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 夏の日差しも一息ついた放課後の山海高校の校内を、真っ黒な学ランに下駄履きという暑苦しい格好で歩いてくるゲキに生徒達が驚くこともなくなってきた。何故かと言えば、一日置きにやってきて大きな声で存在をアピールするからで、校長先生公認で出入りを許されてからというもの、前は注意していた風紀委員長のカイも不愉快な表情をするだけである。
 「エン、どこじゃあっ」
 「まーた、エンか。あいつ目的はマリアちゃんじゃなかったっけ」
 女子陸上のコーチをしていたシンが呆れたように呟いて闊歩していくゲキを見る。もっとも、マリアをおおっぴらに探してまわるのは恥ずかしいだろうから、一緒に居る確率の高いエンを探すというのは結構いいアイデアではあるのだろうが。
 「それにしても、鬱陶しい限りだな」
 ゲキがエンにべたべたとくっつきだしてから、リュウやカイの視線が妙な具合に激化してきたのを何となく感じていたシンは、やれやれと溜め息を付いた。それまで、二人して牽制しあまりエンに必要以上に近づくことはなかったのに、ライバルでは無いとはいえ、あんなに馴れ馴れしくくっつかれては、二人の気持ちを煽らずにはいないだろう。
 それに、俺だってなんかいい気はしないしな、とシンは僅かに眉を潜ませて呟いた。
 ゲキは超常現象研究会の部室の前まで来ると、一つ咳払いをして扉をノックしようとする。だが、その途端扉が開き、マリアが顔を覗かせ驚いたように硬直しているゲキを見上げた。
 「あら…ゲキ、また来たの?」
 「は、はいっ、マリアさん…その、わしは…」
 「エンなら奥に居るわよ。あ、そうだ、あなたも今晩来ない?」
 思い付いたようににっこりと笑って言うマリアに、ゲキは真っ赤になってうろたえた。今晩、来ない?とは随分大胆なお誘い文句である。ただ、その前の、あなたも、の部分は都合よく耳をすり抜けてしまったようだ。
 「こ、こ、今晩…なんて、いや…そんな、嬉しいっすけど…」
「嬉しいなら、いいじゃない。エンだけじゃ今いち頼りなくって」
へ?とゲキはマリアを見た。マリアは再びにっこりすると、後ろを振り返り、厳しい声で言った。
 「エン、もう一人助っ人頼んだから逃げちゃだめよ!今晩十二時、川向こうの時計館前に絶対来るのよ」
 いいわね、と言い捨ててマリアは足早に部室から去っていく。呆然とそれを見ていたゲキは、恐る恐る部室の中に入っていった。
 「たくよお、何だって俺が行かなきゃなんねーんだよ、あのオカルト娘っ」
 「エン…どういうことじゃ」
 んべえ〜と思い切り口を横に開いて舌を出しているエンに、ゲキは戸惑ったように訊いた。エンはむっすりとしたままゲキをちらりと見て、あーあと椅子にふんぞり返る。
 「そろそろ夏でお化けシーズンだから、その手の噂のあるお化け屋敷に探検に行くんだとよ。女の子一人じゃ危ないでしょ、だなんてマリアが言っても説得力ぜんぜんないぜ」
 嫌そうに言うエンに、ゲキは下駄を鳴らして歩み寄り、その両肩をがしっと掴んだ。
 「おわっ、何すんだよ、あぶねえだろ」
 「わしも行くぞ、そのお化け屋敷にっ」
 「あ…そう。じゃ俺はパスするぜ」
 がくがくと斜めになった椅子ごと揺さぶられ、バランスを崩してゲキにしがみついた格好になりながら、エンは呆れたように応えた。だが、しがみついた手を取り、ゲキはうるうるの涙目になってエンに顔を近づける。
 「ま、マリアさんと二人きりだなんてそんな、それはまずいぞ!一緒に行ってくれえ」
 「何言ってんだよ。チャンスじゃねーか。頑張れよ」
 にやりと笑って言うエンに、今度は両腕で音がするほど抱き着き、ゲキは真っ赤な顔で泣き付いた。
 「何をどうしたらいいか判らんのじゃあっ、頼むっ、一緒に行ってくれ」
 ぐりぐりと頭を押し付けてくるゲキに、エンはげっそりとなって天井を向き、溜め息を付いた。
 「判ったよ、いきゃいいんだろ。その代わり、またマリアに作っちまった借金肩代わり頼むぜ」
 「おおっ、任せておけ!ありがとうっ、エン、やはりお前は心の友だ」
 またもや嬉し泣きでぐりぐりしてくるゲキに、はいはいと頷いていたエンは、扉の方から漂ってくるただならぬ気配に気付いて視線を向けた。
 「何をしている…」
 凍り付いたような冷たい声を掛けられ、エンは驚いてそこに立っていたカイを見詰めた。綺麗に描かれたような眉根を寄せ、鋭い視線はゲキを睨み付けている。
 「カイ…」
 近付いてきたカイに気押されるようにゲキはエンから離れ、戸惑いつつ声をかけた。近くまで来たカイは竹刀をエンの前に突き出し、じろりと睨み付ける。
 「どこへ、何をしに、行く」
 どっひゃあ〜聞いてたのか、とエンは冷や汗を浮かべちらりとカイを見上げて笑みを浮かべた。
 「時計館へ…クラブ活動…に」
 「ほお、クラブ活動ね。確か…お前は帰宅部だったのでは?」
 「それがさー、またマリアに借金しちまって、臨時部員ってことに」
 へへへ、と愛想笑いをしてエンは自分の頬を指先で掻いた。ひゅっと音がして、今度は竹刀の先がゲキの方に向けられる。
 「お前は、何をしていた」
 「わ、わしは…その…わしも臨時部員じゃ」
 「ここの生徒ではないのにか」
 「そう堅いこと言うな。同じダグオンじゃろうが」
 な、とこちらも必死に愛想笑いを浮かべ、カイに言う。カイは目を閉じると、竹刀を引っ込め頷いた。
