君から目が離せない


 たとえ宇宙の極悪人と戦うダグオンであったとしても、その前に一高校生の炎達には越えなければならない壁が有った。そう期末テストという最難関の壁が。 たとえ宇宙の極悪人と戦うダグオンであったとしても、その前に一高校生の炎達には越えなければならない壁が有った。そう期末テストという最難関の壁が。
 どうしてこんな時には宇宙人の襲撃がないのだろうと嘆きつつ、全ての試験を終えた炎に待っていたのは、当然ながら追試のお知らせだったりする。
 がっくりと項垂れつつ、半分予定したことではあった炎は、溜息を付きながらも追試と補習の日程が印刷されたプリントを眺め叫び声を上げた。
 「げ〜〜っ!マジかよ〜っ」
 「当然だな」
 「おやおや、しょうがないねえ」
 「…酷いですねえ」
 テーブルの上に乗っていた炎の試験結果を見ながら三者三様の言葉を放つ。慌てて結果をかき集め、炎はじと目で三人を見つめた。
 「見るな!…っても今更しょーがないか」
 「炎、諦めてはいかん。この追試すら乗り越えられないようでは、到底ワルガイア兄弟を倒すことは出来んぞ」
 それはちょっと次元が違うと思う、と炎はさらにじと目で海を睨み付ける。もっとも、こんなことで留年なんてことになったら少々みっともないのは確かである。
 「はあ〜、けどなー、クリスマスも年末もなしでずーっと補習なんて俺耐えらんねーよ」
 渡されたプリントにはびっしりと年末までスケジュールが組み込まれている。これを立てたのは、きっと伊集院教頭に違いない。
 「でも、予定より早くレポートを提出すれば、一応認めてはくれるんでしょう?なら、僕らも協力しますから、さっさと仕上げてせめて正月くらいのんびりと過ごせるようにしましょうか」
 翼の優しい言葉に炎はよよよと抱きついた。ふふ、と嬉しそうに笑いながら翼は抱きついてくる炎の肩を抱こうとする。
 「ヨク!エンを甘やかすな。……だが、正論ではあるな。よし私が暫く付ききりで勉強をみてやろう」
 「カイ!いいですよ、言い出しっぺの僕がエンを…」
 びしりと竹刀を突き出し、炎と翼の間を裂いてから海はこほんと一つ咳払いをして告げた。むっと翼が反論するのをさらに竹刀で黙らせ、じろりと炎を見つめる。
 「…はい……カイでいいです……」
 カイで、という言葉に海の眉がきりりと上がる。
 「いいな〜、僕も一緒にカイ先輩の補習受けたいです」
 怖さを知らない雷が羨ましそうに炎を見ながら言うと、一同はたらりと冷や汗を流した。
 「いや、マンツーマンの方が捗るのでな…すまんがそれはまたの機会にしてくれ、ライ」
 「はい、判りました。そしたら美味しいものでも作って激励にいきますね、エン先輩」
 さすがにそれも無用だとは言えなくて、海は苦笑を漏らす。とほほ、と炎は海を見つめながらこれから先一週間を思いやって心に涙を浮かべた。


 終業式が終わり、世間では楽しいクリスマスも過ぎて慌ただしい年末がやってくる。だが炎の生活にクリスマスも年末も無かった。
 教頭に、炎の勉強は自分が責任を持ってみるからと言い、追試を来年に延ばして貰った海は、毎日マンションへとやってくる。  炎は訳あって一人暮らしをしているのだが、ここ数日は自由な時間は皆無で勉強漬けな毎日にだいぶ嫌気がさしていた。
 「もう今日はいいじゃないかあ…大晦日だぞ、紅白も始まるぞ」
 テーブルの上にしっかりと教科書、参考書を並べて正座している海に茶を出しながら、炎はぼやいた。だが、海は平然とした顔で茶を啜っている。
 「追試を受けようなどというものに大晦日も正月も無い。二年間続けて勉強すれば、少しはまともになるだろう」
 「あっそ…」
 かちんとくる言い方に、炎はむくれて向かい側に胡座をかいた。
 「…でもさ…俺はともかく、お前、せっかくの正月に家族揃ってないとまずいんじゃねーの」
 ふと心配になって海の顔を覗き込むように窺うと、にこりと笑顔を返された。
 「いいから、さっさと教科書を開け」
 「へーへー…」
 せっかく心配してやったのに、と炎は渋々教科書を開いた。静かな海の声と、自分の走らせるシャーペンの音だけが静かな室内に響く。時間が過ぎて、マンションの外から酔った男達の声も聞こえてきた頃、炎は顔を上げて時計を見た。
 「……カイ、もう少ししたら、ちょっとだけ休憩しようぜ」
 「?ああ…そうだな」
