夏の思い出


 レポート作成のためにモニタを見つめ続けていたせいか、目と首が痛い。我夢は漸く出来たそれをセーブすると、首と肩を回した。
「お、出来た出来た。よくやったぞ、我夢」
「…サトウ、誰のせいでここまで遅くなったか判ってるよね」
 いやあめでたい、とサトウは満面に笑顔を浮かべて我夢の肩を叩いた。ちらりと後ろにきつい視線を送ると、慌ててサトウは我夢の肩を揉み始める。それを苦笑しながらマコトとナカジは眺めていた。
 ジオベースでの仕事を終えて大学のラボに来た我夢は、半分泣きそうになって縋り付いてきたサトウに目を見張り、残りの二人から事情を聞いて天を仰いだ。せっかく終わりかけていたレポートの大部分を、サトウがうっかり消去してしまったフォローで我夢の半日は終わり、自分のレポートに手を着けられなかった。
「今度奢るからさー」
「今度っていつだよ」
「えっ、そりゃ今度だよ」
「サトウの『今度』はあてにならないからな」
 ナカジの言葉に、マコトも頷く。そんなことないさと項垂れるサトウに、我夢は溜息を付いて立ち上がった。
「じゃ、僕帰るよ。また明日」
「送っていこうか」
 キーを鳴らして言うマコトに、我夢は僅かに逡巡した後首を横に振った。今からジオベースに戻るには遅すぎる。今日はどこかのビジネスホテルに泊まると告げると、マコトは眉を顰めた。
「なんだよ、そんなら俺んちに泊まればいいじゃないか」
 いつもなら遠慮なくマコトのマンションに転がり込む所だったのだが、最近そうもいかなくなってしまったのだ。  訝しむ三人を残し、我夢は足早に大学を後にした。
「車、やっぱ欲しいなあ」
「遅かったな」
 暗闇の中から突然声がして現れた影に、我夢は驚いて一歩飛び退いた。
「藤宮、びっくりした。どうしたの、こんな遅く」
 現れた理由の大部分は見当が付いたが、我夢は取り敢えず聞いてみた。藤宮は僅かに眉を顰め踵を返し歩き始める。
「送っていく」
「今日はジオベースには戻らないんだ。今日の分出来なかったから明日もこっちへ先に来て、済ませないと。だからどこか適当な近くのホテルに泊まろうと思って」
 駆け足になって藤宮の脇に追いつき、我夢は早口で説明する。足を止めた藤宮に、解ってくれたのかと安心して笑みを浮かべ、我夢は別の方向へ歩き出そうとした。
「ホテルだな」
 腕を捕まれ我夢は冷や汗を浮かべる。逃げ出すのは無理だと判断して、我夢は大人しく藤宮と並んで歩き出した。
 車に乗り込み、我夢は藤宮の端整な横顔を横目で見つめた。昔からずっと好きだった人。戦いの時には対立して傷ついて憎まれて、それでも嫌いになれなかった。それを告白してから迷惑になってはいけないと離れようとしたのに、どういう訳かこんがらがって結局側にいると約束してしまった。
「調査には行かないの?」
 確か明日からベーリング海峡周辺の調査が入ってると、チームマーリンの今井から聞いている。アルケミースターズの一員としてばかりでなくGUARDにも協力している藤宮なら、その調査に行かないことは無いはずだ。
「行くさ、もちろん」
 藤宮の言葉に我夢はほっとしてシートに凭れた。自分の手伝いや送り迎えで藤宮の貴重な時間を潰していると、我夢は心配していたのだ。先日の海で約束した以来、前のように強引に送り迎えをしたり監視するような態度をとったりはしなくなったが、それでも藤宮の研究時間は少なくなっている。
「よかった…あ、この辺のホテルでいいよ。あまり遠いと明日大変だし」
 小さく呟き、我夢は藤宮に通りに面したビジネスホテルの看板を指さした。だが、藤宮はスピードを緩めようとせず、そこを通り過ぎてしまう。焦る我夢を無視して藤宮は通りの角を曲がった。
 その真ん前には派手に輝く看板が見える。いわゆる、休憩いくらお泊まりいくら、というファッションホテルで、車がそこに向かっているらしいと気付いた我夢は、冷や汗を浮かべた。
「ふ、藤宮」
 どうしよう、とおろおろしていた我夢は、さらにそこも通り過ぎ誰でも知ってる大きなホテルの玄関口に入ったのを見て、呆然と藤宮を見た。
「どうした? ここじゃ不満か」
「い、いや、そんなことないけど」
 にやりと笑う藤宮に、からかわれたのかと我夢はがっくり肩を落として車から降りた。藤宮も当然のように降りて車をドアマンに預けると、勝手知ったるという様にフロントに行きさっさとカードキーを受け取ってエレベーターに向かった。きょろきょろ辺りを見回していた我夢は、慌てて藤宮の後から乗り込んだが、車の中とはまた違う狭い密室で二人きりになったことに鼓動が早くなる。