 「まあいいだろう」
 「ほ、ほんとかっ、良かったわい」
 「だが、一つ条件がある」
 ほっとするゲキに、カイは目を開けるとにやりと笑って言った。
 「私も行こう」
 「ええっ!何で」
 ぎょっとしてエンは椅子から立ち上がった。
 「真夜中にお前達だけでそんな場所に行かせたら、何が起きるか判らん。しっかりと監視させてもらう」
 「お化け屋敷なんだぞ」
 「お化けや妖怪など、この目で見えないものは信じないことにしている」
 エンが幽霊の格好をしておどろおどろしく言っても、カイは平然として言い切った。
 「まさか…怖いという訳ではあるまい」
 口調に笑いを忍ばせて、カイがエンに訊ねる。エンは一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、むっとした顔になって言った。
 「こ、怖い訳ねーだろっ、お化けなんてこの世にいやしねーよ」
 「ならば、いいな」
 「おおっ!」
 こっくりと頷いてからはっと気付いたがもう遅い。がっくりと顔を見てくるゲキに、エンも力無く肩を竦めて見せた。


 真夜中に三十分前、周りは小さいながらも鬱蒼とした林が囲み、明り一つ無い大きな屋敷の前にエン達は集まっていた。
 「なーんでカイまで来てんの?」
 「お化けなんて居やしないってさ」
 エンが説明すると、マリアはむっと膨れて手にした懐中電灯といつもの曲った鉄の棒を振り回した。
 「居るわよっ、毎晩変な音がするとか、白い人型が窓に映るとか、昼間入ってみると壁に血がべったりとか……」
 延々とここで起こった異常な現象を喚きたてるマリアに、ふんと鼻を鳴らしカイはちらっとエンの方を見た。何だか青褪めて徐々に身体を小さくしている。
 ふっと笑ってカイは竹刀でマリアの口を封じた。
 「判った。ならば、中に入って本当かどうか確かめてみよう」
 ええ、と頷いてマリアを先頭にしんがりはカイが努めて一同は、錆びて半分壊れている門を開き中へ入っていった。雑草が生い茂る庭を抜け、玄関ホールへと辿り着く。鍵は掛かっていないようで、マリアが手をかけると軋んだ音を立てて扉は開いた。
 中は広々とした吹き抜けのホールになっていて中央には上へ行く階段がある。マリアが確かめるように懐中電灯を回すと、その明りの中にぎらりと光る目が映った。
 「ひえぇっ!」
 「肖像画よ、先に行きましょう」
 びびって仰け反るエンに軽く言い、マリアは階段の方へと歩いていく。ゲキは感心したようにマリアを見詰め、慌ててその後を追っていった。ほっと息を吐いたものの、動こうとしないエンを急っついてカイは前へ歩かせる。嫌々ながら後を追ったエンは、カイの持っている懐中電灯の中をよぎるいくつもの肖像画にげっそりしながら階段を上っていった。
 あちこち壊れかけた階段に足を取られないようにしながら二階へ上がると、マリアは嬉々として廊下の壁を探っている。何があるんだ?とその手元を覗き込んだエンは、そこに小さな染みのようなものを見つけて首を捻った。
 「何だ、それ」
 「血よ…血で何かの記号をかたどっているの」
 「はあー、凄いですね、マリアさん。わしには、ただの黒っぽい染みにしか見えません」
 「くだらん」
 一言の元に言い捨てたカイを振り向きざまキッと睨み付け、マリアは懐中電灯を突き出した。
 「もしかすると、ここで魔物の召喚儀式か何か行われてたのかも」
 「へえ、それってメガテンみたいなもんか?」
 さっきまで少し青くなっていたエンが、漸く興味を持ったように某ゲームの名前を持ち出す。だが、マリアはそのゲームをしたことがなかったのか、判らないようにエンを見て溜め息を吐いた。
 「まったくもう、超常現象研究会の部員だったら、フリーメーソンやカバラくらい予習してきなさいよ。さて、今度は部屋の中を調べてみるわ。かなり部屋数があるから、手分けして探すのよ。魔法陣や蝋燭の燃え滓とか、人型とかちゃんと見てね」
 マリアはそう言うと、すたすたとその先の扉へ向かってしまった。慌てたゲキがどうしよう、とエンを見る。
 「着いていけよ」
 「だ、だがなあ、何を話したらいいんじゃ」
 おろおろとマリアの方や自分を見るゲキに、エンはがりがりと頭を掻いて、背中を両手で押した。
 「話してくれるぜ、きっと色々と。お前は相槌打ってりゃいいんだよ。もしもの時はしっかり守ってやれ」
 「お、おう!」
 マリアを守れ、と言われて漸く決心を決めたのか、ゲキは既に部屋の中に入ってしまった後を追いかけ部屋に駆け込んでいった。
 やれやれ、と力を抜き、エンはくるりと身を返す。だが、目の前にまだ難問があることに気付き、小さく溜め息を付きながら、顔を上げた。
 「って訳で、帰ろうぜ」
 「部屋を調べないのか」
 「もういいじゃねえか。元々ゲキの為に付いてきたんだしよ」
 腕組みをして見下ろしてくるカイに、エンは引きつった笑みを向ける。
 「年頃の男女を二人きりにする訳にはいかん」
 「本気で、あの、二人に何かあるって思ってんのか。あったら紅白まんじゅうでも買って祝ってやるぜ」
 手をひらひらさせて言い切り、エンはカイの側を擦り抜けて行こうとする。だが、カイはエンの腕を掴み、有無を言わせずマリアたちが入っていった部屋とは逆の方の廊下の端へ歩いていった。
 「か、帰ろうぜ〜」