 止めよう止めようと言うことはあっても、ちょっとした休憩を要求したことは無い炎がそう言ったことに不審げな表情を海は浮かべたが、頷いた。
 暫くすると、炎は教科書を閉じて立ち上がり、海を促す。首を傾げる海にマフラーを放り投げ、炎は玄関へと向かった。
 「どこへ行くのだ?」
 「ちょっと散歩。まあいいから、一緒に行こうぜ」
 にやりと笑って靴を履き、炎は外へ出ていく。慌てて海も後を追い、マンションの外へ出た。真夜中近い空には星が目映いくらいにちりばめられ、息が白い。
 「エン」
 この寒空の中、コートも着ずにすたすたと歩いていく炎を、海はマフラーを手に追い掛けていく。マンションの裏手に行って止まった炎に追いついた海は、マフラーを差しだそうとし、前方にある鬱蒼とした雑木林を見た。
 「そんな格好では風邪を引く」
 「へーきだよ。それより、こっち」
 マフラーを差し出す海を躱し、炎は林の中に入っていく。暗くて道があるのかも判らなかったが、どうやらきちんと道はあるようだった。
 並んで歩いていくと、小さな鳥居が見え、それを潜ると僅かに明かりが見えてくる。それは篝火の炎で、小さいながらも勢いよく燃えていた。
 「…神社?」
 「そう、小さいけどちゃんとした神社なんだぜ」
 確かにそれは神社で小さい境内には篝火が焚かれ、真新しい注連縄が飾られている。感心したように見回す海の耳に、どこからか鐘の音が聞こえてきた。
 「除夜の鐘か…」
 うっそりと取り囲む林の中、切り離されたように開いた空間に二人だけで居るのが不思議に思える。どこか他の神社ではきっと初詣を待つ人の群が山となっているだろうに。
 「あけまして、おめっとさん、カイ」
 鐘の音が聞こえなくなると、どこからかサイレンの音が聞こえてきた。それを合図に炎がぺこりと頭を下げる。
 「明けましておめでとうございます……」
 礼儀正しくきちんと返事を返し、海は目の前で照れたように見ている炎を見つめた。篝火の中、頬が赤く見えるのはそのせいばかりでもないだろう。
 「誰かと初詣って一度してみたいパターンだったんだ。サンキューな、カイ、付き合ってくれて」
 「エン…」
 へへと笑って炎はポケットから五円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れると柏手を打って目を閉じた。海もそれに習い、だが小銭を持ち歩く習慣などないので仕方なく賽銭はなしで手を合わせる。
 「……何お願いしたんだよ」
 「お前の追試が巧く行くようにだ」
 「ちぇっ、そんなの、賽銭なしでかなうもんか」
 炎は海の応えに不満げに舌を鳴らし、両腕を頭の後ろに回して踵を返した。
 「お前は…何を願ったのだ」
 歩きだそうとする炎の後ろから海は両腕を回し、抱き留める。ぎょっとして腕を下ろし、海の腕を外そうと手を掛けた炎は、顔だけ後ろに振り返った。
 「こら…離せよ」
 「答えるまでは離さん」
 ぴたりとくっついた海の身体は炎の背中を熱くする。暫くもがいていた炎だったが、力強い海の腕は容易には外れず、溜息を付いて身をもたせかけた。
 「…何とか今年も巧く誰かの目を逃れて暮らせますように……だよ」
 「ほお…」
 びくりと海の眉が上がる。くるりと腕の中で身を返されて、炎は真正面に海の青筋を浮かべている顔を迎えた。
 「良い度胸だ。誰かの目とは、誰のことだ」
 「…え…へへへ……」
 ごまかし笑いをする炎の顎を取り、海は口付ける。深く激しく口付けられるうちに、炎の両腕は海の背中に回っていった。
 「ふ…ぅ……」
 ぴちゃりと濡れた音がして離れた唇から飲みきれなかった唾液がこぼれ落ちる。顎を伝うそれを拳で拭い、炎は赤い顔で海を睨み付けた。
 「神聖な場所でいきなり何すんだよ」
 「何なら、ここで神前結婚でもかまわんぞ、私は」
 大真面目な顔で告げる海に、一層顔を赤くして炎は背けた。
 「ばーか…そ、そろそろ戻ろうぜ」
 「待て、エン。これを…」
 海がマフラーを渡そうとするより早く、炎は駆け出していってしまう。海は軽く溜息を付いて歩き始めた。
 「う〜っ、寒かった。……あれ?」
 扉を開け、寒さに竦んでいた両肩を手で撫でていた炎は、部屋の中も思ったほどには暖かくないことに気付いて首を捻った。慌てて靴を脱ぎ捨て奥に上がるとエアコンを確かめる。それはタイマー付きのもので、普段はとっくに寝ている時間なせいか切れていた。
 「あちゃ…切れてやがる」
 「どうした?」
