Deepest of my Heart

 山の桜は咲くのが遅く、緑と競うようにいつまでも裾野を彩っている。山に住む獣達も活発に行動し始めあちこちで鳥達が恋の歌を奏でている。
 そんな中、大きな木の上の方の枝に腰を下ろしていたリュウは、自分の上で語らう鳥達を笑みを浮かべて眺めていたが、急にがさがさと大きな音がして鳥達は飛び立ってしまった。
「?」
「やっぱ広いなー、噂には聞いてたけど、ほんとに迷っちまうぜ」
 木々の間から周りの淡い緑やピンク色を押しのけるようにして真っ赤な色が現れる。リュウは一瞬目を見開き、じっとしたまま下を窺った。
「さてと、本格的に迷わないうちに、戻るか…」
「おい、お前新入生か」
 真っ赤な上着を着た少年が独り言を呟いて再び歩き出そうとした時、別の方向から二人の男が現れた。くわえタバコにガムをくちゃくちやと噛み、だらしない格好に似合っただらしない表情の二人組は、にやにやと笑いながら赤い上着の彼に近付いていく。
「何とか言えよ、上級生に対して礼儀がなってないぞ」
「礼儀に値するような顔かよ」
「なにぃっ!」
 呆れたように言い捨てる彼に、二人は臨戦体勢を取り、タバコを吐き捨てると彼に向かって殴りかかっていった。だが、彼はひょいとそれを避け、すたすたと脇を通り今捨てられたタバコを足でもみ消す。
「駄目だぜ、こんなとこに火の付いたものを捨てちゃ。山火事の原因になる……あれ?」
「ば、馬鹿にしやがってっ」
 彼はすとんと腰を落とし、真っ赤になって怒り再び後ろから殴りかかってきたその男を躱した。勢いづいた男はそのまま茂みに頭から突っ込んでしまった。
「…どした?びっくりして怪我でもしたんか?」
 彼は身を屈めたまま、両手に何かをそっと包み込むようにして持ち上げ、立ち上がった。そこにもう一人の男が殴りかかってくる。避けようとする彼の動きは何故かさっきより鈍く、男の拳がもろにでは無いものの頬にヒットした。
「つっ…」
「はっはは、何してやがる。ちゃんと相手しねーと怪我じゃ済まないぜ」
 調子に乗った男は、次々に拳を繰り出し、動きの鈍い彼に打ち掛かっていく。彼は両手に持っているものを庇うようにそれを避けていたが、次第に木の所まで追いつめられてしまった。
 リュウは暫くそれを眺めていたが、男が追いつめた彼にとどめの一発を与えようという時、手に持っていた木の実を投げつける。それはきっちり男の後頭部に命中し、男は足下のバランスを崩してこけてしまった。
「?…と、今のうち……ほら、安全な場所まで行けよ」
 どっと木の根に足を取られてこけた男を見て、彼はくるりと身を返し近くの木の枝に両手を思い切り伸ばして広げた。すると彼の掌から茶色のむくむくした毛の固まりが小さなボールのように飛び跳ねて木の枝を伝っていく。
 途中でそれはぴたりと止まり、彼の方にまあるい小さな目を向けて見た。彼はにっこりと笑うと、手を振ってもっと高い所まで逃げろと囁いた。
「てえめぇーっ、これでもくらえっ」
「くらうかよっ」
 さっきとは打って変わって敏捷になった彼は、そのまま木々の間を突っ切りリュウの視界から消えてしまう。リュウはやおら立ち上がり、地面に降りずに木々を伝ってその後を追い掛けた。
 途中、一旦地面に降りたリュウは、がさりという音に彼が戻ってきたのかと身を引いて木の上に飛び上がった。だが、出てきたのは彼ではなく、別の人間で本を片手に木の上のリュウを呆気にとられて見詰めていた。
「君…一年生?…あっ、ちょっと…」
 色々と訊かれるのが面倒で、リュウは僅かに頷くと木々の間に姿をくらます。そう、自分は人と関わったり、言葉を交わしたりするのがあまり好きではないのに、何故今彼を追っているのだろうと不思議に思いつつリュウは再び彼の後を追い掛けた。
 目の前の開けた空間から二人組が転がるようにして道を戻っていく。リュウは木の陰に隠れ二人をやり過ごすと、道に出た。肩にはいつしかさっき彼に助けられたリスがちょこんと乗ってリュウと同じ方向を見詰めている。