 「せっかく来たのだ。幽霊は居なくとも、こういう場所は不良や悪人どもの根城になりやすい。さっきの黒い文字らしきものも、多分奴等がスプレーか何かで書いたものだろう。それを確かめる」
 マリアが聞いたらぶーぶー言いそうなことを言い、カイは突き当たりの部屋へ入っていった。家具も取り払われ、黴臭い匂いがして、窓に掛かっているカーテンは破れている。典型的な廃屋の趣に、エンは幽霊など居なくても、こういう場所は苦手だよなあ、とこっそり呟いた。
 懐中電灯をぐるりと部屋の中に向けると、一角できらりと反射が返ってくる。何だろうかと近付いて見ると、それは大きな等身大の鏡だった。
 壁に作り付けになっているそれに興味を覚え、エンはカイと共に近付いていく。周りを丁寧な飾りが取り巻き、何故か埃も被らず今磨かれたように輝いていた。
 「きれーだな。…あれ、これ何だ……」
 飾りの端に、小さな突起を見つけてエンはそれに指を引っかけた。するとそれはカチリと音がして下にずれ鏡がするすると横に動いた。ぎょっとして飛びすさるエンを止め、カイは光をそこに向ける。鏡のずれた後には暗い空間が広がっていて、下に降りる階段があった。
 「ひ、秘密の階段…か」
 「何故このような場所に…」
 カイの後ろに引っ付くようにして恐る恐る覗き込んでいたエンは、階段を見て今度は嬉しそうに飛び出し降りて行こうとする。
 「待て、何があるか判らんのだぞ。いきなり降りていっては危ない」
 「へーきへーき、なんか秘密基地みたいじゃん。カイ、明り貸せよ、随分長そうだぜ、この階段」
 うきうきとした口調に、呆れたような目をしてカイはエンに追いつこうと階段を降りていく。ちらりと後ろを向き、鏡がまたスライドして出られなくなるようなことはないだろうな、と危ぶんだが、そんな気配は無かった。
 階段は延々と続き、既に一階までは降りているだろう数を過ぎてもまだ先があった。地下室でもあるのだろうかと考えた時、前を行くエンが急に止まりカイはその背中に突き当たりそうになってしまった。
 「どうした?」
 「行き止まりだ…あ、でもまたなんか仕掛けがあるのかも…」
 適当にエンは行き止まりの壁を叩き始める。何回か叩き続けた時、ふっと前の壁がなくなり、エンは勢いあまって向こう側へ落ち込んでしまった。咄嗟に手を伸ばしてエンを掴まえたものの、いきなり足元の床もなくなり、二人は空間へと放り出される。
 「うわあーっ」
 「エンっ」
 掴んだ腕を引き寄せ、エンを抱き込みながら落ちていったカイは、次の瞬間何かに当たり、跳ね返って床に転げ落ちた。
 「だ、大丈夫か?カイっ」
 「あ、ああ…っつ…」
 受け身を取って転がったおかげでたいした怪我はしなかったものの、どうやら肩を少々打ったらしい。右肩を摩りながら眉を顰めるカイに、エンは心配そうな表情を向けてそっと手を伸ばした。
 「庇うことなかったのに」
 「…そんなことより、ここはどこだ」
 その手をするりと躱し、カイは手探りで落ちている筈の懐中電灯を探した。
 「地下室…かな」
 そこは畳で言えば八畳位の部屋で、壁際には書棚があり古そうな本が並べてある。ライティングデスクと大き目のソファがあり、どうやらそれに落ちたせいでさほど怪我はしなかったようだ。デスクの上には蝋燭の乗った燭台があり、カイは側に置いてあったマッチでそれに灯を点す。
 人工的な明りでなく、蝋燭のほんのりとした明るさが部屋に満ち、エンとカイは漸く落ち着いて部屋の中を見回した。
 「何でこんなとこに落ちたんだ?」
 「多分、あれだな」
 カイが上を指し示すと、ぽっかりと天井部分に穴が開いている。そこまで階段が来ていたのなら、どうしてこの中にまで入れないのだ。不思議に思って首を捻っているエンに、カイは竹刀で穴の手前側を示した。
 「ここにはしごがある。最後はこれを下ろして使うんだったのだろう。ソファのおかげで怪我はしなくて済んだが、さてどうやって戻るか」
 「俺が肩車してもらえば届かねえかな」
 エンの提案に、カイは嫌そうに眉を顰めたが他に方法はない。仕方なくその場にしゃがみこんだカイの肩に両足を回し、エンは頭に手を乗せた。
 「よっしゃ、いいぜ」
 「暴れるな」
 はしゃいで足を揺らすエンに、憮然としながらカイはゆっくりと立ち上がっていく。もうちょっとで手が届くかという時、急に生暖かい風が吹き抜け、蝋燭の炎を揺らした。ぎくりと身を竦めたエンは目の端をすうっと横切った白い物に硬直する。
 「…わ…わーっ!」
 「ど、どうしたっ、あ、こら暴れるなっ」
 パニックになって暴れるエンに、堪えきれずカイは倒れ込んでしまう。再びソファに助けられるようにエンをその上に放り出し、カイもまたバランスを崩して倒れた。
 エンの上に重なるようにして倒れたカイは、何があったのかと身を起こそうとした。しかし、下からぎゅっとエンに抱き着かれて身動きが取れない。
 「エン、何があったんだ」
 「…しっ白い…のが…飛んで…うわあーっ、やだやだーっ!」
 「落ち着け」
 ぎゅうぎゅうしがみつかれ、カイは途方に暮れた。無理に引き剥がすよりは、暫くこのまま落ち着くまで待とう、と自分も腕を回してエンを抱き締める。子どもをあやすようにゆっくり背中を叩いてやると、強ばった身体から徐々に力が抜けていった。
 エンの動きが落ち着いて来ると、今度はぴったりとくっついている生身が意識され、カイは僅かにうろたえた。普段こんなにまで他人とくっついたことはないからだろうか、心臓の鼓動まで感じられる近さに、頬が熱くなってくる。
