君を想うとき−2−

 自分でバイクを運転し移動するのは好きだが、一条に車で送って貰うのも五代は好きだった。自分の話を真剣に聞いてくれて、何と言うこともない応えを返してくれるのも好きだった。時折本気で心配してくれて、怒鳴ってくれるのも嬉しかった。父親はいつも不在がちで上からきちんと怒られた覚えがなったから新鮮だったのだ。
 一人で決めて一人で行動するのが普通だったのに、いつのまにか一条の助けを借りて行動も共にすることが多くなっている。それが嫌じゃないのが不思議だった。
 五代は車を運転している一条の横顔をちらりと見ながら、薄く微笑んだ。こうして狭い空間に二人で居るのは息苦しいと思う時もあったけど、今はとても安心できて楽しい。きりりとした横顔が寝ている時は意外と幼い感じになるという、きっと親御さん意外は誰も知らない秘密を知っていることが嬉しかった。
 そんな自分を少し変だと思い始めてどれくらいになるか、五代は指を折って数え始める。一瞬隣の一条から怪訝げな視線を向けられたけど、気にしないで五代は思いを馳せた。
 多分、トライチェイサーを与えられて、これで本当に信じて貰えたと思ったときからだ。一条の信頼を得たことがとても嬉しかった。それ以来、一条のことを共に戦う者として以外にも意識し始めている。
 尊敬すべき人間に会ったら無条件で好きになるのが今までの自分だったけれど、五代は一条にはそれ以上のものを何となく感じていて『好き』よりもっと熱い何かが心と身体の底に満ちていくのを自覚していた。
 食事をしていこうと誘われて、ホテルのレストランで一条と向かい合った時、どきどきと高鳴る心臓を落ち着かせるために飲んだワインが余計に胸をときめかせる。何故か一条も赤い顔をして自分を見ると、水を飲んだりしていた。
 珍しく愚痴をこぼす一条に、五代は元気付けるように笑みを浮かべていつものように大丈夫だと言った。それに応える一条の笑顔は淡くて、自分の言葉ですら元気付けられないのかと僅かに五代は落ち込んでしまう。
 溜息を付くのは嫌だったので大きく息を吐いて、五代は一条の車の中で目を閉じた。さっき空きっ腹に飲んだワインが効いてきたのか、目を開けるのが辛くなり五代はいつの間にか眠ってしまった。 ふわりと誰かの香りが自分を包み込み、唇に何かが優しく触れる。目を開けなきゃいけないと思いながら、五代は動かない自分の身体に叱咤していた。
「…あれ、俺寝てました? 」
「ああ」
 漸く目を開けることが出来て見ると、一条は口元を押さえ赤い顔をしてハンドルを握っていた。大きく伸びをして五代はそう言えば、自分は何度か一条の寝顔を見たことがあったなと思い出した。
 そのことを言うとなおさら顔を赤く染め、一条はシートに深く座り直した。不思議に思いながら見つめていると、一条はここに泊まらないかと聞いてきた。確かに今から帰っても寝る時間は僅かだけど、どうもホテルというものに泊まるのは苦手だ。
 規格通りの冷たい空間よりよほど、この車の中の方が良く眠れる。素直にそう言うと、一条は苦笑を浮かべて車をスタートさせた。
 一条が一人暮らしで彼女も居ないと聞いて、五代は安堵の吐息を付き、その後何故自分がほっとしたのか不思議に思ってしまった。ちらりと一条の方を見て首を捻る。一条に彼女が居ても居なくても自分には関係無いはずなのに。
 つらつらとそんなことを思ううちに再び眠ってしまったらしい。息が凄く苦しくなって起きあがった五代は、悪戯っぽい笑顔を浮かべて見ている一条に怪訝げな顔を向けると、車から出た。
 鍵が見つからず、一条の勧めもあって彼の家へ行くことにする。もう知り合ってから大分経つというのに、一条の自宅へ行くのは初めてだった。 綺麗に片付いている部屋の中には、人の住んでいる気配があまりない。このところの事件続きで戻っていないというだけでなく、ここは一条が住むという部屋としての機能を放棄しているようだった。
 押し問答の末に一緒にベッドで寝ることになると、五代は身体を寄せて一条の場所を作った。こうして誰かと共に寝るのは久しぶりでわくわくしてしまう。昔は良く寂しがって泣く妹を宥めながら一緒に寝たものだったが。
 始めの頃よりは変身した後それほど疲れることもなくなったが、やはり疲労が溜まっているところにワインを飲んだせいか、やたら眠い。
 五代は隣に一条の体温を感じながら、あっという間に眠りに落ちていった。