「やれやれ…戻るのはこっちでいいんかな……」
 ぼやきながら道に入ってきた彼は、目の前に立っているリュウに驚きの目を向け、僅かに眉を潜ませた。
「誰だ?あいつらの仲間か」
「…さっきこいつを助けたな」
「え?ああ…さっきのリスか。それ、お前のか?」
「いや…だが、助けてくれてありがとう、とこいつが言っている」
 その言葉に彼はきょとんとしてリスとリュウを交互に見詰め、にっこりと笑って頷いた。
「そっか。俺は今度ここに入学する大堂寺 炎、お前は?」
「刃柴 竜、同じく一年だ」
 それだけ言うと、リュウは踵を返し森の中へ歩いていこうとする。それを慌ててエンは追い掛けた。
「ちょ、ちょっと待てよ。どっちへ行けば出口なんだ」
 リュウはちらりと後ろを振り返り、指で出口の方向を指し示した。エンはその方向を眺めて納得すると、視線を戻した。しかし、既にリュウの姿は無い。
 首を捻りつつ出口へ向かうエンを木の上から見下ろし、リュウは訳の分からない感情が胸の中でもやもやと湧き起こるのを感じ取っていた。
「…何故……」
 こんなにも気になるのだろう。今肩の上に乗っているリスと同じ様な黒くて大きな丸い目に、親近感を覚えたのだろうか。それとも、全開の笑顔に魅入られたのか。
 リュウはしばらくの間そうして想いに沈んでいたが、やがてそれを無理に押し込めると森の奥へ入っていった。



 不思議な偶然が続き、リュウはエンと共に…他にも二年生三人が居たが…ブレイブ星人からダグオンとなるよう地球の平和を守る役目を託され、仕方なく学業の傍ら正義の味方となった。
 仲間など、人間の友達など必要ないと思っていた筈なのに、どんどん傍らの熱血少年に惹かれていく自分を見い出し、リュウは最初こそ突っ張っていたが終いには諦めて認めてしまった。
 自分はこの単純熱血少年が好きなのだと。
 それはまだ鳥や獣達と同じレベルであると思っていたが、それでもリュウは他の仲間達よりも一歩前に出た付き合いをし始めた。けれどやはり自分自身に関わるような詮索をされるのは気に障り、苛つく。
「俺のことを詮索するのは止めろ」
「でもよお、俺知りたいんだ。お前のこと」
 何度か後を付けられたり、訊かれたりした後、リュウはエンに面と向かって迷惑だと告げた。
「どうしても知らなければならないのか。相手のことが判らなければ仲間や友達ではいられないと言うのか」
 リュウの言葉に、エンは怯んだように目を伏せた。子供のような好奇心を満足させるために、知られたくない場所まで足を踏み入れるのは本意ではない。エンにしてもそのへんは朧気ながら理解できる。
「…そうか。まあ、お前の家やなんか知らなくても、リュウがリュウだってことは間違いない訳だし。悪かったな」
 伏せていた目を上げ、真っ直ぐに見詰めてくるエンの視線に、リュウは身体が熱くなってくるのを感じ僅かに狼狽えた。にっこり微笑まれて更に胸がずきりと痛む。
「でもよ、俺のこと友達だって言ってくれて嬉しいぜ。例え鳥やリス並の扱いでもさ」
 ぎくりとリュウはエンを見詰めた。言葉にして言った覚えはないのに、何故そう取れるのだろう。エンはぎょっとして見ているリュウに、にやりと笑い掛けそっぽを向いて歩き出した。
「確かに俺は鈍感だけど、それくらい判るぜ。さ、そろそろ行こう、カイがまたこのへんに青筋立てて怒り出さないうちに」
 指でこめかみを指し、エンは促すようにリュウを見た。リュウは頷いて胸の痛みを抱えたまま後に続いて歩き始める。
「わりぃ、遅くなった」
「エン、……リュウも一緒か」
 普段、ダグオンのメンバーは鍾乳洞の方にあるダグベースよりも、部員がマリア一人でいつも空いている超常現象クラブの部室に集まることが多かった。今日も放課後集まって前回の戦いを反省しようとカイが呼びかけたのだ。