 何を馬鹿なことを考えているんだと、カイは気を引き締めた。自分があやしているのはエンだ。か弱い女の子でもなければ子どもでも無い。同じ男で仲間の…
 だが、はっきり自分が抱き締めているのがエンだと今更認識すると、途端にカイの鼓動は早くなってくる。何故だ、どうしてだ、私は変になってしまったのか、と心の中でおろおろとカイが自問自答しているうちに、やっと落ち着いたのか、エンがもぞもぞと動きはじめた。
 「…カイ……」
 どっきーん!と四倍角くらいの文字で表せるほどカイの心臓は大きく波打った。腕の中から見上げてくるエンのちょっぴり潤んだ瞳がカイの脳髄を直撃する。
 「え…エン…」
 何か言いたげに開かれたエンの唇に、思わず唇を合わせてから、カイは自分の行動にぎょっとする。だが、離れなければと思う心の一方で離したくないという感情もまたしっかりと存在していた。
 「…っ…カ…イ…」
 腕を突っ張って漸くカイを引き離したエンは、驚いて自分の唇を押さえた。今のは事故だったのだろうか、それともキスというものをされたのか、どっちなんだろうとエンはぼんやりとした明るさの中でカイの表情を窺った。
 「あー…今の…は」
 「誰かに懐かれて居るのを見ると、苛々する。こうして触れ合うとどきどきする。目を、唇を見ているとキスしたくなる」
 「は?…」
 いきなり何を言い出すのかと、エンは焦りながらカイを見詰めた。普段見事なくらい古臭い物言いをするくせに、今日はどうしたのだろうか。
 「この感情と行動は何を意味するのだろう?」
 真っ赤な顔で真剣な眼差しをして訊いてくるカイに、エンは何となく嫌な予感を覚えつつも、応えなければならないような気になって言った。
 「そりゃあ…好きだ…ってことじゃないの」
 「抱き締めて離したくない。もっと深く触れ合いたい」
 言いながら腕の力を強めてくるカイに、ますます嫌な予感は高まり、エンは遅まきながら抜けだそうともがきはじめた。
 「あ、あの…さ…こんなとこで恋愛談議してる場合じゃないだろ。上に戻らねえと」
 さっき自分のせいで失敗したことも忘れ、エンは冷や汗を浮かべながらカイに言った。
 「嫌だ」
 きっぱりと否定するカイに、エンの目が点になる。
 「何言って…うっ…んんっ」
 再び口付けられ、エンは目を白黒させた。強く押し付けられ、こじ開けられた唇の間から熱い舌先が滑り込んでくる。
 カイは無我夢中でエンの唇を貪り、舌を絡ませ吸い上げた。知識や理性よりも本能で行動を進める自分に半分驚きつつも止められない。もっともっとエンが欲しかった。
 息苦しさに暴れるエンを押さえつけ、唇を離したカイは、今度はその滑らかな首筋に唇を這わせ始めた。  「止せっ…て…どういうつもりだよ」
 「さっき…お前が言っただろう」
 「何…」
 「それは、好きだ、ということだと」
 へ?とエンはカイを見詰めた。頭の中でさっきの会話と行動がぐるぐる回り、チーンと音を立てて答えが上がってくる。
 「そ、それって…お前が俺を好きだって…ことか」
 「正解だ」
 うっそー!と目を見開いてエンは呆然となった。どこをどうすれば、このくそ真面目で堅物で潔癖症のカイが男である自分を好きだなんてことになるのだろう、とエンはくらくらしてしまう。いや、単なる友情や仲間としての好き、なら自分もカイのことは好きだ。けれど、こういう行動を呼び起こすような関係は想像を絶してしまう。
 「ちょっと待て!間違ってないか、それ。もう一度考え直せ」
 再び唇を落とそうとしてくるカイの顔に手を掛け、エンは必死に訴えた。不愉快そうにエンの腕を取り、カイはじっと見詰め考えているようだったが、暫くするとにっこりと笑って言った。
 「検算してみたが、答えは同じだ」
 うわ〜っ、とエンは後ずさり逃げようとしたが、迫るカイの後ろにふわりと浮かんだ白いものを見て、思わず起き上がりカイの肩にしがみついてしまった。
 「エン」
 嬉しそうに抱き締めようとするカイの頭をばんばん叩き、エンは後ろを指差す。
 「ば、馬鹿っ、後ろ、後ろ見てみろよっ!」
 頭を叩かれ、馬鹿と言われてむっとしながらもカイは後ろを振り返った。ふわりふわりと浮かんでいる白いものが壁の向こうにスーっと消えていく。
 低い呻き声を上げて青褪めるエンをソファに置いたまま、カイは立ち上がり竹刀を構えてそれが消えた壁に向かった。気合を込めて竹刀を突き出し壁に打ち込んでいく。壁に当たり壊れるかと思った竹刀だったが、案に反してすうっと壁を突き抜けてしまった。
 不思議に思い、カイはそのままゆっくりと手を伸ばして壁に触れようとする。だが、その手も付き抜けてしまった。
 「どうなってんだ」
 「どうやら、これは実際の壁ではないらしいな。立体映像か…」
 起き上がってきたエンと共にカイはゆっくり壁に近付いていく。あっさりそれを付け抜け、向こう側に出た二人は、目の前にある物に驚いて目を見開いた。
 それは巨大な三角形だった。もう少し近付いて見ると、見えているのは上の僅かな部分だけで、下まで続いているそれはまるでピラミッドのようだった。
 「すっげー!」
 張り出している床の下を覗き込み、エンは驚愕の声を上げる。
 「これは…光を発しているのか?」
