ぼくのものになればいいのに


 終業式が終わって、花の香りがするうららかな道を炎はいい気持ちで走っていた。愛車は軽いし、気持ちも軽い。なんといってもこの休みは宿題はないし煩い委員長のお説教もないのだ。もっとも街のゲーセンに繰り出せば出会う確率は増えてしまうだろう。
 いくらなんでも来年度は3年生なんだから委員長を辞めて受験勉強に精を出さなきゃならないはずだし、と炎はにやりと笑った。
 「エン、今日はゲーセンいかないのか?」
 信号待ちをしていると、柔道着を持った森に炎は声をかけられた。ナンパ癖さえなければ、森は炎にとっていいゲーセン仲間である。最近はとみに一緒にゲーセンで遊ぶ日が増えてきているが、それは偶然か森が暇なのだろうと炎は思っていた。
 「そうだなー、行きたいけど、月末近くて金ねーんだわ」
 「奢ってやるぜ、…百円くらいならな」
 一瞬喜んだ炎だったが、百円と聞いてがっくりする。今時百円でゲームできるものか。
 「シン〜!」
 「お前の腕なら百円一発で対戦三連勝は堅いだろ?ささ、行こう行こう」
 にこにこと笑いながら炎の自転車のハンドルを取り、ゲームセンターの方へ引っ張っていく。炎は森の珍しい強引さに呆れつつ、まあいいかと着いていった。
 ゲーセンの中は開放感溢れる若者たちで一杯だった。みんな考えることは一緒らしくこういう場所で青春をエンジョイしているらしい。海に言わせれば、こんな不健康な屋内で金を使って遊ぶより、外を走るとかスポーツをする方がよっぽど青春だ、と言うだろうが。
 「あちゃ〜、空いてないなあ…」
 「対戦で蹴散らすか?」
 森の言葉にゲーム機の後ろを見ると、結構並んで待っている。これではいつになるか判らない。こんなに混んでるなんて滅多に無いことだけに、炎は眉を顰めてため息を付いた。
 「こりゃだめだ。シン、帰ろうぜ」
 「ほんとになー、何でこんなに混んでるんでしょね…んじゃあさ、もっと空いてるゲームセンターに行かないか」
 別に残念がるでもなく、森は炎の肩を抱いて外へ出ようと促した。ゲームセンターの人工的な明かりから春の日差しの中に出て、炎は軽く瞬きをする。そんな炎を嬉しそうに眺め、森は胸のポケットからメモを取りだした。
 「ほら、これ。ここなら絶対空いてるし、明日行こうぜ」
 「……クイーンマリークルーズ?…何だこれ?こんなゲーセンあったっけ?」
 「プールもあるよん。昼間ひと泳ぎして、夜ゲームして食事して泊まってフルコース」
 にっこり笑って森は炎にメモを押しつける。名前と場所しか書いてないそれに不審げな目を向けながらも、これこそ奢りだという森の言葉に炎は頷いて明日行くことを約束し別れた。


 春休み一日目、目覚ましの音に飛び起きた炎は、心臓をどきどきさせてそれを見つめた。時計の針にもう一段階心臓が飛び跳ねるが、今日から休みだと思い出してほっと胸をなで下ろす。もう一度寝直そうかと欠伸をしながらベッドに横になった炎は、何故目覚ましを掛けていたか思い出してはっと起きた。
 森との待ち合わせは十一時である。今は十時だから、支度をして自転車を飛ばせば間に合うだろう。あたふたと支度をして家を飛び出した炎は、メモにあった山海港目指してひたすら自転車を走らせた。
 港の第三埠頭に着いた炎は、こんな場所にゲーセンなんかあるのか?と首を捻りつつ自転車から降りて転がしながら森の姿を探す。周りはなんだか賑やかで、スーツを着た紳士やちょっとおしゃれなワンピースを着た女性など、港には似合わない感じの人々が集まっていた。
 「おーい、エン、こっちこっち!」
 真っ白で大きな船が停泊している側に森が立って炎を手招きする。近づいていった炎は、森の格好に目を見張った。
 「何だその格好…」
 「似合う?」