 扉を開けて入ると、待ちかまえていたようにカイが口元に微笑を浮かべながら出迎える。だが、その笑みはエンにだけ向けられたものだと言うことに、リュウはいつしか気付いて苛付いていた。
 エンがカイに向かってさっき自分に向けたのと同じ笑みを見せる。それを見たリュウは一層胸の痛みが酷くなり、微かに眉を顰めた。
「どうした?リュウ、具合でも悪いのか」
 それに気付いたエンが心配そうに自分の顔を覗き込んでくると、リュウの胸の痛みは別の感覚に代わり、甘い疼きとなって身体を走り抜けた。
「いや…大丈夫だ」
「具合悪いならちゃんと言えよ。友達なんだから、な」
 パチッとウインクするエンに、リュウは喜びを覚えて口元を綻ばせた。
「…具合が悪いなら、保健室へ行け。シン、連れていってやれ」
「えっ、何で俺が」
 エンの肩を押してリュウの前から退かせたカイは、冷めた口調でそう言うとシンに向かって言った。シンは驚いてカイとリュウを交互に見詰める。
「平気だ。話を続けていい」
 カイの手からエンを取り戻すように腕を引き、リュウはじろりと睨み付ける。負けずに睨んでくるカイに、リュウははっきりとした敵意を感じ取り眉を顰めた。
「俺が連れてってやるよ、リュウ」
「エン!」
「ありがとう」
 カイの制止の言葉が発せられる前に、リュウは礼を言ってエンの腕を取りさっさと部室から出ていってしまう。後に残されたカイの悔しさに顰められた表情が見えないまでも手に取るように判って、リュウは僅かに笑みを浮かべた。
「何笑ってんだ」
 道すがらちらりと横を見たエンが不思議そうに訊くと、リュウはさらに笑みを深くして言った。
「保健室より、良い場所がある」
「良い場所?」
 ますます不思議そうに見るエンに、こっちだと別の道を示してリュウはダグベースがある方向へ足を向けた。鍾乳洞の中へ入るのかと思っていたエンは、その脇を通り越し更に山奥へ入り込んでいくリュウに首を傾げながら着いていき、漸く立ち止まった頃にはすっかり息が上がっていた。
「…ほんっとーにここは学校の中なのかよ。どこまで続いて……えっ!」
 息を整えて文句を言いかけたエンは、リュウが横にずれた空間から目前に広がる光景に驚いて目を見開いた。小高い場所のここから、まるで一枚の風景画のような世界が広がっている。それが絵と違うのは、全て息衝き動くものであるということだった。
 光を反射して輝く滝や池、緑の中にふんわりと広がる桜色、聞こえてくる葉擦れや鳥の声、それらがエンの目や耳に飛び込んでくる。
「……すげえや…、すげえなっ、リュウ!」
 ありきたりの言葉では言い表せない程の感激に、エンはただそう呟きリュウの方を見た。リュウは頷いてエンの横に立ち腕を伸ばす。するとどこからか小鳥たちが飛んできてリュウの長い指先に止まった。
「ここに連れて来たのは、お前が初めてだ」
 小鳥たちを飛び立たせ、リュウは近くにあった木の根本に腰を下ろした。それを見習ってエンも隣に腰を降ろす。視線が低くなっても景色は美しいまま隠れることはない。
「ほんと、良い場所だな…。リュウ…こんなとこに俺を連れてきて良かったのか?」
「お前でなければ…連れて来なかった」
 え?と見詰めるエンに、不可解な心と身体の疼きは頂点に達し、リュウは腕を伸ばしてその身体を抱き込んでいた。
「リュウ?」
「少し…黙っていろ」
 リュウが囁くように言うと、腕から逃れようともがいていたエンは不思議そうに見上げて大人しくなった。ぴったりと身体が付くように抱き締めていると、お互いの鼓動がはっきりと判る。少しだけリュウの方が早くなり、僅かに身を離した。
 体格的に同じくらいであるリュウとエンがそうして向かい合っていると、目の前僅かな距離を置いてお互いの表情が見える。あんまり近くにリュウの顔があるので、エンは一度瞬きをし自然に目を閉じた。
 引かれるように口付け、リュウは我知らずそうしてから初めて自分の想いに気付いた。
「…リュウ」