 疑問を呟いてエンの側までカイが来ると、白く光る物体がピラミッドの中に吸い込まれ、その場所がぽっかりと開く。そこから床に平行な場所に架け橋がかかり、まるで二人を招き入れるように入り口が淡く光った。
 「入れ…ってことか」
 どうする?と目で訊ねるエンに、僅かに躊躇したカイだったが、ここまで来たら引き返すのもつまらないと、頷いた。
 二人がその場所に入ると、ゆっくりと床が沈み始める。まるでエレベーターのように動いた床は、暫くすると止まり、再び別の方向に扉が開いた。
 「あ…あれ」
 中に入るとエンの指差す方向に白く光る物体が飛んでいく。それは壁に埋め込まれているひし形の赤い宝石のようなものの中に吸い込まれていった。
 途端にそこから光が走り、中が明るくなる。壁だと思っていたそれは、額の部分にその石をはめ込んだ大きな人型だった。壁に下半身が埋め込まれているような感じでそれは彫像のようにぬっと突き出ている。
姿形は人間とよく似ていたが、尖った耳と背中に生えているコウモリのような翼がまるで悪魔のように見えた。
 「やっぱ、マリアが言ったとおり、魔物の召喚ってしてたんじゃ…」
 「何を非科学的なことを」
 「だけどさ…うわあっ」
 眉を顰めて否定するカイにむっとして口を開いた途端、壁から細い触手が飛び出しエンの身体と腕に巻きついて宙づりにしてしまう。そのままエンは触手によって像に引き寄せられ、丁度胸元へぴったりと張り付けのような格好になってしまった。
 「エンっ」
 助けようとしたカイにも触手が伸びてくる。それを竹刀で打ち払いながら、カイは彫像へと駆け寄った。だが、目前で触手がまるで鉄格子のように組み合わされ、行く手を阻んでしまった。
 「なにっ」
 竹刀で打ち掛かっていくが、それは鉄のように硬くなりそれを弾いてしまう。格子に手を掛け揺さぶってみても、それはびくともしなかった。
 「くそっ…こんなものくらい」
 両腕を何とか外そうとエンは両腕に力を込めるが緩みもしない。そのうちに、身体全体を電撃のような痛みが走り、悲鳴が口を衝いて出た。
 「うああーっ」
 「エンっ!」
 電撃のようなものが身体を走り抜ける度に、力が無くなっていく。何度かそれが繰り返されると、彫像の目が光りを帯び、動き出した。
 『…力が…蘇る……』
 「なっ…」
 驚くカイの目の前で、それはぐぐっと身を乗り出し、壁から抜け出した。そして壁の方に向き直り、腕を押し付ける。すると、地の底から響くようなうねりと音がして床が動きはじめた。
 「これは…!」
 それが向いている部分が透明なスクリーンとなり、外が映し出される。どうやらピラミッドごと地下から抜け出して地上に出てきたようだった。
 『くはは…やっと活動できる……宇宙船の故障でエネルギーを使い果たしてからというもの、長い時だったぞ』
 宇宙船と聞いてカイは目を眇め、即座にダグオンに変身した。キックで格子をぶち壊し、宇宙人が居る場所へと走り出る。
 「エンを離せっ、宇宙人」
 くるりと振り返ったその宇宙人は、にやりと笑って鋭い爪を伸ばした指先を、ぐったりと胸の部分に貼り付けられているエンに向けた。
 『お前はダグオンか。私の邪魔をすると、こいつの命は無いぞ。大人しく見ていることだ』
 「くっ」
 悔しさに唇を噛んで、カイは動きを止める。宇宙人は高笑いをすると、額の石を光らせた。
 「ぐああっ!」
 「エンっ!」
 『くくく…今まで飛び込んできた地球人のどれよりも、この生体エネルギーはすばらしく強い。これならば、私が宇宙へ帰る時まで役に立つだろう』
 苦しさに喘ぐエンの青褪めた顔を見ながら、何もできない自分が歯がゆく、カイは拳を握り締めた。宇宙人はカイに背を向けると、コントロールパネルに手を触れていく。モニターには、ピラミッドの上部からエネルギー砲が放たれ、街を壊していく様子が映し出されていた。
 「…ばっか…やろ…ダグオンなら…こいつやっつけろ」
 俯いていたカイは、切れ切れに聞こえてきたエンの声にはっと顔を上げる。顔をしかめ、苦しそうにしながらもエンは力強い瞳でカイを睨み、言い続けた。
 「俺…に構うな…撃て!」
 『強い…強いぞ!この輝き、力があふれ出る』
 宇宙人の石が輝き、エンは再び苦痛の叫び声を上げた。カイが躊躇していると、再びピラミッドは揺れ、床が波打つ。
 轟音と共に床は裂け、大きな穴の中からドリルゲキへ変身したゲキが飛び出した。そのままコントロールパネルにぶち当たり、破壊する。
 「ドリルゲキっ!」
 「なんじゃい、ここにおったのか。お化けじゃなくて宇宙人だったとは、またマリアさんががっかりするぞい」
 『おのれ…私の船をよくも、こうなったら地球上の街をみな破壊してやる』
 そうはさせるか、と身構え飛び掛かろうとしたゲキをカイが引き止めた。
 「なんで止める?」
 「エンが…いる」
 カイの苦渋に満ちた声に、ゲキは驚いて宇宙人を見た。宇宙人は怒りに燃えて翼を広げ大破したピラミッドの中から飛び出していく。ちらりとその胸に見えたエンに、ゲキはぎょっとしてうろたえた。
 「どうした」
 「何があったんですか?」
 騒ぎを聞きつけてダグビーグルに乗ったシンとヨクが近くに降り、ピラミッドから出てきたカイとゲキに訊ねた。手短に訳を話したカイに、二人とも押し黙ってしまう。
 「とにかく、追いましょう。どうしたらエンを助けられるか判りませんが、ここでこうしていても仕方ありません」
