I know You know
「終わったあ〜っ!」 広い屋敷の隣、小さな家ほどもある離れから嬉しそうな雄叫びがあがる。テーブルに向かっていた身体をばったりとフローリングの床に倒し、炎は両手を頭上に上げて大きく溜息を付いた。 「ぎりぎりだったな…」 含み笑いをしながら、向かい側に居た海もほっとしたように呟く。まさにぎりぎり、今日は九月一日、本来なら既に学校が始まっている日にちであるが、今年は丁度日曜日に当たっているのだ。 山海高校には、夏休みの課題も宿題も無い。よく学びよく遊び、青春を謳歌せよ、というのが学園のモットーだとかで、長期の休みに係わらず宿題などはないのだが、学園きっての問題児に関しては話が別だった。 一学期の成績は悲惨、出席日数もぼろぼろ、遅刻早退星の数…とくれば、いくら温情をかけたとしても無理があるというものだろう。 せめてもの情け、と言うわけで、夏休みの半分は補習となり、休み明けにはレポート提出で取りあえず出席日数、成績の悪さは平均並にしてあげようと校長はにこにこしながら告げたのだった。 その時は、げ〜冗談じやないぜ、などと思った炎だったが、さすがに通知表を見た時には顔が青ざめ冷や汗が流れ落ちた。 だが、補習やレポートといっても何時宇宙人が攻めてくるかも判らない状況では普通に学校に行って教師と対面で受けるという訳には行かない。そこで、学校の裏山での強化合宿となった訳だが、その後夏休み最後のラストスパートを海の家にて頑張っている所であった。 「ぎりぎりでも何でも終わりゃあこっちのもんだ。はーやれやれ…」 炎が書き散らしたレポートを海は纏めて揃えバインダーに閉じていく。合宿で大体終わったと思っていたのが、一つだけ残ってたと夕べ泣きついてきた炎を、海は今まで面倒見ていたのだ。 半分徹夜となってしまったが、それほど眠くは無い。炎は腕を組んで頭の後ろに置き、ぼーっと天井を見上げた。 「あ〜あ、今年の夏は結局どっこも行けなかったな」 合宿が終わったと思ったら宇宙人が攻めてくるわ、幽霊騒ぎはあるわ、と遊んでいる暇もなかった。せいぜいゲーセンに行って憂さ晴らしする程度で去年のように健康的に海、山へ遊びに行くことも出来なかったのだ。(しかし、そんなに中三の夏休みに遊んでいたというのに、何故山海高校へ入学出来たのか、中学時代の友人は世界の七不思議と言っている) 「サルガッソの宇宙人が居なくなるまで、我々に長い休みはないだろう」 「あっそ……」 真面目に言う海に、げそっとした顔で炎は呟く。ブレイブ星人の話によれば、サルガッソの宇宙人は五千体(今いち判らないのだが、数なのか種類なのか?)も居るようだ。それらを全部倒すなんて一体どれくらいかかるのだろう。 「ヒーローは辛いぜ」 呟かれた意外な炎の言葉に海は僅かに驚いて見つめた。成りゆきで勇者をやれと言われ、半分義務のような気分でやっている自分たちと違い、炎は根っから好きで勇者をやっていると海は思っている。なのに弱音を吐くとは、炎らしくない。が、そろそろ疲れが溜まっているのだろうと海は微苦笑しながら言った。 「降り懸かる火の粉は払わねばならない。我々の肩に地球の運命がかかっているのだ」 「わーってるよ。でもさ、ちょっと遊びたかったな……ふああ」 「少し、ここで休んでいけ」 眠そうに欠伸をする炎に、微笑しながら言って海は隣の部屋に布団を敷こうかと立ち上がった。だが、炎は勢いを付けて起きあがり海を引き留めた。 「あ、いーや。俺ちょっとリュウと会う約束してっから」 炎の言葉に海の眉がぴくりと上がる。炎はそれに気づかずに、テーブルの上のバインダーを自分のリュックの中に仕舞うと立ち上がった。 「りュウ…と?」 「ああ、何か話があるから午後学校の裏山へ来てくれってさ。何の話だろ?」 首を捻りつつ、炎はこれから自宅へ戻ってシャワーでも浴び仮眠を取ってから裏山へ行くと海に告げ、そのまま部屋から出ていこうとした。 「じゃあな、カイ」 「待て」 にっこり笑って出ていこうとする炎の腕を取り、海は引き留める。不思議そうに見つめる炎に、海は自分のとった行動に戸惑いながらも見つめ返した。 「何だよ」 「……行くな」 自分の声では無いような、どこか別の場所からの声のようだと海は思いつつ呟いた。益々不審そうに見つめる炎の視線が、自分の心を貫くようで痛みが走る。 「何で?」 答えない海に、炎は焦れて掴まれている腕を振り解こうとした。しかし、それは離れるどころか炎を引き寄せ、海の胸の中へとすっぽり入れてしまう。 驚いて海の顔を見上げた炎は、背中に回された腕の強い力に反射的に反抗心を掻き立てられて、もがいた。 「何だよっ、離せってば」 「行かないでほしい…」 「…カイ?」 普段からは考えられないほどの弱気な声が上から聞こえ、炎は再び見上げた。海の目の真剣さに、炎は仕方なく動くのを止めた。 「判った。ここでちょっと休んでいきゃあいいんだろ。何心配してんのか知らねーけど、判っ から離せって」 「嫌だ」 「カイっ!何言って」 海の否定にびっくりして怒鳴ろうとした唇が塞がれる。