 唇が離れると、驚いたように手で自分の口を押さえ目を開いたエンが名前を呟く。リュウはもう一度強くエンを抱き込むと唇を合わせた。
「…ん…んん……っ!」
 背中に回った手で、エンはどんどんとリュウを叩き身を離そうとする。だが、リュウは上手く抱き締めてエンを離そうとはしなかった。
 リュウの口付けは表面だけのものから徐々に深いものに変わっていく。こじ開けた唇から入れた舌で口腔を愛撫すると、エンはぎょっとしたように身を強ばらせ強く目を閉じた。
 リュウの舌はエンの舌に絡み付き、吸い上げていく。何度もそれを繰り返していくと、エンの身体から強ばりが抜け、ぐったりとなった身をリュウに預けてくるようになった。
 吐息とともに唇が離れ、エンはぼんやりとした目でリュウに凭れながら熱い息を付いた。雑誌やテレビや話では知っていたけれど、キスがこんなに熱くて深くて官能的なものだと初めて知らされたのだ。身体が熱くなり、覚えのある感覚が下半身に高まってくる。
「…エン」
 リュウの言葉も熱い。耳元に名前を囁かれ、エンはどきりと心臓が鳴り血がどくどくと下半身に集まっていくのを感じてカーっと顔を赤らめた。
「な…何すんだよ……」
「さあ…俺にも良く判らん」
「わ、判らんじゃねえだろっ、あんな…キス…、俺は男だぞ」
「そうだな」
 あっさりと頷くリュウに、エンは自分がもしかしたらからかわれているのかも知れないと思ってむっと膨れた。
「この…変態、スケベっ…お前みたいのをむっつり何とかって言うんだ」
「それはお前の方だろう…」
 微かに笑みを浮かべてリュウは手をエンの下半身に伸ばした。ぎくりと身を引こうとするエンを押さえつけ、それを手中に収める。
「わーっ、止せって…」
「キスでこうなるのか」
「しょーがないだろっ、健全な青少年なんだ、俺は」
 リュウはエンの喚く言葉に頓着せず、それを弄ぶように手を動かした。止めようとエンはリュウの手に爪を立てて引き剥がそうとするが、力が入らない。
「あ…っ…やめろ…り…」
「このまま…いけ」
 淡々と言っているのに、リュウの言葉は熱くエンの頭に響く。エンは訳が判らなくなり、いつしかジッパーを降ろして直に握り締めてきたリュウの腕にしがみつき、果ててしまった。
「…ち…くしょ……」
 エンの眦に浮かんだ涙の粒をリュウは唇で拭い、再び口付ける。だが、鋭い痛みが走り、リュウはぱっと顔を離した。口の中に血の味が広がっていく。
「ふざけんなっ!そんなに俺をからかって面白いんかよ」
 キッと睨み付けてくる瞳の輝きに、リュウは目眩がする感覚を覚えた。溺れそうな予感に足元が覚束なくなる。
「好きだ…」
「えっ?」
「行くぞ」
 思わず言葉を発してしまったが、リュウはすぐにそれを飲み込み、立ち上がる。聞こえたのか聞こえなかったのか、不思議そうな顔で見ているエンの腕を掴んで立ちあがらせ、リュウは部室へと戻っていった。
 それ以来、リュウは事件がないままエンの前に姿を現さなかった。元々授業もきちんと出ている訳ではないし、サルガッソの宇宙人が攻めて来なければ他で会うことは無い。それに、カイも皆を招集して作戦会議をしたりダグベースの秘密を調査したりということをしなくなってしまった。
「何ぼけーっとしてるのよ、エン」
「あ、ああ?マリアか」
 あれから三日が経ち、エンは姿を見せないリュウのことを考え続けて他のことを考えられなくなってしまった。元来短気な質であるから、こんな中途半端なもやもやとした状況は苛々と睡眠不足の原因になる。おかげで授業もぼーっとしたままで頭に入っていかない(いや、これはいつものことか)
「なあ、マリア…キスってやっぱり好きになったらするんだよな」
「な、何よいきなり。変よそんなこといきなり言い出して…まさかエンに限ってガールフレンドができたなんて訳ないし」
 随分酷いことを言っているのに、エンはただぼんやりと黒板を見詰めている。マリアは呆れたように溜め息を吐くとエンの目の前で二、三度手を振って見せた。