 ヨクのもっともな言葉に、カイも頷いて自分のビーグルを呼び宇宙人の後を追った。昼間ならばサラリーマンやOLで賑わう街も今はひっそりとしている。その中央通に宇宙人は降り、両手を伸ばして稲妻を放った。
 打たれた部分は崩れ、火の手が上がる。更に街を破壊しようとした宇宙人は、背中から撃たれて大きくよろめいた。
 「それ以上はさせん!」
 それぞれ融合合体したカイ達が回りを取り囲むように立ちはだかる。宇宙人は嘲るように笑い、胸を突き出した。
 エンの姿を見て、攻撃しようとしたシンの動きが止まると、宇宙人は腕を突き出し殴り飛ばす。同時にしっぽで後ろに居たヨクも張り倒し、宙に飛び上がった。
 「エンっ」
 ダグシャドーとなったリュウが刀を抜き、拘束している触手を切ろうと打ち掛かっていくが、するすると躱されて足蹴にされてしまう。ライアンも、一歩間違えればエンごと貫いてしまうのではと、攻撃を躊躇していた。
 「ちくしょうっ、あれじゃ攻撃できねえっ」
 「エン…」
 ゲキはぎりぎりと歯噛みをして悔しがる。カイは意を決して飛び上がり、宇宙人に対峙した。
 「それ以上勝手にはさせん」
 『こいつがどうなってもいいのか』
 ふん、と鼻を鳴らして宇宙人が見せびらかすように胸を突き出した。それを見るとやはりカイもまた怯んでしまう。そこに宇宙人は容赦無く攻撃を仕掛け、地面へ落ちてしまってからも攻撃を止めようとはしなかった。
 「く…くそ…」
 とどめとばかりに宇宙人は手先を鋭く突きだし、一本の剣のようにすると地面に横倒しになっているダグターボに突き刺そうとした。
 「やめろおぉーっ!」
 ぐぐ、と宇宙人の動きが鈍り、剣先がダグターボの胸元僅かで止まる。はっとしてカイが宇宙人を見ると苦しげに片手で胸元を押さえている。その掌の間から見えるエンは、苦しげに顔をしかめ必死に宇宙人を抑えているようだった。
 「カイ、今の内だ。これを使え、お前ならできる」
 よろけながら起き上がったカイに、リュウが自分の刀を渡して言った。普段から竹刀を持ち、暇さえあれば稽古をしているカイならば、エンを傷つけずに救い出すことが出来るだろう。
 「だが…」
 躊躇うカイに、宇宙人はエンの抑制を振り切り飛び掛かってきた。
 「ダグターボっ!」
 一同が叫ぶ中、まるで見事な居合いを演じたようにダグターボの持つ刀が一閃し、ばらばらとエンを拘束していた触手が解けた。
 「エン!」
 ゆっくりと地面に落ちていくエンをガードホークが受け止め、空に飛び上がる。それを見たカイはシン、ヨク、ゲキに呼びかけ超重連合体を行い宇宙人に向かっていった。
 「今までよくも弄んでくれたなっ」
 『ぐぐ…くそおおっ、もう少しのところで…ああぁ…力が抜けるぅう…』
 呻く宇宙人に、スーパーライナーダグオンは最後の一撃をくれた。


 「大丈夫なのか?」
 「ファイアーレスキューを呼んだ方がいいんじゃないですか」
 地面に横たわるエンを抱え上げるカイに、変身を解いた皆が心配そうに見守っている。ただ、ゲキだけは残してきたマリアが心配だと、時計館へ戻っていった。
 「平気…だ。ちょっと疲れてるだけだから…ねむ…」
 ふああ、と大きな欠伸をするエンを横抱きに抱え上げ、カイは歩きはじめる。驚いて見ていた皆は慌てて後を追った。
 「お、おい、どこ行く気だ」
 「取りあえず、私の家へ連れて行く」
 その応えにぎょっとしてシンとヨクは顔を見合わせる。白々と明けてくる空をバックに去っていくカイを、リュウは僅かに眉を顰めて見ると、踵を返した。
 腕の中ですっかり眠ってしまったエンを、僅かに笑みを浮かべて見詰めながらカイは自分の家に戻るとそっとベッドに下ろした。
 上着を脱がせてそっと掛け布団をかけると、カイはベッドの側に机の方から椅子を引き寄せて腰を下ろした。もうすっかり夜が明けていたが、今は夏休みだから、学校を休むことにはならない。カイは竹刀を横に置き、腕を組むとじっとエンの寝顔を見続けていた。
 眠りの深淵から多大なる欲求に突き動かされて、エンはぱっちりと目を覚ました。何度か瞬きをすると、見なれぬ部屋の天井に首を傾げる。欲求を訴え続ける腹を押さえ、ぐるりと寝返りを打ったエンは、直ぐ側に腰を下ろしていたカイの姿にぎくりと動きを止めた。
 腕を組んだまま目を閉じているカイは、なるほど女子が騒ぐ訳だと納得出来るほど端整な顔をしている。ちょっと乱れている前髪が影を落としているのも、美形度を増しているようだ。
 暫くカイの顔に見とれていたエンは、何故自分がここに居るのかと漸く疑問を思い出してそっと起き上がった。
 「…起きたか」
 「わっ」
 上半身を起こした所で、カイの目が開く。驚いてベッドの上に正座してしまったエンは、近寄ってきたカイに身を縮こまらせた。
 「大丈夫そうだな…」
 そっとエンの頬に手を当て、にこりとカイは微笑む。
 「…こ、ここは?」
 「私の部屋だ」
 それを聞いてものめずらしげに部屋の中をきょろきょろ見回すエンの腹が、くぅ〜と鳴いた。カイは呆れたように目を眇めると、手を離した。
 「腹減った」
 「判っている。ちょっと待っていろ」
 部屋を出ていくカイを正座したまま見送ったエンは、その姿が見えなくなるとばったりと再びベッドに横たわった。
 「…確か、宇宙人やっつけて…どうしたんだっけ?…疲れて眠くて…」
