーマに話しかけたそうな城成湘南の梶本以下二人が佇んでいる。
 青学と優勝戦を行った立海のメンバーが三人とは少ないなと思いながらリョーマは、他にどんな学校が来ているのかとぐるりと周囲を見渡した。
 リョーマの視線が一点で止まる。そこには楽しげに談笑する六角の佐伯と裕太、そして不二の姿があった。
「えーっと、七校か。随分人数的にばらばらだな。立海少ないのは理由あんのか」
「多分、適正をみたのだろう。顔で選んだ訳では無いと思うが」
 真面目な顔で言う乾に、みんなはそれが冗談なのか本気なのかと強張った表情で見返した。乾は眼鏡を直し、平然とした様子で冗談だと小さく呟く。
「あれ、結構本気だったよな」
 桃城がリョーマの肩を抱き寄せ、こそこそと耳元に囁くと、反対側で菊丸もうんうんと頷いた。リョーマは黙って二人を手で押し返し、帽子を目が隠れるほどに引き下げてしまう。
「あれ、おチビ機嫌悪い?」
「暑苦しいだけっス」
 目の前で手を振る菊丸に、リョーマは低い声で否定する。そう、何となく気分が良くないのは、暑いせいで決してあんな光景を見たからではないと、リョーマは自分に言い聞かせた。
 竜崎達の挨拶の後、それぞれ荷物を持ってグループ割を見に行く。張り出されたそれを確認しようとしたリョーマは、背中に張り付いてきた菊丸によって阻害されてしまった。
「おおっ、おチビと一緒の班だ。大石と桃も一緒だよ」
 どれどれ、と桃城も覗き込み自分の名前を見出すと満面に笑顔を浮かべ、リョーマの肩を叩いた。
「ラッキー。よろしくな、越前」
「それは俺の専売特許ですよ、桃城くん。楽しみだね、越前くん」
 にこにこと邪気のない笑顔で千石が言い、リョーマに握手を求める。背の高い連中三人に取り囲まれ、班分けを見ることが出来ないリョーマは、憮然としてその手を無視し菊丸の腕を引き剥がした。
「あー、おチビぃ」
 後ろで騒ぐ菊丸の相手を大石に任せ、海堂と揉め始めた桃城にこれ幸いとリョーマは漸くゆっくり班分けを見ることが出来た。
 自分たちの班に不二の名が無い事を確認すると、リョーマは微かに溜息を付いて他の班分けを見るために場所を移動した。
「同じ班ではなくて残念だ」
「まったくなぁ、せっかく何日も合宿があるってのに、違う班だってのはふざけてやがる」
 両脇から声を掛けられ、リョーマは交互に真田と跡部を見やった。今見ているのは華村班のもので跡部や忍足の名前はあるが真田は無い。
 それなら自分に言った訳じゃないなとリョーマは考え、次の榊班の前へ行こうとした。
「越前、班が違うのは仕方ないが、待っているぞ」
 暗に選抜メンバーに自分は必ず残ると確信して真田は言い捨て、去っていった。残った跡部は真田を見送ると、鼻で笑う。
「俺は待ってなんかいないぜ。楽しみにしてろよ、越前」
 リョーマにそう言うと、跡部は不敵な笑みを浮かべ、樺地を引き連れ去っていった。
「二人とも、メンバーに選ばれることが彼らの中で決定してるんだね」
「不二先輩」
 二人ともリョーマに向けて言ったのかと納得した時、隣から声を掛けられた。榊班の前に佇んでいた不二が僅かに厳しい表情で跡部の背中を見詰めている。
 だが直ぐに普段の穏やかな表情でリョーマに向け残念そうに言った。
「同じ班じゃないなんて、がっかりだね。ほんと楽しみにしてたのに」
「へへーん、俺たちはこれからずっとおチビと一緒だよーん。羨ましい?」
 Vサインを示しながら菊丸はリョーマの肩を抱いて引き寄せる。ぴくりと不二の眉が上がり、うっすらと目が開いた。
「おい、よせ、英二。不二を挑発するな」
 焦って大石が菊丸の襟首を掴んで引き離す。呆れたようにそれを見たリョーマは、再び不二の方に視線を向けた。
「そう、っすね。俺も……」
「兄貴、部屋分けどうするかって」