 最上階で降りると一番奥の部屋へ向かう。入った部屋は二間でスイートにありがちな豪華な装いではなく、ビジネス向け長期滞在客用なのか、割と実務的な机とFAXなどの事務機器一式が揃いあった。
「食事はルームサービスでいいな。先にシャワーを使え」
 ホテルの一室と言っても、普通の部屋のような感じに一旦鼓動の早さは元に戻ったものの、そう言われてシャワーを浴びにバスルームに入った我夢は、浴びるうちにまたどきどきしてきた。
 もう肉体的繋がりは求められないだろうと解っているが、一晩一緒に泊まるということになんとなく胸が高鳴るのだ。これは不安や恐怖の高鳴りではなく、完全に恋する者のそれである。
「馬鹿みたいだ」
 我夢は自分だけ昂揚していく気分を冷やすために、シャワーを水に切り替えて頭に浴びた。バスルームから出ると、すでにルームサービスのワゴンが運び込まれている。藤宮はノートパソコンを取り出してデータを打ち込んでいた。
「上がったよ。これ食べてもいい?」
「ああ」
 液晶画面から顔を上げ、我夢を一瞬見ると藤宮は目を逸らしノートを閉じた。
「食べ過ぎて腹壊すなよ。ワインもあるが飲み過ぎるな、潰れても明日起こしてやらないぞ」
「わかってるよ、子供じゃないんだから」
 藤宮の馬鹿にしたような言葉に、我夢は一気に気分が落ち込んで、ワゴンの覆いを取ったもののサンドイッチを一つ摘んだだけで止めてしまった。隣の部屋を見るとベッドはダブルサイズのものが一つしかない。ダブルの部屋をシングルユースで使っているのか、もともと一人用部屋なのか知らないが、ここに寝る訳にはいかないだろうと我夢は一枚毛布を剥ぎ取ってソファに戻った。
 頭は水を浴びたせいかまだ乾かない。部屋の温度は快適だから風邪は引かないだろう。我夢はそのままソファに寝転がると目を閉じた。
 軽く揺さぶられて我夢はぼんやり目を開いた。目の前に綺麗な顔がある。眉間に寄せられた皺に、せっかくの美形が台無しだと思いながら我夢は再び目を閉じようとした。
「こら、起きろ。こんな所で寝るな」
 藤宮は我夢の上から毛布を取ると、両腕を掴んで引き上げた。寝ぼけ眼で起きた我夢は、背中に暖かい感触を覚えて目を瞬かせる。
「食べなかったのか」
 耳元で声が聞こえ、我夢はびくりと肩を竦めた。漸くはっきりしてきた意識の中で判ったのは、自分が藤宮の足の間に座り背中を預けたちょっとどころでなく恥ずかしい格好でいるということだった。
「え、えっ、ちょっと藤宮、こんなの」
 焦って開いた我夢の口の中に、藤宮はフルーツを放り入れる。咳き込みそうになりながら我夢はそれを噛み、飲み込んだ。
 文句を言おうとする口に、次々に藤宮は食べものを入れてくる。仕舞いに諦めた我夢は、大人しくそれらを食べ始めた。
「もう、お腹一杯だよ」
 ワゴンの上の物があらかた無くなってくると、藤宮の手の動きも遅くなりやっと我夢は言葉を発することが出来た。
 藤宮は器用にワインを取ると、栓を抜きグラスに注いだ。食べ疲れてぼんやりしている我夢に藤宮はそれを渡す。喉が乾いていた我夢はワインを一口飲む。意外と飲みやすいその残りを我夢は一気に飲み干した。
 グラスを取り上げ、藤宮は再び注ぐと今度は自分で飲み始めた。お腹が満たされたのと、ワインの酔いでいい気分になった我夢は藤宮に凭れた。
 藤宮はグラスを置くと、我夢の身体に腕を回し、ゆったりと抱き締める。ふんわりと漂うような感じでいた我夢は、藤宮の手がホテル備え付けの浴衣を潜って胸に触れ始めても抗えなかった。
「あ…」
 藤宮の長い指先が我夢の胸の突起を捉え、転がすように弄び始める。ほろ酔い加減で感じやすくなっていた我夢は、思わず声を出してしまい驚いて自分の手で口を塞いだ。
 口に当ててない方の手で、胸を愛撫している藤宮の腕を我夢は押さえようとする。だが力が巧く入らず、藤宮の手は我夢の素肌の滑らかさを味わうよう動いていた。
 藤宮は我夢の耳元に唇を押し当て、そのままうなじに沿って肩口まで這わせていく。緩く縛られた浴衣の帯は解かれ、いつの間にか我夢の前は開かれていた。
 胸の突起を指で押し潰すように擦り上げていた藤宮は、もう片方の手を腹から下着に覆われた我夢の下腹部へ滑らせた。