 うーん、と首を捻る。そういえば、ふわりふわりと身体が浮いて気持ち良かったような気分を思い出した。あれはもしかしてカイが自分を運んでいる時の感覚だったのか。でも、何故レスキューを呼ぶとかしなかったのだろう。
 かちゃりと音がして何かを盆に乗せたカイが戻ってきた。湯気を立てているのは大盛りのカレーで、エンはそれを受け取るとがつがつと食べはじめる。カップになみなみと入れられていた牛乳も一息に飲み干し、エンはごちそう様とスプーンを置いた。
 「あー、美味しかった。まさかカイが作ったのか?」
 「夕べの残りを暖めただけだ。今日は朝から両親ともゴルフに行ってしまっているのでな。こんなものしかないが」
 「へえ、二人でゴルフねえ。でも、こんなものってこと無いぜ。ほんとに美味かったもん」
 夫婦でゴルフとは、ブルジョワなのかそれとも趣味か。そういえば、この部屋もかなり広くて冷暖房からテレビその他電化製品が揃えられている所をみると、カイの家ってばお金持ち?とエンは感心していた。
 盆を机の上に置き、カイは再び椅子をベッドに近づけると腰を下ろす。
 「そ、そろそろ帰ろかな」
 「帰さない」
 「え?」
 カイの言葉に驚いてエンは目を見開いた。いつにもまして真剣な表情のカイがじっとエンを見詰めている。
 「か、カ…イ」
 ゆっくり抱き締められ、そのままベッドに押し倒されてエンは呆然としたまま硬直してしまった。その先をするでもなく、ただ抱き締めてじっとしているカイの体温を感じて、エンは抵抗もせずにいる自分に僅かにうろたえる。
 これでカイが前のようにいきなりキスしたりしてくれば、力一杯暴れるてみるのだが、ただこうしているだけなら何となく宥められているような、安心出来るような感じで悪くはない。
 「どきどきする」
 え?とエンは小さく呟いたカイの言葉を聞きとって顔を見た。僅かに赤く染まった顔で目を閉じたカイは身を浮かせるとエンの手を自分の胸に当てた。
 「ほら…」
 「あ…うん…」
 にっこりと笑って言うカイに、エンはどうしていいか判らずほてった顔を背けた。カイと同じくらい自分も顔が赤くなっているに違いない。男同士でこんな風に抱き合っていて顔を赤くしているなんて、何だか変じゃないか、と心の隅で思うのだが、真面目なカイの顔に茶化すこともできなかった。
 「こんな気持ちになるなどとは思わなかった。好きな人と触れ合うことがこんなに胸を高鳴らせるものだとは」
 「そうだな…俺も、嫌いじゃないぜ。こーいうの」
 元々スキンシップは好きな方である。べたべたするなと言われるくらいに。
 にこりと笑って言うエンを再び抱き締めたカイは、エンの耳元に唇を寄せゆっくりと移動して口付けた。うっかり抵抗もせずにそれを受け止めてしまったエンは、徐々に深くなっていく口付けに、まずいと思いながらも引きずられてしまった。
 舌を絡め取られ、甘噛みされてエンは喉を鳴らす。口中を隈なく愛撫しながらカイは、抱き締めていた手をエンのシャツの裾から入れて地膚を撫でた。
 服越しでなく、もっと直に感じたい、触れたいとカイはエンの胸を撫で、もう片方の手でシャツを捲り上げていく。現れた鎖骨から胸へゆっくりと味わうように唇を這わせ、手で愛撫していた胸に突起を見つけるとそれを集中的に指先で嬲っていく。
 「…ちょっ…カイっ…いくら好きだっても…男同士で…」
 深い口付けと撫でられる気持ち良さにぼんやりしていたエンは、敏感な部分への直接的な愛撫に漸く我を取り戻してカイを止めようと手を伸ばした。
 「男だろうと構いはしない。私はお前が好きだ。触れたい…もっと強く、確かに…したい」
 エンの手を軽く躱し、カイは指先での愛撫で硬くなった突起に舌を這わせた。びくりと身じろぐエンの反応に微笑み、さらに突起を舌先で転がすように愛撫する。もう一方も指で摘まむように刺激を与えると、エンの口から掠れた声が漏れた。
 「はっ…ぁ…?」
 自分の上げた声に驚いて、片手でカイの頭を胸からどけようと伸ばしながらエンは手で口を押さえた。だが、カイの頭は全く動かずに、エンの声や反応を楽しむように突起を執拗に愛撫していく。
 徐々に熱が下半身に集中してきて、エンはうろたえカイから逃れようと身を捩った。途端に、ぎゅっと押し付けられたカイの下半身も熱を帯びていることを知り、ますます身体が熱くなってしまう。
 「やっ…やめろっ…カイ」
 「この熱は…そうか」
 何を納得したのか、カイは手をエンの下腹部に伸ばし服の上からやんわりと握り締めた。
 「さ、触んなっ!あっ…ああ」
 じたばたと暴れ出す足を自分の足で押さえつけ、カイは身を起こすとエンのズボンを下着ごと引き降ろした。外に出て半ば勃ち上がっているエン自身を慎重に手の中に収めて上下に動かす。
 力の入らない手でカイの手を引き剥がそうとエンは爪を立てたが、再びカイの片手が胸を撫で始めると、ただ押さえているだけとなってしまった。
 眉根を寄せて熱い吐息を漏らすエンを見て、カイの身体は更に熱くなってくる。その熱さに耐え切れぬように、カイはきっちり着込んでいた制服の上着を脱ぎ、下腹部を圧迫している下の方も取り去ってカッターシャツ一枚の姿になった。
 喘ぐエンの唇に誘われるように口付け、カイは一層強くそれを扱いていく。親指で弾ち切れそうな自身の先端を擦り上げると、くぐもった呻き声を上げエンは果てた。
 「…はあっ…はぁ…カ…イ…」
 「エン…」
