「まだ早いからもうちょっと屋台まわろーぜ」
 炎はそう言うと次の屋台へ歩き始めた。仕方ない、と保護者気取りの海は後に続き、森と翼は顔を見合わせてから、山の方へ向かった。
 次から次へと屋台を廻り、いかやきやらお好み焼きやらたこ焼き、リンゴ飴、カルメ焼き等々、炎はこの縁日で売っているほとんどを制覇した。
 「次、綿飴いこう!」
 「いい加減にしろ。そんなに食べては具合が悪くなるぞ」
 るんるんと綿飴の屋台に行きかけた炎を呆れて海が止める。だが、炎はにっこり笑うとVサインを出して見せた。
 「へーきへーき、これくらいでこのエンさまの胃袋がどうにかなるもんかい。縁日で綿飴食べないなんてのはねーだろ」
 「……誰が金を出していると思っている……」
 海の低い声に、炎はぎくりと強張った。持ってきた自分の小遣いなどはとうに無い。後は海の懐を宛にしてずっと廻っていたのだ。
 「ま、まあまあ、あ、ダグオンの綿飴だぜ〜、ほら」
 へらへらとお愛想笑いを浮かべて炎は既に作られている綿飴の袋を指さした。そこには確かにダグオンの姿が印刷されている。そういえば、さっきお面売場にもかかっていた…ファイヤーエンのお面だけだったが。
 さっさと買って海にも一つ手渡した炎は、袋を破ると舐め始めた。海は印刷されている歪んだファイヤーエンとターボカイの姿に眉を顰めたが、この2人しか印刷されていないことに頬を緩ませる。多分、赤と青という配色が売りやすいからだろうとは思うが、何となく嬉しい海だった。
 「何にやついてんだ?」
 「いや……頬に…付いてるぞ」
 舐めながら漸く山への道を歩き始めた炎は、海の顔を見ると不審げに訊いた。海は僅かに頬を赤らめると、指で炎の頬を撫でる。綿飴の粕が付いているのを取って、それをぺろりと舐めた海に、炎はぎょっとして顔を赤く染めた。
 「まだ…付いているな…」
 再び指を伸ばした海は、そのまま顎を掴み自分の顔を寄せていく。頬を舐め、移動した唇は炎のそれに重なった。
 「…なっ…何すんだよっ!」
 「甘いな……」
 「そりゃ綿飴食べたから…ってそーじゃなくてっ…なんでキス…なんて…」
 それとも、あれは単に綿飴の粕を食べたというだけなのだろうか…。炎はくらくらする頭で海を呆然と見つめた。参道もはずれたこのへんでは暗いし人気もそろそろなくなっているから誰にも見られなかっただろうとはいえ、海がこんなことをするなんて、信じられない。
 「美味しそうだった…から…」
 海もぼんやりとした表情で炎に応え、再び顔を近づけてくる。炎はぎょっとして身を引いた。

 「い…痛ててっ…腹いてえっ!」
 突然胃の痛みに、炎は身を屈めて腹を押さえた。鋼鉄の胃を誇っていたのに、精神面では意外にナイーブに反応したらしい。
 冷や汗を流して苦しむ炎の姿に漸く我を取り戻したのか、海は慌てて背中をさすり抱えた。
 「だから言ったのだ。…仕方ない、戻るぞ」
 炎を抱えて境内から離れ、海はタクシーを拾うと救急医へ連れていった。注射を打って薬を貰い、やっと落ち着いた炎は、自宅へ海に送られ戻った。
 「あーあ、花火見られなかったな…」
 「またあるだろう…今度は2人きりで…行きたいものだな」
 門の前でぼやく炎に、海はそう告げる。胃の痛みでさっきの出来事を忘れていた…忘れていたかった…炎はぎくりとして海を見つめた。
 「カイ…」
 「…今日はもう寝た方が良い…また明日」
 意味深に微笑むと海はそっと炎の頬を撫で、踵を返した。明日何だというのだろう…炎は考えるのを放棄して取り敢えず寝てしまえと肩を落としながら玄関をくぐった。

おしまい

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