 いつもの緑色ジャンパーではなく、白いジャケットにブルーグレーのカッターシャツ、黒いパンツ、というカジュアルな中にも品のある様子である。襟を持ち、どうだと言うようににっこり微笑む姿に、炎は僅かに心臓が跳ねて動揺してしまった。
 「な、何でそんな格好してるんだよ…で、ゲーセンはどこだ?」
 自分が何に動揺しているのか判らず、炎は訝しげに訊ねる。辺りを見回してみても建物といえば船に乗るための待ち合わせ場所か倉庫くらいしかない。あの倉庫のどれかがゲーセンなのだろうか。
 「これこれ、さ、入ろうぜ」
 親指を立てて自分の後ろを指さす森に、炎は再び目を見張った。そこにはあの白い船があるだけで後は海しかない。呆然としている炎の手から自転車を取ると、森はそのまま押して船の桟橋に上がっていった。
 「お、おい、シン」
 「自転車は中で預かって貰おう。入ったらひと泳ぎするぞ〜、水着美女が一杯でうはうはだ」
 さっき周辺に居た人々も楽しそうに中へと入っていく。その中で浮きまくっている自分を意識しながら炎は森の後に続いて中に入っていった。
 船のデッキには確かにプールがあったが、まだ春の肌寒さが残る時期に泳ごうなどという奇特な人間はそれほど居ないらしく(一応プールには温水が入っているという)人影はまばらだった。
 「…本気で泳ぐ気かよ、風邪引いちまうぜ」
 「軟弱だな〜、これくらいで風邪引く訳ないじゃん…」
 自分の肉体を見せびらかすように森は黒いビキニ水着で甲板を闊歩していく。デッキチェアに座っている女性にアピールしているような様子に炎は呆れたようにため息を付き、仕方なくプール側のデッキチェアに座った。もちろん、水着の上にパーカーを着てバスタオルを肩に引っかけている。とても、この気温でプールに入ろうとは思わない。
 どうせナンパ目的でプールに来たんだろうと思っていた炎は、マジにざばざばと泳いでいる森に、何を考えているんだろうとじっと視線を向けた。
 森が炎の視線に気づいて大きく手を振る。思わず手を振り返した炎は、甲板にいた人々の視線が自分たちに集まっていると気づいて僅かに頬を赤らめた。
 「シン、いい加減出てこいよ、俺もう行くぜ」
 「ああっ、ちょっと待った!」
 森の手招きにプールサイドまで近づいた炎は、ぐいと足を引っ張られてプールの中へ落ちてしまった。水は温かくてほっとしたが、いきなりのことに怒って森に飛びかかっていく。ばしゃばしゃとひとしきり水を掛けたり溺れさせようとしたりと騒いでいた炎は、荒く息を吐いて頭を水の上に出した。
 「…あーあ、ずぶ濡れだ…どうすんだよ、これ…」
 漸くプールサイドに上がった炎は、同じく上がってきた森にぶつぶつと文句を言う。引っ張り込まれた時にバスタオルはプールサイド側に落ちて無事だったが、着ていたパーカーはすっかり濡れて肌に張り付いていた。
 「…寒いか?」
 ぴったり張り付いた服が気持ち悪いし、風が吹くと体温を奪われて鳥肌が立つ。服の裾を摘んでげーっと声を上げた炎は、森の低く熱のこもった声に目を上げた。
 「……シン?」
 森はじっと炎の姿を見つめている。濡れた服は炎の身体のラインを微妙な姿で現し、ほのかに彩付く胸の突起もしっかりと現れていた。
 訝しげに声を掛ける炎の身体をバスタオルでくるむと、森は自分もパーカーを身につけて船の中に入っていく。広い船の中を歩き、一つのドアの前で止まった森は、中に炎を招き入れた。
 「すぐにシャワー浴びて暖まれ」
 「勝手に入っていいんかよ…」
 「大丈夫、この部屋取ったの俺だから」
 笑いながら言って森は、部屋の中に備え付けられているシャワー室へ炎を入れた。シャワー付きの船室といえばかなりなお値段になるに違いない。こんな部屋をわざわざ取ってまで自分とゲームしたいという訳は無いだろうから、きっとこれはホントの相手に振られたのだろうと納得し、炎はくすりと笑みをこぼした。