 朝目覚めた五代は、自分が今どこにいるか掴めずぼんやりと辺りを見回した。すると一条の寝顔がアップで飛び込んできて、心臓の鼓動が跳ね上がる。何度か寝顔は見たことはあるが、こんなに近くで見た事はない。以前肩を貸していた時も、横向きだったからよく見えなかったし。
 男の自分から見ても綺麗だと思う一条の顔を暫く見つめていた五代は、頭の下にある違和感に気付いて身を起こした。
「あれ…」
 枕のあるべき場所には一条の腕が伸びている。これはもしや腕枕というものではないかと思いついた五代は、顔を赤く染めてがりがりと頭を掻いた。何で赤くなっているんだろうと、自分で疑問に思いつつ五代は一条を起こさないように静かにベッドを降りると、顔を洗いに洗面所に向かった。
 冷蔵庫を開けてみたが、ほとんど何も入っていない。五代は着替えると一番近い市場に走っていった。
 戻ってみるとまだ一条は眠っている。五代は買ってきた材料を使って、朝食の支度をし始めた。料理は得意だがあまり人の為に作ったことはない。おやっさんのところで作る料理とは違って、一人の人の為に作るということに、何となく五代は照れくさくて鼻歌で気持ちを誤魔化しながら作り始めた。 やっと起きてきた一条に五代が挨拶をすると、彼は驚いたように目を見張り顔色を変えた。何か変なことでも言ったかなと、五代は味見をしながら続けて腕枕をさせてしまったことを謝った。
 一条はその言葉にほっとしたような表情を浮かべ洗面所に向かう。首を捻りながらも、五代は張り切って朝食を作り続けた。

 科警研でトライチェイサーを受け取り、取りあえず下宿先である店に戻る。このところあまりきちんと働いていないが、その分奈々が頑張っているようで店の方は安心だ。
 五代が店にはいると、待ちかねたようにおやっさんは仕入れをしてきてくれと頼んだ。
「雄介、今日は一日居るんだろうな」
「え、いやぁわかんないですよ。また呼び出されるかも」
「困るんだよなあ、奈々も芝居の稽古だだなんだって居なくなるし」
 あまり困ったようではない呟きを後にして、五代はさっさと店を出て仕入先である市場へ向かった。注文の品を受け取って戻ろうとした五代は、ぶつかってきた子供に思わず荷物を落としそうになってよろめいた。
「おっと、危ない。前見て走らないと危ないぞ」
 子供は笑いながら諭す五代を見上げ、唇を噛み締めている。その目が涙で潤んでいるのに気付き、五代は荷物を傍らに置くとしゃがみ込んで子供の頭に手を乗せた。
「ん、どうした? 誰かに苛められたのか」
「…お父さん、いなかった? 」
 子供は小さな声で五代を見ながら言った。お父さんと言われても、この子の父親が誰なのか五代には判らない。
「この市場で働いてるのかな。どこのお店か判れば探せると思うけど」
「お父さん、ずっともどってこないの。お母さんはみかくにんにころされたって…みかくにんはだいよんごうがやっつけたってテレビで言ってたから、もどってくるよね。でも、いないの…なんで…」 次第に子供は鳴き声になり、しゃくり上げる。五代は子供の肩に手を置いてじっと目を見つめ、優しく頭を撫でた。
「お父さんはもう戻って来ないけど、きっといつも君のことを見ているよ」
「うそつきっ、くるもん。だいよんごうがやっつけたんだから、もどって…くる…うそつきだ、だいよんごうもおにいちゃんも」
 子供は五代を睨み付けると腕を振り払って駆けだした。呆然と見ていた五代の前で、子供は辺りを探していた母親らしき女性に抱きつき、大きな声で泣き出した。
 困ったように母親は子供を抱き上げ、宥めながら去っていく。何も出来ずに五代は苦い想いで二人を見送り、荷物を持つと店に戻った。
 自分のしてきたことは何だったのだろうと五代は店の仕事をしながら考えていた。いつもなら、自分の出来ることを出来うる限りする、が信条で出来なかったことをくよくよ考えたりはしないのに、朝見た親子の姿が頭から離れない。
 きっと、殺された一人一人にあのような背景があるだろう。悲しんでいる人がいるのだろう。そんな想いをする人が一人でも減るようにと、未確認生命体と戦って来たはずだ。
 けれど、やつらはどんどん強くなり、負けじと五代の身体も戦士として変わり戦うたびに強くなっていく。変わっていく自分を恐れたことはないが、どんなに強くなっても相手が更に強くなりイタチごっこで果てがないのではないかということが恐ろしい。