「授業はとっくに終わってるの。判った、このマリアさんが君の悩みを解決してあげる。きっと宇宙人に洗脳されてるのよ。さあ、行くわよ」
 きっぱりとそう決め付けるとマリアはエンの腕を取り、立ちあがらせた。教室を出ると、そこにカイが立ち塞がりじろりと睨み付けてくる。
「…あの…何?」
「済まないが、エンに用がある」
 有無を言わせぬ迫力でカイはマリアからエンの腕を取り、そのまま引きずるようにして連れ去ってしまった。ぽかんとした表情でマリアはそれを見ていたが、むっと眉を顰めると何かある、というように腕を組み、きっといつか何を隠しているかを見つけてやるからと呟いて踵を返した。
 カイはエンの腕を取ったまま、裏山へと入っていく。暫く行くとダグベースのある鍾乳洞へとやってきた。
「何だよ、カイ。作戦会議か?」
 多分コントロール室だろうと思われる場所は皆が良く集まる所だったが、今はカイとエンの二人きりしか入ってはいない。他の者が居ないことにちょっと不審げな表情をしたエンは、カイに何をするのかと問いただした。
「最近、リュウと何かあったのか?」
「えっ?」
 竹刀を床に付いて怖いほど真剣な表情で訊くカイに、エンは驚いて目を見開いた。ついでそのあった出来事を思い出し、僅かに顔を赤く染めてしまった。
 そんなエンの様子にきりっとカイの眉が上がる。
「あったんだな…」
「…え…っとお…まあ、あったって言えばあったんだけど……でも、カイには関係ないことだ」
 まさかリュウにキスされていっちゃいました、とは言える訳が無い。この気真面目で潔癖で規則規律を乱す奴は許さないという態度を崩さないカイが知ったら、どれだけ怒られるか。
「…関係…ないだと…」
「ああ。リュウと俺の問題だし、ダグオンとしての話じゃないし、かんけーないだろ」
 きっぱりと言うエンに、カイは唇を噛み締めて近づいていく。
「エン…」
 何か文句でもあるのかと下から見上げるように睨んでいたエンは、すっと近づいてきたカイの顔に驚く間もなく口付けられていた。
 しっとりと吸われて初めて何をされているか理解し、びっくりしたエンはカイを突き放そうとする。しかし、カイはエンを抱き締め逃がそうとはしなかった。
「…なっ、何すんだよっ…、お前までリュウみたいなこと…」
 はっと気付いて口を押さえてももう遅い。エンの言葉にカイはきりりと眉を吊り上げ、綺麗な顔を更にグレードアップさせる綺麗な笑みを浮かべて言った。
「やはりな……」
「や、やはりって何だよっ、離せってば」
 身じろぐエンを抱き込んだままカイは壁に押し付けるように移動し、再び唇を奪った。顎を取られ無理に開けさせられた唇の間からカイの熱い舌先が侵入してくる。
 カイのような真面目な優等生が何故こんなキスを知っているのだと、エンは唖然としてそれを受けていた。舌先はエンの思考を溶かすように縦横に蠢き、舌に絡み付いて繰り返し愛撫をしかけてくる。押え込まれていない方の手でカイを押しのけようと肩に突っ張らせてもびくともせず、エンは次第に口付けに呑まれ身体が熱くほてってきた。
 がくりと膝が崩れ、エンは咄嗟にカイにしがみついた。カイは顎を押さえていた手を離すとエンの腰に手を回ししっかりと抱き寄せる。両足の間に入ったカイの、足の付け根にある熱い感触が太股に押し付けられ、エンはびくりと目を見開いた。
「……っ!」
 動揺して腰を引こうとするエンを許さず、カイは腕の力を強めてますます腰を押し付けてくる。カイのそれと同じくらい自分のそれも熱くなってきて、エンは情けなさに再び目を閉じた。
「…は……ふ…ぅ…」
「エン…」
 濡れた音とともに唇が漸く離れ、エンの口からは熱く湿った吐息が漏れた。エンの名を呼ぶカイの声も、熱く掠れて情欲に満ちている。カイがこんな声と顔をするのだと初めて知って、エンは赤く染まった顔を背けた。