 意を決して伝えようとした言葉は、不二の後ろからやってきた裕太の言葉に遮られてしまった。裕太と共に佐伯も現れ、リョーマの苦い顔を見て何かを感じ取ったのか微かに笑む。
「取り込み中ならこっちで勝手に決めさせて貰うよ。やっぱり同じ学校同士の方がいいかな」
「ああ、適当でいいよ」
 佐伯の言葉に投げやりに不二は答える。おやおやと言うように両手を上げ、佐伯は裕太を連れその場を離れた。
「おーい、越前。部屋割り、俺とになったぞ」
 お互い何か話そうとした時、リョーマの後方から桃城が声を掛け、腕を引っ張る。あまりに浮かれているのか不二に気付かず、桃城はそのままリョーマを竜崎班の元へ連れて行ってしまった。
「不二、俺と同じ部屋だって……、不二?」
 少し離れた場所から声を掛けた河村は、返事が無いので、不二に近付いていった。だが、不二の背中からでも判る怒気の暗さに、次第に腰が引けて小さな声になってしまう。
「ああ、タカさんと同じ部屋なんだ。やっぱり学校別にしたんだね」
 くるりと振り向いた不二に、河村は小さく悲鳴を上げて飛び上がり、カクカクと頷く。笑顔なのに、とんでもなく凍り付いた冷気を纏う不二に、さすがの裕太や佐伯も声を掛けることが出来なかった。
 その後、各判別にミーティングがあり、練習のスケジュールや方針などが伝えられた。
 竜崎の話をぼんやりと聞き流しながら、リョーマは別のことを考えていた。不二と一緒の班になれなかったのは残念だと、さっき邪魔されなければ言えたのに。
 あのタイミングなら素直に伝えられたと思う。いつもは不二が積極的に構ってくるからいつもそれを受け止めたり、躱したりするので精一杯なんだけど。
 不二と一緒の部屋になったのは誰なのだろう、とまた別の方向に思考が飛んだ。
 学校別なのか、それとも兄弟だから裕太と一緒なのか。
「越前、おい、越前ってば」
「何スか」
 桃城に声を掛けられて、リョーマは意識を彼に向けた。ミーティングは終わったらしく、他の者は既に部屋から出ていて姿が見えない。
「何だじゃねえだろ。これから自由練習だと。さては聞いてなかったな」
「聞いてたっスよ」
 帽子を被り直し、リョーマは立ち上がると桃城を残して歩き始めた。慌てて桃城も続く。一つのテニスコートでは既に榊班が使うようで塞がっていた。
 竜崎が去ると物見高い菊丸と桃城は直ぐに練習を抜け出して試合を見に行ってしまう。リョーマも実を言えば見に行きたかったのだが、柔軟の相手が大石だったため、そうもいかなかった。
「すごかったよー、不二、佐伯ペア対乾、柳ペアの試合」
 漸く戻ってきた菊丸が試合の内容をみんなに告げる。桃城もそれを補完して、身振りも交え熱心に話していった。
「いきなりダブルスか。なるほど」
「息、合ってました?」
 感心したように大石が呟くと、続けてリョーマが気のない様子で訊ねた。
「乾達の方は元々ペア組んでたくらいだから、すっごい息ぴったしって感じ。最初は不二の方、それに押されてたんだよにゃ」
「でも、結局最後は逆転したじゃないっすか。あれも凄いと思いますよ。以心伝心て不二先輩と佐伯さん…って、越前、聞いてんのか」
 うんうんと頷く桃城は、訊いてきた筈のリョーマがまるで感心なさそうにそっぽを向いているのを見て憤慨する。
「俺、ダブルス向きじゃないんで」
 なら聞くな、と怒鳴り掛けた桃城は、さっさと離れてしまうリョーマに怒るより呆れが先にきてしまった。
「と、とにかく、ちゃんと身体解せよ、二人とも。その後基礎練習だ」
 何となくこの班の長になってしまった感がある大石が菊丸と桃城に告げ、再びみんな練習へと戻っていった。

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