「終わらせるのは間違いないんだけど」
「もう終わりか? まだ開店してないぞ、雄介」
 ぽつりと呟いた言葉に、おやっさんが不思議そうに応える。五代は、いや別のことと手を振り、仕事を続けた。
 店を終わらせ、今日は一日無事だったなと思いながら五代は今までの犠牲者のことを考えていた。やっつけてもやっつけても、未確認生命体は現れる。犠牲者の数は千人を超え、これからも増え続けるだろう。全て殺し尽くすまで、奴らの言うゲームは終わらないのだろうか。
 五代は沈んでいく考えを振り払い、ヘルメットを被るとトライチェイサーを走らせた。
 一条の家の前まで来た五代は、まだ戻ってないのを確認すると玄関先に腰を下ろし、膝を抱えてその上に顔を埋めた。
 今朝も一条の顔を見ているのに、ただ、今見たかったのだ。五代は何故だか理由も掴めず、一条の帰りを待ちわびていた。
 聞き覚えのある足音が聞こえ、それが駆け足になって目の前で止まると、五代は顔を上げた。綺麗な眉を寄せ、驚いたように見下ろしている一条に五代は笑みを浮かべて買ってきた袋を見せた。
 ごちそうして貰ったお礼に夕飯を作るという言い訳は、ここに来るまでに考えたものだったが、普通に考えればかなりおかしいと思う。一条がどう思ったのか判らないが、とにかく入るようにと促されて五代は玄関を潜った。
 夕食を作り、一条と一緒に食べる。ただ、一条の顔を見れば自分らしくない鬱屈した想いを振り払えるかと思ったのに、何かあったのかと聞かれて五代はいつものように笑えなかった。
 ぽつぽつと語る五代の言葉を、一条は黙って聞いていた。全て話して黙り俯いた五代に、一条は立ち上がってその側に移動すると腕を伸ばして抱き締めた。
 こんな風にされるのは父親が生きていた時以来で、五代は一瞬驚きながらも一条の胸に自分の頭を埋めた。自分と同じくらいの体格なのに、こうして一条に頭を撫でて貰っていると、五代は包み込まれているような感じを受けてうっとりと目を閉じた。
「大丈夫だ。いつか必ず終わらせるさ。それまでずっと俺が着いている。一緒に居るから、一人で苦しむ必要はない」
「…ありがとうございます。いつも助けて貰って…一条さんの『大丈夫』で俺も安心できます。心配させちゃってすみません」
 五代は顔を上げると一条に笑顔を向けた。笑みを浮かべた一条の、深い眼差しに視線を奪われて五代は瞬きもせず見返す。
 一条の手が五代の頭から頬に移り、愛しむように撫でると顎を持ち上げた。徐々に一条の顔が近付き焦点が合わなくなった時、唇に暖かく柔らかい物が触れる。
 何が起こったのか判らず、それが離れて暫くしても五代は目を開いたまま、一条の真剣な熱い瞳を見つめていた。
 再びそれが触れ、今度は湿って熱い物が五代の唇をなぞるように触れてくる。ここに至って漸くキスされているのだと解った五代は、目を瞬かせ閉じると一条の背中に腕を回してしがみついた。
 不思議と嫌悪感は全くない。五代は一条が離すまで、自分からは離れようとも思わなかった。
「君が好きだ」
 唇を離して一条が静かに告げる。
「俺も一条さんが好きです」
 意識もせず、当然のように五代の口からその言葉が零れた。まさかそんな応えが返ってくるとは思わなかったのか、一条は五代の言葉を聞いて硬直している。
 五代はそんな一条がおかしくて、嬉しくて、満面に笑顔を浮かべると子供のように頭を胸に擦り付けた。
「五代…その…俺が言ってる意味は」
「解ってますって」
 戸惑うように言う一条に、五代は大丈夫とサムズアップして見せる。一条はちゃんと自分の真意が五代に伝わっていることを理解すると、再び強く抱き締めた。
 いつまでもこうしていたかったが、そうもいかないので五代は一条に促されて風呂へ入った。泊まらずに帰ることは考えなかった。前と同じように一緒のベッドで寝ることにも躊躇はない。
「やっぱり、俺は隣の部屋で寝た方がいいな」
 ベッドに腰を下ろして髪を拭いている五代に、一条は困ったように呟いた。五代は一条を見上げ、首を傾げると立ち上がった。
「そんなら俺が隣で寝ますよ。無理言って泊めてもらうんだし。やっぱこないだ狭くて大変でした?」
「いや、そういう訳じゃないんだ…」
 益々困ったように口ごもって腕を組み、一条は五代を見つめた。このままどっちが隣で寝ると言い合っても埒が明かないだろうと、五代は一条の腕を掴み引っ張ってベッドに共にダイブする。二人分の体重を強く受けて、ベッドは壊れそうな音を立てて軋んだ。