「わっ…駄目だ」
「冷たいな」
 囁く声に、我夢は自分の態度を責められているのかと思ったが、藤宮が髪を唇を押し当てて言ってるのを知って、そのことかと納得した。そんなことを考えてるうちに、藤宮の手によって高められた身体はどんどん熱くなっていく。
 反応し始めた下腹部を隠すように我夢は身を半分に折って、藤宮の手を押さえた。藤宮は口端を上げるように笑って我夢の下着の中に手を差し入れ、直に愛撫し始める。
 これ以上反応しないようにと、我夢は身を捩り手から逃れようとするが、バランスを崩した所で膝裏を掬い上げられ、足を大きく開いた形で藤宮の膝の上に固定されてしまった。
「や、やだっこんな…ぅ…」
 藤宮は暴れようとする我夢の口の中に指を差し入れ黙らせると、ゆっくり我夢自身を育て上げていく。あっという間に張りつめたそれから滲み出す先走りの液を、藤宮は塗り込めるように親指で先端を回した。
「ああっ…」
 我夢はその刺激に堪えきれずに放ってしまった。がくりと頭を垂れる我夢の口から唾液で濡れた指を抜くと、藤宮は我夢の奥に秘められた部分を解すように愛撫していく。指を挿入しようとした藤宮は、ぎゅっと強く握りしめる我夢の手が震えてる事に気付いて動きを止めた。
「怖いのか…そうだろうな、俺にさんざん酷い目に合わされたんだからな」
 手を引き、自嘲するように言う藤宮の声に、我夢は閉じていた目を開いた。
「怖い…けど、君がほんとに…したいなら」
 藤宮は言葉で答えず、強く我夢を抱き締めた。丁度腰の辺りに当たる藤宮自身が、熱く堅く脈を打っているのを感じて我夢はごくりと唾を飲み込んだ。
 抱き締めている腕に手を掛け解くと、我夢は姿勢を直して身を返し、藤宮の両足の間に跪いた。驚いたように見ている藤宮を一度見上げると、浴衣の裾を広げ張り詰めている藤宮自身を取り出して思い切ったように口に含んだ。
「我夢」
 ぎこちなく我夢はそれに舌を這わせ、口腔に入れて上下に扱き始める。拙い愛撫だったが、藤宮のそれはみるみるうちに大きくなって、我夢の口内を圧迫した。
 藤宮は我夢の苦しげな表情と寄せられた眉根に、更に情欲を煽られ止める間もなくその口中に放ってしまった。
 口元を押さえ咳き込む我夢にはっとして、藤宮は顔を上げさせる。飲みきれなかった藤宮のものを拳で拭うと、我夢は微笑んだ。
「藤宮」
 藤宮は我夢の腕を引き、胸の中に抱き込むと口付けた。そのまま我夢をソファに横たえ、藤宮は丁寧に指を、唇を這わせていく。
 さっきまで指で弄んでいた突起を唇に含むと、舌先で転がすように愛撫する。もう一方も同じように舌を絡めながら、手を我夢自身に伸ばした。
 再び愛撫を受けたそれは、すぐさま勃ちあがり藤宮の手の中で熱く脈打ち始めた。藤宮は手の中で震えるそれに唇を寄せ、舐め上げる。
「あっ…や…だ」
 我夢の手が藤宮の頭に埋まり、押し戻そうとする。が、その動きに合わせ、藤宮は頭を移動しもっと奥へと舌を伸ばした。
「やっ…汚いよ、そんなとこ…」
 我夢は藤宮の舌が秘部を解し始めるのを感じて顔を真っ赤に染め、引き離そうとする。藤宮はその抵抗を封じるように、我夢自身を握りしめて緩く扱き始めた。
 我夢は前への愛撫と後ろへの行為に抵抗する力も抜けて、息を荒げながらただ藤宮の髪に指を埋めるだけになる。
 我夢の力が抜けた両足を抱え上げ、藤宮はゆっくり自身を挿入していった。途中、我夢の身体に力が入ると、焦らずに止め、前への愛撫を深める。全てが入ると、藤宮は身体を倒し、我夢を抱き締めた。
「我夢…」
「…平気…」
 うっすらと目尻に浮かんだ涙を唇で拭い、藤宮は腰を突き上げ始める。我夢は両腕を藤宮の背中に回し、しっかりと抱き締めた。
 眩しさに目を覚ました我夢は、瞬きを何度かするとここはどこだろうとぼんやり天井を見上げた。見慣れぬ景色に首を回すと、いきなり藤宮のアップが視界に入って硬直する。漸く思い出した我夢は、溜息を付いて上半身を起こした。
 藤宮は優しくしてくれたから身体は以前よりきつくない。自分が欲するのと同じように藤宮も欲してくれたのが嬉しかった。でも。
 我夢の目から透明な滴が一筋頬を流れ落ちる。
『好きになってくれたらいいのに』
 言葉は吐息に代わり、我夢はそっと藤宮に口付けた。


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