 べったりと手に付いたエンの放ったものを見詰めていたカイは、それをぺろりと舐めた。薄っすらと目を開けてカイの方を見ていたエンは驚いて目を見張ってしまう。
 「か、カイ、んなもん舐めるなよっ」
 「お前のものなら、平気だ」
 微笑んで言うカイに、エンは真っ赤になってしまった。あんなに生真面目で頑固で清廉潔白が売りだったカイなのに、どうなってしまったのだ。
 カイは再びエンに触れようとしてびくりと動きを止めた。エンが何だ?と思っていると、太股に熱く脈打つものが当たり、それがエンに触れるたびに辛そうにカイは眉を顰めている。
 ぎょぎょっとして、どうしたらいいのか、と瞬間考えたエンは手を伸ばしてカイ自身を握り締めた。途端に低く呻いてカイはエンの手を押さえつける。
 「エン?」
 「…あの、その…辛くねえ?俺ばっかりじゃなんだから…」
 半ば無理矢理されてしまったというのに、そんなエンの言葉にカイは戸惑いつつも嬉しさに笑みを浮かべて首を横に振った。確かに手でやってもらうのも悪くはない。が、カイはもっと深い所でエンと繋がりたかった。
 「私はエンと一つになりたい」
 抱き締められ、耳元に囁かれたエンは首を傾げた。一つになるとは、どういうことだろうか。男女でこういう場合はどうするのか判るけれど、男同士でなんて出来るのか。
 カイは首筋に口付けながら、まだエンの放ったもので濡れていた指をゆっくりと奥まった場所へ滑らせていく。カイとてさほど知識がある訳では無かったが、現代では見たくなくともその手の話題は目に触れるのだ。特に風紀委員長として取り締まっている時にも、その手の本を見たりしたこともあって酷く驚いたものだった。
 それが実践で役に立つとは、と心の中で溜め息を吐きつつ強ばっているエンの身体を解すようにあちこち手で撫でながら、指を侵入させていく。
 「わあ…っ、な、なんてとこに指突っ込んでんだよ」
 「ここで私と一つになるんだ」
 いくら宥められているとはいえ、異物がそんな場所に入ってくることに身を縮まらせていたエンは、カイの言葉にびっくりして見詰めた。
 「うっそお…」
 「力を抜け」
 言いながらカイは口付け、再びエン自身を愛撫し始めた。
 カイの指は二本に増え、エンの内部をかき乱すように解していく。指先で引っかかれるように撫でられたある一点に、エンは背筋を駆け抜ける快感を感じて身を仰け反らせた。
 「ああっ?…な…」
 その部分に指が触れるたびに、びくりびくりとエン自身が勃ち上がっていく。カイは一瞬驚いたが、にこりと微笑むとゆっくり指を引き抜いた。
 「エン…」
 囁くように名を呼び、カイは熱く滾る自身をゆっくりとエンの内部に挿入していった。
 「ぐっ…ああっ!」
 顔をしかめ痛みを訴えるエンを宥めながら全てを中に埋め込む。熱く絡み付くエンの内部に、カイは逸る自分を抑え口付けると、徐々に動きはじめた。
 「ああっ…カイ…カ…イっ」
 痛みと、何か判らない感覚が走り、エンは涙を浮かべてカイの名前を叫ぶ。カイはエンの媚態に堪えきれなくなり、動きを速め顔中に口付けを降らせていった。
 「…エン!…」
 ぎゅっとしがみついてくるエンに、カイは情熱の全てを注ぎ込むように抱き締めた。


 傷を負ってしまった部分に手当てを施し、身を清めて新しいパジャマに着せ替えると、カイはエンの隣に横になった。ゆるく抱き寄せて胸に頭を持たれかけさせ、頭を撫でる。
 「…カイ」
 眠っているとばかり思っていたエンに呼ばれ、カイは僅かに驚いてその顔を見下ろした。
 「何だ?」
 「本気なのか」
 「無論。冗談や酔狂でこんなことはしない」
 きっぱりと言い切るカイに、エンは溜め息を吐いて目を閉じた。犯られた後で聞くのも間抜けだが、一応ちゃんと確かめて置きたかったのだ。
 カイとて人の子、欲情することもあるだろう。たまたまこんな風に触れ合ったのが自分で、免疫の無いカイが堪えきれなかったということも考えられるけれど。
 そう考えると胸の奥がずきりと痛んだ。そうなって初めて、エンは自分は思ったよりもカイが好きだったことに気付く。でも、認めてしまうのは癪に障るのでそれは向こうに置いておこうと心に誓う。
 「感情とは…御しがたいものだな」
 「?」
 何言ってるんだ、というように見ているエンに微笑みかけ、カイはするりと手をエンの胸に当てる。
 「肉体もだ…私は自分がこんな風に誰かを欲することがあるなど思いもしなかった。触れ合うことが安心できて、気持ちがいいことだと。ずっとこうして…離したくないなどと…」
 「は…恥ずかしい台詞をマジな顔で言うなあっ!お、俺は…別に…お前が好きだなんて言って…ないし…」
 カイの真剣な表情に見詰められ、語尾が小さくなる。ぐいと抱き寄せられ、強く抱き締められてエンは口を閉じた。
 「誰か他に想う人間が居るのかっ!」
 「い…居ない…けど」
 きりきりと眉を吊り上げおっかない表情で迫るカイに、エンはぷるぷると首を横に振る。途端に嬉しそうに笑むカイを見て、思わずさっき決心したのにくじけそうになった。
 「エンっ」
 すりすりと擦り寄ってくるカイに、大きく溜め息を吐き、取りあえず考えるのは明日にするか、とエンはゆっくり目を閉じた。


                                  ちゃんちゃん

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