「五代! 」
「いいからいいから、寝ましょ」
 文句を言いかける一条に笑顔を向け、五代は腕を回して抱きついた。途端に抱き返され、五代はシーツの上に縫いつけられてしまった。
「…一条さん? 」
「五代…雄介」
 一条の顔が近付いて五代の唇を奪う。さっきよりももっと熱い口付けに、五代は翻弄されて力が抜けていった。
 一条は五代の唇から目尻、額にと口付けを降らせながら手をシャツの中に忍ばせていく。アマダムが埋まっている滑らかな腹を撫で、上へ手を移動させると一条は五代の胸をそっと撫でた。
 一条が胸の突起に指を絡ませると、五代はぴくりと反応し顔を背ける。嫌がっているのかと、一条は顔を離し五代の表情を窺った。
「…嫌なら」
「嫌じゃないです。…じゃなくて…えっと…」
 はっきりと答えた後、五代は一条の方にちらりと視線を向け赤くなって口ごもった。
「…俺になんて…何でかな」
「五代だから、欲しい」
 一条は不思議がる五代の腰に、さっきからの触れ合いと言葉と表情で既に熱くなっているものを押し当てた。
 それを感じて五代も身体が熱くなっていく。何故男同士なのにこんな風になるのかなどという思考はもうどうでもよくなって、五代は自分から一条に両腕を回し抱きついた。
 撫でられる掌の感触が暖かくて、くすぐったくて、五代は目を閉じる。そうすると、くすぐったい中に別の感覚が浮き彫りになって、五代の身体を熱くさせ別の生き物のように変えていく。
「あ…」
 全ての服を剥ぎ取られ、生まれたままの姿になった五代の身体の隅々まで一条は手を這わせていった。胸の突起に唇を寄せ、舌で転がすと五代の口から吐息が零れ落ちる。赤く充血するまで両方とも唇と舌と指先で愛撫を繰り返した。
 胸を愛撫しながら、片方の手を下腹へ滑らせていく。途中、腹の中央を確かめるように押さえ、胸への愛撫で半分勃ち上がっている五代自身を一条はやんわりと握り締めた。
「…っぁ…あ」
 びくりと五代の腰が跳ね上がる。他人が触れることのないそれに触れられ扱かれて、五代はあっという間に上り詰めてしまった。
 荒く息を吐いて汗を浮かべ、潤んだ瞳で見つめてくる五代に一条は逸る身体を理性で抑え、手の中に放たれた液体で奥に秘められた部分を潤していく。
 自分でもあまり触れたことのない場所に一条の指を感じて、五代は身体中を赤く染め強張らせた。宥めるように一条に頬を撫でられ口付けられて僅かに強張りが解けると、その指は奥まで侵入して蠢く。二本目が入ってくると、痛みと辛さに五代は唇を噛み締めた。
「…もう、無理か」
 顔を顰め辛さを堪えている五代の表情に、一条は吐息を付いて指を抜こうとした。傷つけたい訳ではない。一つになりたいと身体中が欲しているが、今ならまだ引くことが出来る。「だい…じょうぶ…」
 離れようとした一条の首に回した腕に力を込め、五代は掠れた声で呟いた。
「俺も…ほし…」
 五代の言葉に、一条は抑えようとした情欲が溢れ出るのを止められなかった。更に指でその部分を解しながら、少しでも辛さを紛らわせようと萎えた五代自身に再び愛撫を加えていく。
 それが勢いを取り戻し快楽に露を零し始める頃になって、一条は指を引き抜き己を押し当てた。
 一条の物を受け入れると、五代は痛みと苦しさと前に与えられる愛撫がもたらす快楽で翻弄されて何も考えられなくなる。
 ぎゅっと手を握り締められ、五代は揺さぶられながら薄く目を開いた。
 目の前に一条の快楽に顰められた顔があり、その口からは熱い息が吐き出されている。
「…五代…」
「い…じょぅ…さ……」
 一条が強く抱き締め中に放つと、同時に五代も果て意識を途切れさせた。

 五代が気が付くと、すっかり綺麗にされてきちんとシャツと下着も身につけ寝かされていた。隣で心配そうに見つめている一条に、五代はふわりと笑い掛ける。
「大丈夫か」
「大丈夫」
 頷く五代に一条はほっと息を吐き、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか」
「そうです」
 にっこり笑い、五代は一条の胸に頭を埋める。一条の腕に抱き締められ、五代は目を閉じた。

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