「…冗談…きっついぜ…」
「冗談や酔狂でこんなことをするか」
 僅かに笑みを含ませてカイは呟き、そのまま唇を背けられたエンの頬に寄せするりと耳元から項へと這わせていく。ぞくりとする感触にエンは身を捩りカイの腕から逃れようとするが、熱くなった身体は自分の言うことを聞かず緩慢な動作にしかならない。
「止めろよ…」
「お前が悪い…」
 理不尽な物言いにむっとしたエンが抵抗しようとするのを躱し、カイはそのまま床に押し倒そうとする。
「うっ!」
 鋭い音と共に何かが飛んできて、カイは身を捻りそれを躱した。竹刀を取り、身を返して再び飛んできたものを弾き飛ばす。
「リュウかっ」
「……こんな所でサカるとは、鬼の風紀委員長の名は飾り物か」
 いつもの無表情でリュウが現れ、ジーンズのポケットに片手を突っ込んだままじっとカイを見据えた。カイも竹刀を構えたままじっとリュウを睨み付けている。
 突き飛ばされた格好で床に転がっていたエンは、成り行きに呆然としながらも側に落ちていた短剣を拾い上げ、その切っ先の鋭さに眉を顰めた。
「おい、リュウっ、こんなの投げて怪我でもしたら危ねえだろ」
「……」
 ちらりとエンを見たリュウは目を眇めて軽く溜め息を吐く。自分の貞操が危なかったというのに、もうこんな調子では、ずっと見張っていなければならないのだろうか。
「これは渡さん」
「…そうはいかない、俺もこれが気に入ってるんでね」
 これ、と言うのが何であるか一瞬理解できなかったエンだったが、まさかもしかして、と二人を交互に見詰めた。どちらも神経をぴりぴりと張り詰めて一触即発の雰囲気である。
 エンは自分を、これ、扱いしたことに憤慨して文句を言いかけたが、ここで下手なことをして何か在ってはまずいと珍しく勘が働き、そろそろと膝を突いて二人の視界から逃れ、部屋から抜け出した。
 洞窟から出ると、漸くほっとして胸を撫で下ろす。今の二人は一体どうしたというのか、全く理解できない。カイが自分にキスしたなんてこと、夢でも見てたんじゃないだろうか。そう考えてみたが、未だに下半身はまだちょっと燻っている。健康青少年としては、このままで居るのは辛かった。
「…っても、あのままカイにも……なんてことになったら、俺どーかしちゃうよ、ほんと」
 リュウの場合のように、カイにも手で、と想像すると冷や汗が出てくる。同じ男の物を握って何が楽しいのだ。それとも単にキスだけしてみたかった…とか?
 カイくらいの美形ならあの性格を差し引いても女の子にはもてるだろうし、リュウだって謎めいた所が人気あるらしい。わざわざ自分を相手にすることはなかろうに。
 うーむ、と考え込みながら歩いていたエンは、学校の方に戻るのではなく前に行ったことのあるおっちゃんこと朝日山校長の庵へと足を向けた。
「おっちゃーん、あれ、居ないのか」
 小さな庵は中の半分が畳敷きで囲炉裏が切ってある。土間には竈や水壷が置いてあってまさに時代劇によく出てくる田舎家のようだった。やっぱりただ者じゃない、まさか忍者の頭領だったりして、などと埒も無いことを考えつつエンは靴を脱いで畳の上に上がり込んだ。
 あのまま学校に戻れば、二人とも追いかけてくるかもしれないと思ってここに来たのだが、テレビもラジオもないこの場所では時間を潰すのが大変である。エンはごろりと横になると、いつしかうとうとと眠りに落ちていった。
 エンの身体の上に影が落ちる。カイを撒いてここに来たリュウは、すっかり寝息を立てているエンをじっと見下ろした。
 不可解な胸の痛みの理由は判ったものの、もっと切ない痛みにそれは取って代わり、何故こんなことになる、と理不尽な怒りを覚えるほど身体は熱くなる。同じ身体の作りをした男なのに、見てみたい、触れて確かめたい、自分の手の中で果てた時の表情を、もう一度見たいと思ってしまう。
 リュウは自分の顔を掌で覆い、諦めの溜め息を吐くと腰を落とした。