突然の口付けに、炎は目を見開いて硬直してしまった。 暫く押しつけられていた海の唇が離れ、それは炎の耳元に移動する。 「好きだ…」 「! え……」 今聞いた言葉が理解できず、炎は目を瞬かせた。海は顔を離すと、炎をじっと見つめながら僅かに紅潮した顔で真剣に、きっぱりと告げる。 「私は、エンが好きだ」 「………」 炎は黙ったままじっと海の顔を見つめていた。頭の中には、好き、という単語がぐるぐると回っている。 「…工ン?」 「俺もカイが好きだ」 まさかそう応えが返ってくるとは思わなかった海は、一瞬呆然として炎を見た。その僅かな隙に炎はするりと身を離し、海の腕から抜け出してしまう。 「で、も、キスなんてのは行き過ぎだと思うぜ。清廉潔白真面目一徹の風紀委員長殿はヘンタイだ、なんて噂立っちまうぞ」 にんまりと笑いながらそういう炎に、海は僅かに目眩を覚えたが、すぐに立ち直って再び炎の腕を取った。 「どういう意味だと思っているんだ」 「どうって…好きは好き、だろ。それ以外に意味あるんか?」 問われて海は言葉に詰まった。多分、炎の言う〔好き〕と、自分の思う〔好き〕はかけ離れているだろう。だが、それを言い表す方法を海は知らなかった。今はいつもの自分ではなく、心の底の感情を露にした自分が表に立っている。しかし、それに全てを任せきることは未だ海には出来ない。 「無理すんなよ、カイ…。判ってるからさ……お前、全部さらけ出すなんて出来ねえだろ。そーいう性格だって、俺は好きなんだから」 「な…に」 炎が何を言っているのか判らず唖然としていた海は、手を離されて漸く意味を受け取るとカッと赤くなって拳を握りしめた。 「ならば、リュウは全部さらけ出していると言うのか」 「カイ…」 海は眉を潜め、苦しげに言うと再び炎を抱き綿めた。そのまま床に押し倒して口付けると、炎は微かに顔をしかめて首を振り口付けから逃れようとする。 床に手を突いて伸し掛かる身体から離れようとする炎の唇を捕らえ、海はこじ開けて口中へと舌を差し入れた。 貪るように炎の口中で舌を庭かせる。無我夢中で炎に口付けていた海は、押さえつけていた手をシヤツの中へと滑り込ませた。 「…んっ……」 唇が僅かに離れると、炎の口は酸素を求めるようにぱくぱくと開く。その中に動くピンク色の舌を見ると、海は押さえきれないほどの強い衝動にかられ再び深くロ付けた。 身体の奥が熱く、覚えのある情動が下半身へと集中していく。 「工ン」 「は…あ……カィ」 「好きなのだ……工ン、お前が」 漸く唇を離し、海はうっとりと自分の下で喘いでいる炎を見つめその頬を撫でた。 「確かに私は全てをさらけ出すのを躊躇っていた。それで誰に誤解されようと、全くかまわなかった。だが、お前は別だ」 咳き込んだせいで潤んでいる瞳に訴えるように海は話しかけていく。 「好きだ……お前の全てを私のものにしたいくらいに」 「……」 「嫌われても仕方がない。こんな汚い欲望を持っているなどとは、自分でも気づかなかった。…いや、知っていて知らぬ振りをしていたのだ。私は自分を偽っていた」 黙ったまま聞いている炎に、海は絶望を感じながらせつせつと心情を訴えた。自分を見ている目が何時軽蔑や嫌悪の感情を表すだろうかと、胸が痛みながらも止めることが出来ない。 「今ははっきり判る。私はお前に触れたい……、口付けて抱き締めて、一つになりたい。私の好きは、そういう好きなのだ」 炎は一瞬目を揺らめかせ、瞼を閉じた。多分僅かな時間なのだろうが、お互いの鼓動が聞こえるほどの静かな時に海の胸の痛みは増してくる。 「ぱーか、そこまで出すこたぁねえだろーに」 炎は審判を待つ罪人のような表情の海に、目を開けにっこりと笑い掛けた。呆然として動きを止めた海に、少し身体を上げて自ら軽くキスをする。 「判ってるって言っただろ。そんなお前が好きだって。もっとも、俺の〔好き〕はそーいうんじやないけど」 「私を許してくれるのか」 「だからあ〜、許すも許さないもないって」 炎の言葉にみるみる海の表情が緩み、嬉しそうな笑顔になる。間近に学園一の美少年の輝くような笑顔を見て、炎は思わず見とれてしまった。 「工ンっ!」 がぱっと抱きつき、未だシャツの中に入れたままの手で素肌を撫で始める海に、炎はぎょっとしてそれを掴んで引き抜いた。 「ま、待て!」 不服そうな海を炎は腕を突っ張って押しのけ、やっとその下から逃れると、じろりと睨みつける。 「工ン」 「こういう好き、じやないっての、俺は。ま、もしかしたらその気になるかもしれねーけど、今は健全な男女交際に憧れてるんだから」 な、と炎は怖い表情の海にひきつった笑いを浮かべながら言った。健全、という言葉を出せば、海の表の顔が出てくるだろうと炎は思ったのだが、意に反して不敵な笑顔を返されてしまう。 「そうか…ならばその気にさせてやろう」 ぎょっとする炎に、海は声を出して笑い掛けた。もしかしたら、全てをさらけ出してしまったのは自分の方かもしれない、これから先がちょっとだけ心配かも……と思いながらも、根っから楽天的な炎はどーにかなるさと海に声を合わせて笑った。 ちゃんちゃん |