 上がってきた海に説明すると、何やら彼らしからぬ笑みを浮かべ炎の方に近付いてくる。炎はマズイ予感に焦ってエアコンのスイッチを入れようとした。
 「これはもういらんな…」
 「な、なんで?」
 その手を取られ、握りしめられて炎は冷や汗を浮かべる。そのまま腕を引かれ抱き上げられてしまった炎は、声にならない悲鳴を上げた。
 「……カイっ、ちょっと待て!」
 「寒いなら、私が暖めてやろう」
 「わ〜っ、お前、もう帰る時間だろっ」
 「今晩は、二年間続けて勉強をみる、と言ってある。大晦日と元旦、続けて行えばいい訳だ」
 もう一つの部屋にあるベッドに炎の身体を横たえ、海は覆い被さっていく。こんなことをするのは初めてではないが、まだ数回しかやってないし、躊躇いがある。
 「な、なら、お勉強、しようぜ」
 「お前の口からそんな言葉が聞けるとは嬉しいぞ、エン」
 「嬉しいなら…わっ…あ…」
 シャツの裾から滑り込んでくる海の手の冷たさに、炎はぞくりと震えてしまった。その手は迷うこともなく胸に未だ埋没している突起を探りなぶっていく。
 「カ…イ……」
 シャツを捲り上げ、指先で愛撫していた突起に舌を絡めていた海は、掠れた声で自分の名を呼ばれると微かに微笑んだ。
 ベルトとボタンを外し、直に炎自身を握り込む。僅かに高まりを見せていたそれは、直ぐに海の手の中で張りを増し露をこぼし始めた。
 「…ぅ……んっ……」
 濡れた音を立て始めるそれに唇を寄せ、口腔に迎え入れて舌を這わせていく。時折ちらりと見上げると、炎の紅潮した顔と、濡れたように艶の射す瞳が目に写る。その表情にぞくりと海の背が戦き、一層の愛しさと情欲が身体に満ちていくのだった。
 「エン…いいか…」
 「…あっ…んな…訊く…な!」
 ぺろりと先端を舐め上げ、訊いてくる海に、炎は強い光を持つ視線を向ける。だが、それも海にさらに愛撫を加えられると、とろりと溶けて妖艶な光へ変貌した。
 震えて絶頂を迎えようとする炎自身から離れ、海は唇を奥まった部分へと這わせていく。既に全て取り去った炎の下肢を肩に担ぎ上げ、海は指でその部分を拓くと舌先を潜り込ませるように潤していった。
 「ああ…や…だ……」
 その刺激に耐えられないように炎は腰をくねらせる。嫌がっているのだろうが、それは海の目には誘いに写っていた。
 唇を離し、海は素早く衣服を脱ぎ捨てると、炎の腰を抱えゆっくりと挿入していく。充分に解され潤されたそこは異物を押し戻そうとしながらも、海を受け入れた。
 「ぐ…ぅ…っ………!」
 全てが収まると、海は徐々に早く腰を動かしていく。炎は自分の腰に当てられている海の腕に手を掛け、握り締めた。
 「あぅう…あ……」
 「…エン…くっ…」
 一旦動きを止めると海は炎の背中に両腕を回し、一気に抱き起こした。正面向きになり、海の腰の上に乗る形となった炎は、結果それを深々と受け入れてしまう。
 「いっ……て…ぇ……カ…イ」
 炎の腕を自分の首に回させ、海は乗っている身体を上下させる。
 「ヒッ……あああ…っ!」
 受け入れている海のものの動きと、お互いの間の動きで擦られ張りつめた自身に翻弄され、炎は短く悲鳴を上げて果てた。
 綺麗に反った炎の背中を強く抱き締め、海もまた炎の内部に自身を放ち荒い息を吐いて余韻を追う。ゆっくり炎をシーツの上に戻した海は、まだ茫洋としているその唇に口付けた。
 舌が絡み合い、濡れた音が響く。海の手が再び炎の項から胸へ移動していこうとした時、電話のベルが鳴り響いた。
 ぎくりと二人して身を竦める中、電話は留守電へと代わり聞き慣れた声が聞こえてくる。
 『よー、あけましておめでとうさん。留守か、それとも寝てるのかしらんけど、今日朝十時、山海神社へ初詣に行こうぜ。学校前で待ってるから、カイにもそう伝えとけ……ってもしかして、そっちに泊まってたりぃ…まさか姫始めなんてしてたり………』
 くくく、と喉の奥で笑っている声が聞こえる。
 『…ま、それはそれで結構なことだ。じゃあな』
 ぷつ、と電話が切れ、今の時刻を知らせてくれる。何だか全部見られているような森の言葉に、二人はお互いを気まずく見つめた。
 「…姫始めって何だ?」
 不思議そうに訊く炎に、海はぎょっとした。
 「それは…つまり……」
 言葉を濁し海は炎に口付ける。疑惑を抱えながらも炎は口付けに応えていった。


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