 無防備な姿で寝ているエンの上着をそっと脱がせ、Tシャツをめくり上げると滑らかな胸が現れてくる。微かに上下する胸を指先で辿り、淡く彩付く突起に触れた。
 知識としてどうすれば良いのかは判っている。ただ、それはもちろん女性相手を前提とした物で、相手が男の場合も同じようにしていいのかリュウは暫く考えていたが、エンの姿態を見詰めている内に溢れてくる情欲に素直に身を任せることとした。
 胸を撫で摩り、突起を指先で転がすように愛撫する。徐々に堅く尖ってきた乳首を舌先で転がすように舐めると、眠りから半分目覚めたエンの口から戸惑うような声が漏れた。
「…ん……な…に?」
 ぼうっとした目で僅かに頭を起こし、自分の胸の辺りを見たエンは、そこに長い黒髪を見出してびっくりして瞬きを繰り返し、目を見開いた。
「り、リュウっ?何してんだよっ」
 エンの問いに応えず、リュウは更に乳首に歯を立て、もう一方を強く指先で摘まんで捻り上げる。その痛みにエンは呻いた。
「いてっ…」
 充血したそれを今度は優しく舐め、指の腹で押すように揉み込む。
 エンはぞくりとする感触が胸から全身に走ったことに驚愕し、遅まきながらリュウの下から逃れようともがき始めた。
 だが、リュウはしっかりとエンを押さえつけ、しつこく乳首を嬲りながら空いていた片方の手を脇腹から下半身へと滑らせていく。
「わっ馬鹿っ」
 器用にジッパーを下ろし、中に手を差し入れて下着の上からエン自身を握り締めたリュウは、ゆっくりとそれを揉み扱き始めた。
 エンは真っ赤になってそれを止めさせようと暴れるが、その動きは逃れる術にはまったくならず、却ってリュウの動きを助けるだけになってしまう。
 下着越しにもはっきりと形が判るほど成長したそれから一旦手を離したリュウは、するりと下着の中に手を入れ直に握り締めた。
 びくりと震え、ぎゅっと目を閉じるエンの表情をちらりと上目で見たリュウは、顔を胸から下腹部へと下ろしていく。
 それを握り締め、エンの抵抗を封じながらリュウは片手を使って器用に下着ごとジーンズを引き降ろし、片足から引き抜いた。外気に触れ、一瞬我に返ったエンは唇を噛み締めて感覚を頭から打ち払うと、両手と両足を使ってリュウを自分の体から引き剥がそうとする。
「退けよ、リュウ!」
「嫌だ」
 端的に応えられ、エンはかーっとなってじたばたと暴れまくる。だが、再び握り締められたそれにやんわりとした愛撫を加えられると、頭に直接響くような感覚を受け動きは止まってしまった。
「あ…や…」
 リュウは先走りに濡れ、震えているエン自身を見詰めると躊躇わずに口に含んだ。汚いとか変だとかいう考えは露程も頭に浮かんでは来ない。ただ、それが欲しかった。
「え…?あっ……く…」
 掠れたエンの喘ぎ声に、もっともっとそれが聞きたくて、リュウは夢中でそれを吸い上げ舌を使って追い上げていく。先端をくすぐるように舌先で弄び、支えている指で擦り上げると、エンの口からは悲鳴のような嬌声が上がる。
「くぅ……っ…や…ぁ…っ」
 ぱさぱさと頭が振られる度に畳に当たる音が聞こえる。いつしかエンの眦からは自覚の無い快感による涙が滲み出ていた。
「あっああっ…リュ…ウっ、離せ…もう、で、出る…!」
 ほんの少し残っていた意識の中、エンはリュウの口の中に果てるのだけは嫌だと離すように懇願する。だが、リュウは煽るように口中に含み、強く吸い上げた。
「ふ…っ…ぅ…」
 エンは両手でリュウの髪を掴み、力を抜いた。ごくりと何かを飲み込むような音が響き、エンは信じられない思いで涙に濡れた目をリュウに向ける。
「の…んじゃった…のか?」
「ああ…全部じゃないが」
 リュウは自分でも信じられないように口元を拭い手を見た。そこには飲みきれなかったエンのものが白く付いている。リュウは視線をエンの方に向け、投げ出された身体や赤く染まった目元を見ると、途端に襲ってくる狂暴な感覚を何とか押さえ、その身体をひっくり返した。