 「シン、また女に振られたんだろ〜、こんなセッティングまでしたってのに、残念だったな」
 にやにやと笑いながらシャワー室から出た炎は、まだ水着にパーカーという格好の森をからかった。が、森は苦笑を浮かべただけで反論も否定もしない。拍子抜けした炎は、森の向かい側にあるベッドに腰を下ろし、濡れた頭をバスタオルで拭き始めた。
 「…このセッティングは元々お前のためだ…って言ったらどうする?」
 「へ…?」
 さっきと同じように低く熱い声で言われ、炎は手を止めて森を見た。真剣な表情の森に炎は言葉を失って暫く見つめる。
 「な、何言ってんだよ…、まったく、女に振られたんなら、ちゃんとそう言えっての。今更そんな変な言い訳することないだろ」
 言葉尻が掠れて上擦ってしまい、炎はぷいと顔を背けた。隣が沈み込む感触に慌てて顔を戻すと森が隣に座り、じっと炎を見つめている。思わず腰を浮かしそうになった炎は、その肩を押さえられてしまい動けなくなってしまった。
 「…好きだ……エン…騙したみたいで悪かったけど…どうしても告げたかったから」
 「…う…そだろ……何で俺?…」
 青天の霹靂の言葉に炎は愕然として訊ねた。
 「ほんと…何故だろうな…、お前が居なくなって、何をするのもつまんなくて。で、帰ってきたお前見たら確信したんだ…ああ、惚れてるんだなあって」
 ぽつぽつと言って見つめ、にっこり笑い掛けてくる森に、炎は我知らず顔が赤くなるのを感じて逃げ出したくなった。けれど、意に反して身体は動こうとしない。
 「……シン…」
 「この俺が男に惚れるなんてな〜、もう世も末って感じ…ま、嫌われるのは覚悟の上さ。聞いてくれてありがとうな」
 ちゅっと森は炎の唇に軽いキスをした。呆然として抵抗のない炎に、森は堪らなくなって再びキスをしかける。
 かすかにかさついた炎の唇を味わうようにゆっくりと吸い上げ、森は強く抱きしめた。
 「…おーい、魂抜けちまったのか?このまま抵抗しないんなら、最後までやっちまうぞ」
 おちゃらけて炎の頬を軽く叩いた森は、我に返りきつく睨んでくる瞳にぞくりと快感を感じてまた口付けようとする。
 「調子にのんなっ!」
 拳で殴ろうとした炎の手を取り、森はベッドにそのまま押し倒した。逃げようと思えば逃げられる強さで押さえているのに炎はじっと森を睨み付けたまま動こうとしない。そのことに一抹の希望を見いだして森はそっと口付ける。
 「……逃げないのか?」
 「本気なのかよ…?」
 逆に問い返されて森は大きく頷いた。こうして身体をくっつけているだけでも、堪えるのが難しいくらい身体が熱くなってきている。だが、相手の意に反してことを行うことはしたくなかった。目茶目茶にしたい欲望と、大事にしたい感情とがせめぎ合って森の中をぐるぐると巡っている。
 間近にあるそんな森の苦しげな表情と瞳の中にある欲情に、炎は驚きながらも嫌悪感は抱かなかった。普通なら、殴って部屋を出ていってもう二度と顔も見たくないという感じになるはずなのに、触れ合っている森の胸の鼓動が大きく早く音を刻む度に、自分もどきどきと胸が高鳴ってくる。
 「もちろん…こんなに本気なのは初めてさ…。もっと時間を掛けてゆっくり伝えていこうと思っていたのに…またお前が居なくなったり誰か別の奴のものになると考えたら、居ても立っても居られなかった…」
 大まじめな表情で切々と告げる森に、炎は一層胸がどきどきして身体も頭も熱くなってくる。もしかして、流されてるかなあと思いつつ、炎は目の前にある森の肩をぎゅっと掴んだ。
 「判った…そんな本気ならいい…ぜ」
 森は信じられないというように炎を見つめた。顔を真っ赤に染めて俯いている炎に、森は確かめるよう顎を取り自分と視線を合わせさせる。
 「同情か?」
 「ばっかやろ!…」