「な…」
 現れた白い双丘の間に濡れている自分の指先を押し込んでいく。最初はきつく指を拒んでいたその部分だったが、一部でも入ると後はきつく締め付けられながらも奥まで入り込めた。
「り、リュウ!何すんだ…」
 何をされるか判らない焦りに、エンの言葉じりが震える。リュウは指を引き抜くと再びエンの身体を返し、いきり立っている己自身をその部分に当てた。
「わっ…んなもん入る訳…ヒイッ…!」
 言葉は悲鳴に代わり、無理矢理に挿入されたリュウの物に傷ついたエンのそこは、鮮血を滴らせた。がくがくと震え、きつく締め付けるエンにリュウも我慢できず腰を動かしていく。
「あっ…ぐっ……っっ、や…痛…ぁいっ…」
 涙を零し、痛みを訴えるエンに、リュウは足を抱えていた手の一方を外し、萎えている自身を握り締めた。動きに合わせて扱き愛撫を与えると、徐々にそれは堅く勃ち上がってくる。
「…は…ぁ…ああ…」
 前への愛撫によって痛みと共に快感を与えられ、エンは息を吐いて力を抜いた。痛みは相変わらずあるものの、力が抜けたせいか最初ほど激痛は走らない。
「あっ?」
 いきなり突き上げられたリズムと、自分の中の何かが呼応する。途端に背筋に快感が走りぬけ、エンは目の前のリュウにしがみついた。
「…くっ……エン…」
「ああっ…!」
 目の前に光がスパークする。
 エンは大きく背中を仰け反らせリュウの手の中に放つと、きつく内部を締め付けた。リュウもその締め付けによって最後の時を迎え、何度か大きく突き上げるとエンの中に果てた。
 がくりと力を無くして畳の上に伸びてしまったエンからゆっくりと自身を引き抜き、リュウは熱い吐息を短く吐き続ける濡れた唇に、そっと口付けた。



 ぼんやりと目を開いたエンは、誰かがじっと自分を見詰めているのを見てぱちぱちと瞬きをした。目の前の唇は薄く笑みを形作り、ゆっくり近付いてきてエンの唇に触れる。
「大丈夫か?」
 低い声は聞き覚えがある…とぼーっと思ったエンは、今までの出来事を思い出してぎょっと身を起こそうとする。しかし、腰に激痛が走りぬけ、呻き声を上げて再び畳の上に身体を伸ばしてしまった。
「一応手当てはしたが…暫く動かない方がいい」
「手当て…って…リュウっ、てえめぇーっ!あっいたたっ」
 腕を振り上げ殴ろうとする動きも、腰の痛みに負けてしまう。涙目になって睨み付けたエンは、嬉しそうに微笑みを浮かべるリュウにむっと唇を尖らせた。
「何にやにやしてんだよ。この変態ヤロー」
「嬉しいからだろ。お前と一つになれた。これが望みだと、漸く判ったんだ」
 ほんとに嬉しそうなリュウに、エンは赤くなって睨み付ける。
「好きだ…エン、お前が好きだ」
「…犯ってから言うなよ。ちくしょー…んな嬉しそーな顔しても、俺は許さねーからな」
「私も、絶対許さん!」
 暗く念のこもった声が入り口から聞こえ、エンはぎょっとして顔を向けた。そこには額に青筋を立てて怒りの形相も凄まじいカイが仁王立ちしている。
「か、カイ…」
「遅かったな。もうエンは俺のものだ」
 にやりと笑って言い、エンを抱き締めるリュウに、カイはぎりりと歯噛みして竹刀を向けた。
「まだだ…この借りは必ず返す」
「ちょ、ちょっと待て、俺が誰のもんって何だよっ、じょーだんじゃ…」
「どんとせいっ、ふぉーおあふぁいぶっ!」
 いつもの口調でエンの言葉を封じ、カイはリュウを睨み続ける。リュウもまた見せ付けるように抱き締めたまま、不敵な笑みをカイに向け続けた。
「なんなんだよぉー、いーかげんにしてくれ」
 エンの遠吠えも二人の耳には入らないらしい。いつまでも睨み合う二人に大きく溜め息を吐き、もう知ったこっちゃないとエンは諦めて目を閉じた。

                                ちゃんちゃん

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