 くわっと牙を剥いて炎は森の手を払いのけた。今度は自分からしっかり視線を合わせて強く睨み付ける。
 「そんなもんで、んなこと出来るかっ!」
 「遊びじゃないんだぞ」
 「お前が遊びのつもりだったら顔が見られないくらいにぼこぼこにしてやらあ…ったく、ごちゃごちゃ言ってるようならもうやんねえぞ!」
 炎は業を煮やして森を押しのけようとする。その手をかわして押さえつけ、森は再び怒鳴ろうとした炎の唇を自分のそれで塞いだ。
 柔らかく押しつけ、ゆっくりと舌先で炎の唇を割り滑り込ませていく。戸惑うように奥に逃げる炎の舌を捉え愛撫し吸い上げると、ひくりと喉が鳴った。
 炎の唇を味わいながら、森はシャワーを浴びた後で下着しか着けていない素肌に手を這わせていく。肩から胸へ手を滑らせ、色付く突起を指先で弄ぶと、炎はびくりと震えて手を森の手に乗せた。
 「…エン……好きだ…」
 耳元に熱く囁きながら唇を耳たぶから首筋へ這わせていく。時折ひくつく場所に印を付けながら胸へ降りていった森の唇は、手と指先で刺激され立ち上がった突起を含んだ。
 「…あ……」
 炎の唇から自分でも驚くような吐息が漏れる。こんな場所、悪戯されてもくすぐったいばかりだと思っていたのに、じんわりとした刺激が全身を巡り下半身へと熱を集中させていった。
 炎はこれ以上変な声を出さないようにと自分の手で口を押さえた。だが、森はふっと笑うとそれを取りのけてしまう。
 「押さえるこたあない…」
 「…やだ……変だ…俺…」
 「俺も…凄く変になってる…お前のそんな顔見てるだけでいっちゃいそうだ」
 胸の突起を愛撫しながら呟く森の声に、炎は全身を赤く染めて身を捩り逃げようとした。けれど、森は素早く手を下腹部へ伸ばし、半分以上勃ちあがっている炎自信を掴むと、ゆっくり扱き始める。
 「…や…やめろ…そんなとこ…」
 「いいから…まかせておけって…」
 森の手管に翻弄されて、炎は自身を解放してしまった。肩で荒く息を付く炎の足を抱え上げ、奥まった場所を濡れた指先で触れる。ぎょっとした炎が身体を硬直させる前に森は指先を内部へ挿入していった。
 「う…あ……き…もちわりぃ…」
 「エン、力を抜いて…息を吐くんだ…」
 言われたとおりに力を抜こうとする炎を助けるように萎えた前の部分を再び愛撫していく。快感に身をゆだね、力の抜けた頃を見計らい指を抜くと森は熱く滾る自身をその部分に突き立てていった。
 「…ぐ…っ……ああ…!」
 ぎりっと爪を立てる炎を宥めようと、森は暫く動かずに愛撫とキスを繰り返す。漸く痛みと異物感が薄れた頃、森はゆっくりと焦らずに腰を動かし始めた。
 「…ふ…あ……ぁ………」
 「エン…エン……ああ…」
 何度も動かない内に森は炎の中に自身を放ち、強く抱きしめる。ぐったりとした炎の汗に濡れた額に森はうっとりとした笑みを浮かべて口付けた。
 「……痛い…」
 「何度かやれば慣れるさ…」
 「そう何度もやらせるかよっ」
 殴ろうとしたのに、ひょいとかわされる。その動きで痛みが倍増した炎は呻いて顔をしかめた。
 「後で手当してやっから…今はおとなしくしてろ」
 「……嬉しそうだな…」
 「そりゃあもう!…嬉しくってこのまま海に飛び込んでもいいくらい」
 なんだそりゃ、と炎は本当に嬉しそうな森の顔を呆れて見つめた。森の笑顔に自分まで笑みを浮かべてしまう。自分は流されたのかと思ったけれど、どうやらちょっと違うらしい。もしかしたら、もしかして…
 「動けるようなら食事して、カジノ行こう…この船実はカジノ船なんだ」
 お金を掛けない合法カジノとして有名な船なんだと得々と説明する森の声を聞きながら、炎はいつしかうとうとと眠りに落ちていった。

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